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500万都市ヤンゴンの上水道を救え!:日本の取り組み

政治・外交

民主化に伴う外国資本の急激な流入により、「建設ラッシュ」が続くミャンマーの最大都市ヤンゴン。経済活性化の一方で、それを支える電力、水道などの社会基盤(インフラ)整備が急務となっている。日本はヤンゴンの上水道整備・近代化に向け、官民が連携して総合的に支援している。

建設ラッシュに追い付かない電力、水道インフラ

敬けんな仏教国ミャンマーの最大都市ヤンゴンの中心は、黄金に輝く高さ46メートルの仏塔「スーレー・パゴダ」だ。この東西にあらゆる都市機能が集中し、北に鉄道の中央駅、南にヤンゴン川という陸路、水路の基点がある。

スーレー・パゴダ(中央)とヤンゴン中心部の街並み

2011年の民主化以降、そのヤンゴン中心部の「再開発・建設ラッシュ」が目覚ましい。“アジア最後のフロンティア”との呼び声に、外国資本の不動産投資が相次いだからだ。植民地時代の1926年に建てられ、市内で最も大きくにぎやかだったアウンサン・マーケットの真向かいに2017年、シンガポール資本のショッピングモール「ジャンクションシティ」が開業した。一流ホテルを併設した施設の中は高級ブランドのショップが並ぶ。中央駅の南西側隣では現在、三菱商事、三菱地所が主導する大規模複合再開発事業(オフィスビル、商業施設、高層住宅など)の工事が進む。

ジャンクションシティの内部

一方で、急激な都市の発展を支える電力、水道などの社会基盤(インフラ)はまだまだ心もとない。日本はヤンゴン市開発委員会と協力し、政府開発援助(ODA)による資金援助、技術援助により、ヤンゴンの上水道整備・近代化をトータルに支援している。

漏水、盗水で「水が来ない!」

ヤンゴン市域のほぼ真ん中に位置する人口13万人のマヤンゴン地区。ここで日本政府の無償資金協力(約18億円)による「無収水削減プロジェクト」が2017年から行われている。無収水とは、漏水や盗水、メーターの不具合などで、水道事業者が配水しても実際に収入に結びつかない水のことを指す。日本では無収水率は5%以下だが、ヤンゴン市では実に66%にも上ると推定されている。

市内を走る大規模な送水管のうち、地中に埋められないで住宅地にむき出しのまま使われている場所があると聞いて行ってみた。直径1.5メートルほどの太さのパイプの上を、歩道代わりに歩いている周辺住民がいた。このような“無防備”な箇所の継ぎ目に勝手に自前のパイプを差し込んで、水を盗む例もあるという。

地中に埋められないで使われている送水管

それに加えて、老朽化した水道管の把握、取り換え工事が追い付かず、漏水量も増える一方と見られている。住民からは「水が出るのは数日に1日だけ」「断水の時間が多過ぎる」との不満が爆発している。

水が出る生活のありがたさ

プロジェクトは、東京都水道局の関連会社「東京水道サービス(TSS)」と東洋エンジニアリングによるコンソーシアムが工事を実施。無収水率を30%以下にするのが目標で、地区を8つの工区に分け、1工区あたり半年の期間で(1)老朽化した水道管の把握と取り換え、(2)契約世帯への水道メーター設置――などを集中的に行う。

工事が終わったばかりのエリアに住むミョー・タン・ナインさん(48)は「見てください、今ではこんなに勢いよく水が出るようになりました」と、ホースを手に話してくれた。家が高台にあるため、「この10年、水道は出たり出なかったり。常に蛇口を開きっぱなしにし、チョロチョロと出てくる水をかめやバケツにためていました。車で水を買いに行くことも多く、本当に大変でした」

ホースから勢いよく出る水に笑顔のミョー・タン・ナインさん

プロジェクトを統括するTSSの馬場仁利(まさとし)担当部長によると、漏水箇所のパイプを取り換えたことに加え、新たにポンプを設置して各地区で水を“再加圧”することで、高台の住宅や水道管の末端まで十分に行き渡るようにした。工事の概要は下図の通りだが、重要なポイントは全ての利用者にメーターを設置するとともに、各エリアに送手前の送水管に流量計を付けることだという。「元の流量と利用者のメーター総計の差から、そのエリアでどのくらいの漏水があるか計算できる。それを基にさらなる漏水対策にも取り組むことができます。ヤンゴンの水道は元になる流量が分からず、利用者側のメーター設置もまちまちなので、これまでは一体どのくらいの水か無駄になっているかということさえ分からなかったのです」

このプロジェクトに先立って2014年、400軒を対象に行われた同様の「草の根支援」事業では、4カ月の工事・対策実施後に無修水率が77%から32%へと大幅に改善。対象地区での水道収入は約3倍に増加したという。

マヤンゴン地区での工事の様子=2018年3月(東京水道サービス提供)

新たに設置された加圧ポンプ。

水道工事が行われているエリアには、日本の援助で行われていることを知らせる張り紙があった

設置される水道メーター(左)と水道管。いずれも日本で使われているものを持ち込む

ルールづくり、計画づくりから支援

広域都市圏を含まないヤンゴン市の人口は、現在520万人。うち上水道の供給を受けているのは

4割にとどまり、半数以上の市民は井戸や自宅付近にある池、または雨水から水を得ている。また、水道で使われる水のうち、浄水処理を行っている割合は3割程度で、水質面でも問題を抱えている。国際協力機構(JICA)の「ヤンゴン上水道改善プロジェクト」専門家チームの鎗内美奈さんは「500万人規模の都市にしては、かなり水事情は大変な状況にる」と話す。

円借款などの資金協力による浄水場や配水網の整備と並行し、JICAは十数人からなる日本人の専門家チームを組織して、2015年から市開発委員会水・衛生局の係長レベル150人を対象に研修・技術移転を行っている。

改善プロジェクトの概要をみると、「無収水対策」「水質管理の強化」とともに「水道経営能力の強化」が挙げられ、「水道事業の計画セクションを設置する」「事業にかかる規定・基準・ガイドラインを策定する」「人材育成にかかる体制を強化する」などの具体的な目標が並ぶ。

「例えばある地域のどこの水道管が老朽化して交換の必要があるか、水道管がどの位置に埋設化されているかなどの情報は、これまでは各営業所の古参職員の頭の中にあり、書面化されていませんでした。資産管理、顧客管理のデータも不十分。このような仕事のやり方から抜け出さなければいけないのですが、まずは事業改善に向けた理解を職場に深めることからやっています」(鎗内氏)

ヤンゴンの水道事業は旧植民地時代から100年の歴史があり、変革に向けて組織の「かじ」を切るのは簡単ではない。専門家らはひと月ごとに日本とミャンマーを往復。地道な取り組みが続いている。

取材・文・写真=石井 雅仁(nippon.com編集部)

バナー写真:ミャンマー・ヤンゴンのマヤンゴン地区で行われている水道管取り換え工事=2018年3月(東京水道サービス提供)

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