北村森の“ヒット商品道”

商品ジャーナリズムの神髄は「うたぐり深さ」にあり

経済・ビジネス 暮らし

ヒット商品を生むための商品開発とは?新シリーズ「北村森の“ヒット商品道”」の初回は、元「日経トレンディ」編集長・商品ジャーナリストの北村森氏が、消費者と作り手側双方の視点からヒット商品が生まれる背景を熱く語る。

北村 森 KITAMURA Mori
1966年、富山県生まれ。小学校低学年の時に「暮しの手帖」を読んで、その商品テストの徹底ぶりに魅せられ、早くも雑誌編集者を天職と定める。慶應義塾大学法学部を卒業後、1992年に日経ホーム出版社に入社。「日経アドレ」「日経トレンディ」などの編集者として、ホテル宿泊チェックをはじめとした、数多くの商品テストに携わる。2005年から2008年3月まで「日経トレンディ」の編集長を務め、2008年以降は商品ジャーナリストとして「消費者がお金で買えるモノ全てを評価する」を旗印に、精力的に地方取材、講演、執筆をこなしている。ひと月にチェックする商品サンプルやサービスは数十アイテムに及び、国内外のホテル、レストランの覆面取材も行う。ソフトバンクなどが設立したインターネット上の「サイバー大学」では、ITマーケティング論の講座を担当している。

「夢の商品」は本物か?

——子供の頃の運命的な「出会い」で、雑誌編集者への道を志したそうですね。

小学生だった1970年代は、電子レンジが華々しく登場した時代。その頃、「暮しの手帖」がトップの特集で何号にもわたって、何十種類もの料理を作っていた。さまざまなメーカーが電子レンジを “夢の調理器” として喧伝(けんでん)し、主婦の間に料理の手間が省けるとか、おいしいものを家族に食べさせられると大いに期待が高まっていた頃。ところがそれに疑問を呈したのが「暮しの手帖」編集長、花森安治(1911-1978)だった。本当に“夢の調理器具”なのか、その一点においてチェックをした。やり方は、ただひたすら料理を作る。目玉焼きや煮物などを、フライパンや鍋で調理するそれまでの調理法と比べて、時間、ガス、電気代のコスト、味はどうか、マル、バツ、三角をつけて、寸評を入れる。

その結果、電子レンジのチェック項目はほとんどバツ印。そして、一言「まずい」などと書いてある。冷めたご飯を温めるには便利だが、“夢の調理器具”なんてうそだとはっきり書いてある。すごいなあ、自分は将来こういう事をやりたいと思いました。

——かなりうたぐり深いたちですか。

うたぐり深いです。自分自身、サービスの受け手として悔しい思いをしたことがあります。独身時代、恋人の誕生日に、彼女を喜ばせてやりたいと思って、東京で当時トップレベルのホテルへ連れて行った。事前の情報では、バスルームから見事な東京の夜景が見渡せるはずだった。それなりのお金を払って予約したのに、実際に泊まったら、その部屋じゃなかった。

僕が見た情報には、夜景の見渡せるタイプの部屋に泊まるには、あといくら必要だと明記していなかった。消費者である読者には、決してそんな失敗をして欲しくないというのが僕の信条です。消費者の使い走りのようになって、商品は良いのか悪いのか、今すぐ買った方がいいのか、ちょっと待った方がいいのかを伝えるのが僕の仕事だと思っています。

とことん比較して検証する

——雑誌編集者としては、「日経トレンディ」が一番長い?

日経ホーム出版に入社したのが1992年で、「日経トレンディ」では、記者として丸6年、副編集長を半年、編集長を3年3カ月経験して、独立しました。

「商品ジャーナリスト」という肩書きは、独立する際に知人と一緒に考えて作りました。実は、商品ジャーナリズムって、ありそうで、そうは無かった。というのも、収入の半分近くを広告に頼っている雑誌で、良いモノは良い、悪いモノは悪いと是々非々で商品を評価することは難しいから。その意味で「日経トレンディ」は、はっきりと商品の良しあしを語る稀有(けう)な雑誌でしたね。

——多くの雑誌では商品の批判ができなかった。

その通り。良いことばかり書いてある雑誌、少なくないでしょう。批判するにしてもお茶を濁した書き方をする。でも、「日経トレンディ」では、僕が配属された94年の時点で、すでに商品ジャーナリズムを確立していた。バブルの頃から、日本では高級車ブームが続いた。90年代の初め、その当時の「トレンディ」編集部が、人気絶頂だった引退直後のF1ドライバー中嶋悟さんに実際に車を運転してもらって、全部評価させた。どんなに高級だろうと、危険回避性能、走破性能、ブレーキング性能がしっかりしてなければ、ハリボテの高級だということを中嶋さんに検証してもらったんです。何十台も。さらに、数年後の記事では、輸入車と国産車のどちらを買うべきか、向こう何年間乗った時の維持費、パフォーマンス、買い取り価格まで全部シミュレーションして計算するという企画も制作しています。それを自動車専門誌、他誌が真似しました。

良い商品・サービスを見抜く3原則

——消費者が失敗しないための3原則を教えてください。

第一に、買い物で失敗した時の怒りを忘れないことです。人は怒りを忘れる。「あー、また買っちゃった。失敗した」を繰り返す。だから、失敗した時の怒りを忘れないだけでも、次に失敗する確率を相当低くできるはず。

第二は、うたい文句にだまされないこと。メーカーは自分の都合でうたいたい所をうたってるだけで、必ずしも消費者の都合にはかなってないかもしれない。大切なのは、開発の過程で、消費者の都合と企業の都合とどちらを優先するかなんです。コスト、作り方、仕上げ、値段、あるいは性能や機能といった、ぎりぎりの所でどちらを優先しているかは、取材者としていつも気にしています。

第三は、モノの値段には理由があることを消費者が理解すること。やっぱり過剰に安い商品はどこかに無理が出る。モノの値段には理由があるんです。

幸いなことに、消費者もそのことに気付き始めている。つまり、高い商品はそれ相応の質だからで、長く使えるとなれば、今はそちらを買う傾向になっています。不景気でしょ。昔みたいに買い物で一回失敗したら、それを誰かに安く売ってもう一回買うなんて事ができない。

だから商品を厳しい目で見て、例えば1万円高いとすれば、自分にとって払うべき価値のある1万円なのかを、一つひとつ見ていくわけですね。今の消費者は、とても賢くなっていると思います。

徹底的に消費者に寄り添って

——グルメ番組などを見てよく感じることですが、「おいしい」とか単純な解説はしても、付加価値をつける解説をする人が少ないですね。

33歳の時に「日経おとなのOFF」創刊チームのメンバーとして、本当に消費者のためになるグルメ情報を提供する雑誌を発案しました。料理屋って、「おいしかった」で終わるのではなく、誰かを連れていくわけですよ。この店はどういう人と一緒に行くのがぴったりか、どう過ごすのがいいのか、といったことまでを、丁寧に解説するグルメ情報誌はなかった。だから僕たちは、すし屋なら、この親方は話しかけられた方が喜ぶのか、それとも寡黙な人で話しかけられると嫌がるのかまで全部書いたんです。

取材して、料理屋には2種類あることが分かりました。特に親方と向きあう格好のカウンター割烹(かっぽう)、すし屋、天ぷら屋には、親方にげたを預ければ何とか自分をかっこよく見せてくれる店と、生半可な知識で粋がったりすると、どん底に突き落とされる店の2種類あるんですよ。そういうことを丁寧に伝えることが重要。うんちくを語るのではなく、読者の使い走りになって書くことが大事なんです。

最近の失敗は3D推奨

——自分が発見して予想外の大ヒットとなった商品はありますか。

注目せよと言った商品は数々ありますが、いち早く発掘した、なんて、偉そうには言えません。外した商品ならいくつもあります。最近の失敗は、3Dテレビ。3Dテレビがお勧めだと僕は言い続けたんです。3Dテレビはコンテンツ不足だからヒットしないと言われていたけれど、実は絶好のコンテンツがある。3Dテレビで何を見るのが一番面白いかと言えば、自分の子どもを撮ったビデオですよ。

僕はパナソニックから発売前の3Dビデオカメラを借りて、2週間、川辺や、花火大会、山登りの時に息子を撮り続け、それをうちで見た。そしたら、本当に面白い。水の中にバシャーンって入ったり、トンボを捕まえて、「ほら、トンボ」と言ってパッと離した瞬間、トンボがフワーッて飛んでいくとか、子どもの肌も、体もほんとにそこにいるかのように生々しく映る。子どもの成長記録を撮るのに3Dほど良いものはないんです。

今まで、ホームムービーを撮っても後で見ることはまれだった。僕なんか自分の結婚式のムービーなんていまだに一回も見てない。でも3Dってね、すぐに再生したくなる初めてのムービーなんですよ。で、これはいけると思った。それに値段の設定もべらぼうではなかったですからね。

ところが、見落としたことがあった。ホームビデオって結婚、子どもの誕生、子どもの入学、そういう時に一回買ったら壊れるまで10年ぐらい使い続けるんです。つまり3Dになったからと言って買い換えたりしないんですね。

要するに消費者の立場ではなくて、新しいテクノロジーの価値に自分が興奮してしまった。もう大反省です。

評価軸を明確にする

——使い勝手は商品のライフサイクルも含めて判断しないと駄目だ、ということですね。

例えばミシュランの星にも一つ星から三つ星があるように、家電商品やデジタル商品をABCで評価するわけです。

買い換えるタイミングに来ていて、商品を比較した上で、選択肢に入れてもいいのがB、致命的な欠点があって買っちゃいけないのがC。今持っている商品を捨ててでも買う価値がある商品をAにしたんです。

——Bの中でどれを選ぶかを示してくれる商品ジャーナリズムがとても大事では。

新しい商品を見る場合、評価軸をはっきり決めることを自分に課してきました。それが商品ジャーナリストの存在価値だと思う。薄型テレビを評価する場合、画質、音響、デザイン、価格がどうだとオールラウンドで評価しても、消費者に分かりにくいだけです。薄型テレビという商品は、この基準で見ないと駄目だという評価軸を打ち出すんです。オールラウンドチェックって実は何の意味もない。

コンパクトデジタルカメラで言えば、一番違いが出るのは、暗さに弱いこと、ブレること、もうひとつは人なんですよ。その三重苦の機会が歓送迎会や飲み会です。人はいっぱいいるし、手ブレどころか本人が酔っぱらってブレてるでしょ。しかも暗い。その状況で、うまく撮れる機種と撮れない機種ではすごい差があるんですよ。そこでチェックしないと駄目なんです。

消費者を驚かせる商品開発、3つのポイント

——メーカー側にはどういう商品開発をしてほしいと感じていますか。

一番良くないのが、消費者におもねる形の商品。消費者にグループインタビューして、その意向をくむという手法は、一見消費者の便宜を尊重しているように思えるでしょう。でも、消費者に何が欲しいか聞いて、その通りに作ったとしても、正解なんて出るはずがない。マーケット・イン型、さらにはインタラクティブ型、消費者参加型とか呼んでいますが、そんなアプローチでメガヒットは生まれない。作り手と買い手の間には、とても深い溝があるんです。

次に、消費者を見くびってはダメだということ。消費者は不確かだけれど、時にすごく鋭いので、しっぺ返しを食らいます。

——むしろ、作る側は、作る側の論理を徹底的に追求して欲しいということですね。

3番目は、消費者を求めて迷子になるな。その一例が、近年のソニーの低迷。消費者の“居場所”が分からなくなっているのではないか、と私は思います。自転車用のナビゲーションシステムが成功するなど、同社でも一部では頑張っていますけれど。

おもねず、見くびらず、消費者の居場所を求めすぎて迷子にならずというスタンスとはどういうことか考えていて、やっと答えが出ました。消費者をびっくりさせるというスタンスですよ。

そのためには、マーケティングに3つのアプローチがあると思いました。第一が「そんな馬鹿な!」っていう商品を作る。例えば、1990年に伊藤園が世界初のペットボトル入り緑茶を発売した。当時は「そんな馬鹿な!ペットボトルにお茶を入れて、売れるのか」と驚くわけでしょ。でも今やソフトドリンク飲料の中で緑茶飲料は巨大市場に成長している。伊藤園の独壇場だった市場に、キリンビバレッジが「生茶」、続いてサントリーが「伊右衛門」で参入、群雄割拠になって、市場にはいまだに勢いがあります。 

第二のアプローチは、「そこまでやるか!」。例えば東京ディズニーリゾートのキャストのサービス、ザ・リッツ・カールトン東京やリッツ・カールトン大阪のサービスの徹底ぶり。

そして第三は、同業他社に、「分かっていたのに!」と悔しがらせることをやる。同業他社の隙を突くんです。マツダの新型「デミオ」は、ガソリンエンジンでハイブリッド並みの燃費を実現したエコカー。車業界では分かっていたことですがそれを本気で開発したらヒットした。

この「びっくりさせるスタンス」が、本当の意味でプロダクト・アウト(作ってから売り方を考えるアプローチ)だと思う。独り善がりに自分の作りたいモノを作るということではなく、相手に対して自分の思いを伝えて、驚いていただくということだと思うんです。ここ数年、大手企業が、“びっくり型商品”を作るケースが少なくなって、その代わり中小企業が“びっくり型”を作るケースが多くなっている。多分、組織風土の問題でしょう。

執念のモノづくりがヒットを生む

——最近、地方の中小企業が、生き残る道を模索した結果、最終手段として開発した商品が結構売れていると聞きます。

大手メーカーがさぼっている分野を、間隙を突いて攻めているんですね。例えば福島県の山本電気が開発した「マルチスピードミキサー」。フードプロセッサーはもう進化しないと高をくくっていた大手メーカーは、改良の努力を放棄していた。そこへモーター専業メーカーの山本電気が本格参入して、使い勝手抜群の商品を作った。

愛知ドビー株式会社が作った「バーミキュラ」という鍋も大人気で、今は1年以上も待たないと手に入らない。フランスの「ル・クルーゼ」のように鋳物にホーローがけする技術は、大手でも実現できなかった。ところが、名古屋の中小メーカーが1年がかりで執念の開発をしたんです。

大人気の鍋、「バーミキュラ」の魅力を語る北村森氏

この執念が重要です。徳島の食品衛生検査会社が、地元漁師の採ったばかりの生海苔の味をなんとか消費者に届けたいという執念で、冷凍保存する方法を1年かけて開発した。生まれた商品が「生きている海苔」です。大手メーカーだったら人海戦術でもっと早くできたはずの技術です。

——日本の商品開発から日本の姿が世界に見えると言いますが、地方取材中に、これは絶対に世界に紹介したいと感じる商品との出会いはありますか。

よくありますよ。日本はハイテク王国として、最先端技術でリードしてきた。でも、今面白いのは、既存の技術を突き詰めて磨き上げることで、時代にかなった商品が生まれることなんです。僕がこれから紹介していきたい商品も、日本のハイテクを象徴するデジタル系商品ではなく、技術を突き詰め、丁寧に作ると、ハッと驚くような面白いモノができるという実例です。生活の質を良くしてくれる道具、なるほどと膝を打つような日常生活品がどんどん生まれている。そのおかげで日本人の生活の中に潤いを与えているというケースがあるんですね。そうした商品の裏には、とことん問題を突き詰めて最後まで諦めない、作り手たちのすごい集中力と執念の物語がある。そのことを是非、諸外国の方々に伝えたいですね。

聞き手=原野 城治(一般財団法人ニッポンドットコム代表理事)
撮影=川井 聡

ものづくり