シンポジウムリポート

趙啓正氏基調講演「重要度増す中日間の公共外交」

政治・外交 社会

日中国交正常化40周年記念ワークショップの基調講演で趙啓正氏は、中日両国と米国との関係を比較しながら、中国の公共外交について説明。中国の国民意識の変化による新しい時代の民間交流への期待を述べた。

中米間で異なる「公共外交」の定義

中国で「公共外交」という言葉が使い始められたのは、ここ5、6年のことだ。以前に流行していたのは「民間外交」だった。私は2011年、米国、日本、韓国を訪問し公共外交について調査を行い、その必要性を非常に実感した。

米国人は、公共外交は米国の発明だと主張しているが、実際はそうではない。第一次世界大戦時に、公共外交という言葉はすでにあった。米国はそれをテキストの中に組み入れて定義付けを行った。しかし、その定義は中国人あるいは日本人のものとかなり異なっていると思う。

古い定義によれば、政府が資金を拠出したプロジェクトは、相手国に好感を持たせ、影響力を持たせるものだ。例えば、ボイス・オブ・アメリカとか、フルブライトの訪問計画などは、政府が資金を拠出して相手国に好感を持たせるというやり方だ。必要とは思うが、国際間の移動コストが低下し、民間でも自国のことを相手国に伝える、宣伝する責任を負うようになっている。

国際的な相互理解を目的として、民衆が主体となって行う公共外交がある。今回のワークショップがそれにあたる。目的は、中日外交、中日友好関係の議論というように明確だ。

趙啓正氏

一方で、米国は「トラックⅡ外交」(※1)という言葉を発明した。これは、現役を退いた官僚やマスメディア関係者との交流を意味し、帰国後も各国の政府や民間でさまざまな交流を展開する、民間外交の一種だ。

世論の影響を受けやすい中日間の公共外交

第二に強調したいことは、中日間の公共外交、もしくは文化外交がとりわけ重要だということだ。中日政府がいずれも世論の影響を強く受けているからだ。

例えば、中国の高速鉄道。本来は、日本と協力すれば一番簡単で容易だった。日本の友人から再三、「北京・上海間はぜひ日本にやらせていただきたい」という申し出があった。中国鉄道部でさえも同じ意見だった。しかし、そうしたら、鉄道部は中国で批判にさらされていただろう。結果的に高速鉄道を三つの国から導入した。大変困ったことに、部品がそれぞれ違う。スペアを大量に準備する必要が生じ、エンジニアもそれぞれに合わせて養成しなければならない。テスト運行の実施にも、それぞれへの配慮が必要となる。

しかし、鉄道部ではそうせざるを得ない理由があった。日本のものは値段が安かったかもしれないが、もし日本のみから導入していれば、世論から強い反発が起こっただろう。同じことは日本にもあると思う。だから、中日間の公共外交が、とりわけ必要であると申しあげたい。

中日関係の複雑性

中日関係は中米、中欧関係よりも複雑である。なぜなら、米国という要素があるからだ。米国は、中日双方の関係に影響を及ぼす。文化では中日間はとても近く、お互い容易に理解しあえる。米国人以上に中国人と日本人はすぐに仲良くなれる。言っていることが分からない時には、漢字による筆談という方法もある。地理的距離も近い。

しかし、政治関係、軍事関係では米日間がはるかに近い。中国は遠く、はるか彼方に置かれている。仮に政治、文化、経済の三つが含まれた場合、どれを重視して処理すべきか。しかし、日本は米国の影響を受けるだろう。中国人は常々、「米国人の言うことをよく聞く国が、世界に二つある」と言っている。欧州の英国とアジアの日本だ。このため、私たちが日本との関係を処理するにあたっては、必ず米国も考慮に入れなければならない。

日米合同軍事演習は、ますます中国に近いところでやるようになっている。これに対して中国では強い世論の反発がある。米国は、中国が既に空母を保有していると騒ぎ立てるが、残念ながら中国製ではない(※2)。日本は第二次大戦時には既に空母を保有していた。しかし、今もって中国は半分も造れない。

中国国民は、政府にいろいろ注文を付けたがるが、唯一軍事分野への投資については何も言わない。なぜなら、日米合同軍事演習が黄海で行われるようになったためだ。北朝鮮が仮想敵国と言うかもしれないが、中国人に言わせると甚だ疑わしい。北朝鮮という弱小国家を仮想敵国にしても仕方がない。本当は中国国民に見せるために行っているのではないか。国民に、「日米の軍事同盟は中国にとって脅威かどうか」と聞くと「脅威」と答える人が多いと思う。

米国は、関与(Engagement)と封じ込め(Containment)の両方のコンゲージメント政策(Containment +Engagement = Congagement)を採ると言っている。自動車を例にすると、ブレーキをかけては、アクセルを踏むようなものだ。もし米国の要素が無ければ、日中関係はもっとやり易くなる、というのが中国の基本的な認識だ。

中日双方の好感度の低さには多くの理由

民衆レベルの関係はもっと深刻だ。毎年日本と合同の世論調査を実施しているが、昨年、日本人の対中好感度は20%。一方中国人の対日好感度も30%。

日本人の対中好感度が高くない理由はたくさんある。一つはイデオロギー上の問題。日本は民主主義国家で、中国は共産主義国家。日本は多党制だが、中国は共産党がリードする。ただ、イデオロギー問題は、一般の日本人にそれほど重要なことなのだろうか。

それよりも、中国人が日本に旅行してむやみにごみを捨てたとか、マナーが良くないといったことが影響しているかもしれない。ごみを捨てることで印象が悪いのならば、中国人が自分の行いを改めればいい。時間はかかるだろうが、直ちに取りかかることはできる。しかし、イデオロギーについては、中国の政治体制上譲れないし、そう簡単には変えられない。

中日間交流は、すでにその基盤があり、さまざまな人的交流が盛んに行われている。しかし、一人ひとりの行いが日本人の対中イメージに影響することを常に意識する必要があると思う。日本人が中国に来る時も同じ。彼らを通して、中国人は日本を知ることになる。そのため、中国国民の国際意識を高めなければいけない。民間人でも、一人ひとりが公共外交の担い手であるという意識を持つことが大切な時代になってきている。

左より王敏氏、小倉和夫氏、趙啓正氏

 

中国国民の国際意識の向上へ

3月14日に終わった政治協商会議の総括で、私は、「中国国民の国際意識は、時代と共に進歩していかなければならない」と発言した。海外メディアにも取り上げられ、かなりの支持を得た。

しかし、私の発言に反対する人もいた。なぜならば、中国のGDPが伸びたために国際的な義務を果たさなければならないが、中国の一人当たりのGDPはまだ低いからだ。

例えば国連の平和維持活動。今までの中国は消極的だった。ガリ元国連事務総長は、「上海のたくさんのビルを一つぐらい減らせば、その節約費用を国際平和維持活動に使えるのではないか」と言われた。当時の中国は、それができなかった。しかし、現在、国連安全保障理事会の常任理事国である中国は、PKOを最も盛んに行っている。しかし中国国民は、そんなに大金をつぎ込む必要があるのかと反対している。

東日本大震災の後、中国国民の日本への対応は全般的にとても良かったと思う。寄付したり、ガソリンやテントを日本に送ったりした。なぜそういうことができたかというと、日本が、中国の四川大地震の際にすごく援助してくれたことに対して、お返ししたいという人がいたからだ。

日本政府が、日本の世論をコントロールできないのと同様に、中国もできない。新聞も同じで、かつてのような論調のものは、現在の中国にはない。中国の民主的なプロセスは日本と異なった道をたどっているが、進展はしている。だから、中日間の公共外交が特に重要だと思う。

福島原発事故の教訓を共有

中国では、福島原発事故が起きた際、日本を支援した。それは対岸の火事ではなかったからだ。今回の記者会見で朝日新聞の記者から、「福島をどのように見ていますか」と聞かれた。私は、「福島の原発事故は完全な想定外の事態だった」と答えた。当初の設計段階では、予備用の発電機が水没する事態は想定していなかった。日本は高い授業料を払ったが、そこから得た教訓と成果は、世界中で分かち合えるものとなった。世界中の人々が参考にすることができる。福島原発二号機は全壊しなかったし、電源が復旧すれば、あのような事故にはならなかっただろう。

中国の全ての原発は、そういった観点から改めて点検をし直した。中日の新しい協力を考える場合、仮に日本が原発をやめて、本当に電力不足などのエネルギー問題は発生しないのか。一方で原発を続ければ、どれだけの危険があるのかをともに考えることができる。中国の原発について、国民の反対はなかったが、福島の事故後、さまざまな反対が起こるようになった。そういった面からも中日が連携してやらなければいけないことがたくさんある。

時間を浪費してはいけない。日本は米国の同盟国なので賛成しないだろうが、米国人はこの不仲を利用するだろうと、私たちは見ている。中国は米国とむやみに対立しようとしているわけではない。強大な国にたてつくことに何らメリットは無い。しかし、米国の言いなりになってはいけない。

二国間から多国間の民間交流へ

米国がTPPと言ったら、「じゃあTPPだ」というのはどうかと思うが、国の事情が違うので、日本の立場は理解したい。中国は、日本と対立するためにTPPに参加しないというわけではない。まだ考慮中だからだ。

国と国同士の関係がこれだけ米国の影響を受けてしまうからこそ、民間交流を強化しなければならない。もっとも中米間の公共外交は、中日間のそれよりずっと良好だ。米日関係も、中日関係よりずっと良好だろう。だからこそ、二国間というよりも多国間の民間交流が必要になると思う。

(※1) ^ トラックⅡ外交とは、民間研究機関と大学の研究者を中心とする会合に、一部政府関係者が個人の資格で出席し、それぞれが自国の政府の立場に固執することなく自由に意見交換するという態様の「民間外交」のことを指す。

(※2) ^ ここではウクライナより購入した空母を指す。

PKO