シンポジウムリポート

福島第一原発事故による被ばくと健康被害(パート1)

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東日本大震災から半年が過ぎた9月11日および12日、福島市にある福島県立医科大学で国際専門家会議「放射線と健康リスク」が開催された。国内外から招聘された専門家、研究者ら約40人が熱い議論を交わした。

2011年3月11日に発生した地震と津波によって引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所事故。収束に向けた作業が着々と進められているが、今なお地域住民は不安の中で暮らしている。同年9月11日、12日に開催された国際専門家会議「放射線と健康リスク」は、国内外の専門家が一堂に会して放射線被ばくによる健康への影響について総括することが目的。放射線や原子力などの専門家約40人が福島県立医科大学に結集し、放射線医学総合研究所の明石真言氏らによる基調講演のほか、6つのセッションが行われた。

異例の完全公開で議論

会議の冒頭、震災の犠牲者への黙とうがささげられた。

会議は震災で亡くなられた方々への黙とうで幕を開けた。一般にこうした会議は非公開が原則だが、今回はマスコミ関係者も参加、ユーストリームによる実況中継も行うという異例のスタイルで行われた。あえて会議を福島で開催した背景について、主催団体の笹川陽平・日本財団会長は「少しでも福島の人々の心の疲れや不安を和らげることができないかという思いのためだ」と強調した。

 本稿では多様な議論のうち、特に興味深い話題を紹介するが、まずは福島で何が起きたのかをおさらいしておきたい。

3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の大地震が発生した。その後、東北地方の太平洋側には大津波が押し寄せる。福島第一原発では運転中の原子炉が揺れを感知して安全停止したが、津波により1号機から4号機は全電源を喪失してしまう。冷却機能を失った原子炉は徐々に温度が上昇。12日午後に1号機が、14日に3号機が水素爆発を起こす。15日には2号機付近でも爆発音が確認された。定期検査中の4号機は原子炉ではなく、使用済み核燃料の保管プールが冷却できなくなり、15日の水素爆発へとつながった。

住民に最初の避難指示が出されたのは11日夜。対象は原発から半径3km以内の住民で、1号機が水素爆発を起こしたときには避難を完了していた。12日早朝には避難対象地域が半径10kmに、同日夕には半径20kmに拡大された。他地域でも一部住民が自主的に避難し始めたが、そのさなかにも大気中に放出された放射性物質は風で運ばれて拡散していた。現在、広範囲に降下した放射性物質を取り除く除染作業が進められているが、成果は今のところ限定的と言わざるを得ない。

福島での環境汚染と被ばく

福島県立医科大学の竹之下誠一氏と、東京大学の前川和彦氏が座長を務めたセッション1は「福島の現状」と題して、事故発生から今日までの福島の姿が報告された。発表者は日本原子力研究開発機構の本間俊充氏、広島大学原爆放射線医科学研究所の神谷研二氏、放射線医学総合研究所放射線防護研究センターの酒井一夫氏の3名である。

日本原子力研究開発機構の本間俊充氏。

「環境の放射能汚染と公衆の被ばく」について発表をした本間氏によれば、1~3号機からの放射性物質の大気への放出は主に3月12~22日に起こった。主要核種は1.6×10の17乗のヨウ素131と、1.5×10の16乗のセシウム137。放射性ガスやエアロゾルなどを含んだ「放射性プルーム」と呼ばれる雲のような状態で放たれた。1986年にソビエト連邦(ロシア)で発生したチェルノブイリ原発事故の場合は爆発後に火災が発生して燃焼が起きており、「放出された物質の状態がまったく異なる」と本間氏は指摘する。

福島で放射性物質による汚染が拡大したのは3月15日と16日。大気中を浮遊していた放射性物質が北西の風にのって移動し、雨によって降下沈着、原発から北西方向に強い汚染が広がった。関東方面にも放射性プルームが拡散した。茨城県や栃木県のみならず、「神奈川県や静岡県にまで広がって、茶葉の汚染につながった」(本間氏)。以後、水や食品の汚染が相次いで報告され、その都度、厚生労働省や福島県、業界団体などが利用制限や出荷制限などの指示を出さざるを得なかった。

「被ばくについては3つのグループが考えられます。第一は原発から半径3km圏内の住民、第二は半径10km圏内の住民、第三は半径20km圏内の住民です。被ばくによる健康被害を抑えるためには最初が肝心ですが、第一のグループは水素爆発前に避難が完了したので、直接的な被ばくは少なかったと見られます。また、そのほかのグループについても、たとえば飲料水の摂取制限が出たことで内部被ばくを回避できたと思われます」と本間氏は指摘した。

流布された内部被ばくについての根拠のない話

放射線医学総合研究所の酒井氏は、内部被ばくについて論じた。酒井氏は「(事故発生当初の報道は)放射能によるダメージの話題ばかりが先行し、線量の議論がなかった」と指摘し、科学的根拠に基づく議論の重要性を主張した。

放射線医学総合研究所放射線防護研究センターの酒井一夫氏。

また、「外部被ばくでも内部被ばくでも区別なく、実効線量に達すれば同じようにリスクがある」が、不安にかられる住民の間に「内部被ばくの方が影響が深刻だとの誤解」がもたらされたという。巷ではこうした根拠ない話がいくつも出回ってしまった。放射線医学総合研究所の電話相談窓口には「出産を希望する女性が産婦人科医に『産んでも大丈夫か?』と相談をしたところ、中絶を勧められた」という驚くべき事実も寄せられている。酒井氏は「放射線影響研究および放射線防護の専門家は一般の人々に対して内部被ばくの概念をきちんと伝えるべきだ」と締めくくった。

取材・文=林 愛子(サイエンスライター)

 

国際専門家会議「放射線と健康リスク」プログラム(2011年9月11日)

オープニング挨拶
日本財団 笹川陽平、福島県立医科大学 菊地臣一、世界保健機関事務局長 マーガレット・チャン(ビデオ・メッセージ)

基調講演
「複合災害としての福島原子力発電所事故がもたらしたもの」放射線医学総合研究所 明石真言
「福島原子力発電所事故の影響に関する国際放射線防護委員会からの提言」国際放射線防護委員会・アルゼンチン核保安局 アベル・ゴンザレス

セッション1:「福島の現状」
座長:福島県立医科大学 竹之下誠一、東京大学 前川和彦
「環境の放射能汚染と公衆の被ばく」日本原子力研究開発機構 本間俊充
「福島原子力発電所事故の教訓」広島大学原爆放射線医科学研究所 神谷研二
「福島原子力災害によってもたらされた内部被ばく」放射線医学総合研究所放射線防護研究センター 酒井一夫

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