シリーズレポート「老いる日本、あとを追う世界」

月溪総合社会福祉館の「美しい隣人」事業

社会

韓国では地域福祉の担い手とし1980年代末から総合社会福祉館が整備された。中でもソウル市蘆原区月溪洞の月溪総合福祉館が始めた「美しい隣人」事業は、地域のニーズに合わせたモノとサービスの寄付を軸にした社会貢献活動として成功を収め、全国に広がっている。

地域福祉の担い手としての総合社会福祉館

総合社会福祉館は、韓国における地域福祉の主な担い手である。その歴史は1900年代初頭の隣保館運動まで遡るが、地域福祉の担い手として定着したのは1980年代末以降だ。当時、関係法令や規定が整備され、地域住民のための福祉事業の展開を目的として全国で福祉館の設置が急速に進められた。貧困問題を含む社会問題や福祉ニーズに対して、国レベルでの制度・政策ではなく、地域社会や民間の力を最大限活用しようとする政府の意図を背景とした財政支援などによって福祉館は急増した。1988年に全国で35か所に過ぎなかった福祉館は、2016年現在457か所まで増えている。

福祉館は、高齢者に限らず地域住民すべてを対象として幅広い事業を実施しているが、地域住民のなかでも特に低所得者をターゲットとしている点、その低所得者の大半が高齢者であるという点を考えると、高齢者向けの福祉サービスの提供が福祉館の事業の多くの部分が占めているとみてよい。

福祉館の高齢者向け福祉サービスは多種多様であるが、1つの代表的な事例としてソウル市蘆原区月溪洞の月溪総合福祉館が展開している「美しい隣人」事業を紹介したい。

「美しい隣人」事業を展開する月溪総合社会福祉館。

地域の寄付で高齢者に必要なモノやサービスを提供

「美しい隣人」事業は、月溪総合社会福祉館の管理・運営で実施されている。地域の商店が住民のニーズに合わせたモノやサービスを寄付し、寄付を受けた住民が地域や商店のためのさまざまな活動に参加。商店と住民が助け合いながら、住みやすいまちをつくっていくための事業である。

低所得の高齢者が多い月溪洞では、食事、健康、美容、入浴などが主なニーズとしてあげられる。こうしたニーズにかかわる地域の商店――食事に関してはレストランやスーパー、健康に関しては病院や薬局、美容に関しては美容室や理容室、入浴に関しては銭湯やサウナなど――に、ソーシャルワーカーが訪問し事業の趣旨を説明してモノやサービスの寄付を呼びかける。たとえば、あるレストランからは1日3人に無料で食事を提供してもらう、ある病院からは1日3人に無料で診療をしてもらうというようなかたちで寄付を受け、福祉館の管理・運営のもとでそのレストランや病院を高齢者が利用できるようにする。そして利用した高齢者は、商店の広報活動および地域のボランティア活動に参加するという流れで事業が展開されている。

カネの寄付は躊躇するかもしれないが、モノやサービスなら負担が軽いという点に着目し、また福祉現場における厳しい財政状況を打開するために地域の資源を最大活用しようとして2003年に始まった「美しい隣人」事業は、月溪洞で大成功を収めた。その後、蘆原全体に広がり、現在は、ソウル市を超え全国各地で展開されるようになっている。

高齢者向けの食事を寄付したレストラン。

「美しい隣人」事業の契約を交わしたレストラン店主(左)と福祉館のソーシャルワーカー。

プロジェクトの概要について

笹川平和財団 新領域開拓基金「アジアにおける少子高齢化」事業

バナー写真=月溪洞で行われた「美しい隣人」事業のイベント(写真はすべて著者提供)

少子高齢化 中国 アジア 笹川平和財団