日中の懸け橋

中国や東南アで和製スイーツを売る若手実業家、蘇悦さん

社会 文化

餡(あん)の入ったクリーム大福やハローキティの人形焼など和製スイーツやたこ焼きが中国や東南アジア諸国で人気を博している。この仕掛け人が上海の中国人若手実業家、蘇悦(そ・えつ)さん。日本暮らしで知った「和」の味に魅了され、中国に戻って上海摩提工房食品有限公司を設立。中国や東南アジアで和製スイーツ、たこ焼き、チーズケーキなどの専門店を次々にオープンしており、店舗総数は今や900店にも上る。

蘇悦 SU Yue

1972年杭州市生まれ。高校卒業後、19歳のときに日本に留学。97年に滋賀大学教育学部を卒業。99年には京都大学大学院工学研究科で修士号を取得。その後、欧米のメガバンクや投資銀行で働き、2003年に中国に戻り、日系食品会社に就職。08年に和製スイーツなどを取り扱う上海摩提工房食品有限公司を創業し、同公司を中国最大級の和菓子企業に育て上げた。

優しい「和」の味を紹介し大成功

主力商品クリーム大福「MOCHI SWEETS」

会社名の中にある「摩提」は日本の「餅」の発音からきており、主力商品は「MOCHI SWEETS」と表記された、いわゆるクリーム大福。もち米で作った薄皮の中に餡(あん)やクリーム、チョコレートなどを閉じ込め、しかも、きれいに配置。色、香り、味を調整し、和菓子の特徴である優しさと季節感を出しているのが売り。また、店舗は一流の商業ビルやデパート内に置かれ、商品の配列や包装にまで気を使って高級感を演出。「MOCHI SWEETS」は今や、中国だけでなく、シンガポール、マレーシアなど東南アジア諸国の人たちにとって、人気の高級菓子となっているそうだ。

若い女性が摩提工房のしゃれた店で、色とりどりのスイーツを前に、どれを買おうか迷っている姿は、日本のそれと、全く同じだ。

上海摩提工房食品有限公司はこの「MOCHI SWEETS」のほか、ハローキティの人形焼、シュークリーム、チーズケーキ、たこ焼き、ミルクティー、韓国の餅料理トッポギなどを提供する店舗を展開。創業からわずか7年で、中国の150都市と東南アジアの5カ国で、約900店を経営するところまできている。

ハローキティの人形焼を店頭販売する中国人スタッフ

金融トレーダーから転身、スイーツ業界へ

実は、蘇さんは元銀行マン。スイーツの世界に初めからかかわっていたわけではない。蘇さんは19歳のときに日本に留学、滋賀大学、京都大学大学院で学び、当時の米チェース・マンハッタン銀行、JPモルガン銀行、フランスのソシエテジェネラル銀行に入り、東京オフィスで、為替や外債のトレーダーとして働いた。

転機が訪れたのは31歳の時。投資関係の企業で働いている友人から「香港や台湾で人気となっている日本のシュークリームを中国大陸で展開してみないか」と誘われた。

「当時の中国は、海外の食べ物のバリエーションが少なく、競合相手も少なかったため、海外から何を持っていっても売れると思いました」

順番待ちの列が続くチーズケーキ店

蘇さんはこう考え、その年、友人の紹介で日系食品会社に移り、総経理として中国に赴任、市場の開拓に着手した。最初のターゲットは地の利があった故郷の杭州市で、シュークリームの店を3店舗オープン。しかし、一般の人たちの収入と意識はまだ、値段が高くて珍しい海外のお菓子を受けいれる段階には至っておらず、店舗はすべて1年で閉店に追い込まれてしまった。

「当時、私は全くの素人で、失敗して当然でした。客が1人もいない店を見て、両親が嘆くのが一番つらかったですね」

蘇さんは当時をこう振り返る。その後、蘇さんは拠点を大都会の上海に移し、シュークリームの店を始めた。新しもの好きの上海っ子に店頭実演販売の手法が受けた。店の前は連日長蛇の列。マスコミが取材に来るほど話題になった。蘇さんはこの成功で自信を深め、2008年に独立して「MOCHI SWEETS」の専門店「摩提工房」をスタート。中国の経済発展と共に事業は順調に伸びていった。

スイーツ事業成功の3つの秘訣

蘇さんは事業成功の秘訣について、①商品は中国人が慣れ親しんだ食べ物に少しの変化を加えるにとどめる②フランチャイズのオーナーが儲けやすい体制をつくる③スピード感をもって事業を展開する-の3点を挙げてくれた。

摩提工房本部での定例会議の様子、右端が蘇悦さん

蘇さんが主力商品に餅を選んだのには理由がある。中国では元宵節(小正月)に「湯圓(タンユァン)」と呼ばれる餡入りの餅団子を食べる習慣があるからだ。このため、蘇さんは餅の中の餡をさまざまな味のクリームに変え、マイナーチェンジにとどめ、中国人にすんなりと受けいれられる商品にして売り出した。「MOCHI」というネーミングもよかった。日本食の持つ安心感が商品に付加価値をつけてくれ、「MOCHI SWEETS」の人気に火がついたという。

2番目のフランチャイズ体制について、蘇さんは、原則として、「1地域1オーナー制」を敷き、オーナー同士が互いの売上を奪い合わないよう配慮しているそうだ。そして、オーナーに「MOCHI SWEETS」以外の商品の運営権を与え、多角経営で、売上の底上げをさせている。オーナーたちの悩みは、何といっても、従業員の高い離職率。これに対しては、飲食業界ではまだ多くはない福利厚生制度を導入し、職場環境の改善に努めている。

そして、3番目の迅速な事業展開についてだが、蘇さんは「迅速に出店し、見込みがなければ、閉店の判断を迅速に行う。これは中国でシェアをとるための戦略です」と語る。蘇さんによると、「今年は、毎日1店舗のスピードで出店する計画だ」という。しかも、これと同時に、撤退時を見据え、ショーケースなどの店舗機材を統一化し、その一方で、出店コストを抑える工夫を忘れない。

広大な市場はネットの遠隔操作で管理

日本の26倍の国土を有する中国でフランチャイズを展開する難しさのひとつが遠隔地の店舗管理。蘇さんはこれに対し、インターネットをフル活用。遠隔地店舗の商品の品質、スタッフの接客態度なども本社で常時監視できるシステムを作り上げた。

また、上海摩提工房食品有限公司は中国最大の飲食店紹介サイト「大衆点評網」などの書き込みを重視。専門スタッフが日々チェックし、商品の味や販売員のサービスなどに対する消費者の評価を調べ、商品の改善や開発に役立てている。「巡回員を店舗に派遣する従来の方法に加え、口コミをフランチャイズの管理ツールとして使うのは、広い中国で、極めて有用な方法なのです」と、蘇さんは語る。

目指すは1万店舗・韓国のトッポギも発売

蘇さんの今後の目標は「なるべく早い段階で1万店舗を達成する」ことだ。上海摩提工房食品有限公司は既に、韓国の餅料理トッポギや米国のチョコレート菓子を取り扱う店をスタートさせた。主力の「MOCHI SWEETS」や、たこ焼きに追い付くのには「まだ、時間がかかりそう」だが、今後も、さらに多くの海外メニューを導入していく計画という。

「中国語で『街辺小吃(ジィエビィエンシャオチ)』という言葉があります。日本語のB級グルメという意味です。『街辺小吃』はこれまで中国伝統のものばかりでした。これからは、世界のおいしいものを、多くの人が手軽に楽しめるようにしていきたいです」

和製スイーツから始まった蘇さんの事業は、さらに多様性を帯び、中国や東南アジアの人々の食生活を一段と豊かなものにしてくれるはずだ。

(文・写真 永島 雅子)

バナー写真=摩提工房ハローキティ店のポスター(上海摩提工房食品有限公司提供)

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