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映画『銃』:原作者・中村文則がフランス語翻訳者ミリアン・ダルトア=赤穂と語る

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日本の現代文学で多くの作品が映画化され、外国語に翻訳されている作家の一人、中村文則。16年前のデビュー作『銃』が映画化されたのを機に、原作のフランス語版翻訳者であるミリアン・ダルトア=赤穂と語り合ってもらった。

中村 文則 NAKAMURA Fuminori

小説家。1977年、愛知県生まれ。2002年に『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。2005年に『土の中の子供』で芥川賞、2010年に『掏摸<スリ>』で大江健三郎賞を受賞。同作は2012年に英訳が出版され、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の年間ベスト10小説に選ばれた。2014年、ノアール小説への貢献で、アメリカでデイビッド・グディス賞。同年刊行の『教団X』は日本で50万部のベストセラーとなる。最新作は『その先の道に消える』。2018年、『去年の冬、きみと別れ』(原作2013年)、『悪と仮面のルール』(同2010年)、『銃』が相次いで映画化。

ミリアン・ダルトア=赤穂 Myriam DARTOIS-AKO

翻訳家。フランス生まれ。パリ第10大学現代文学部、国立東洋言語文化学院日本語学部を卒業後、1995年に来日し、以来東京に在住。図書館情報大学図書館情報学研究科修了。これまでにフランス語で出版された中村文則の作品すべて(『掏摸』、『銃』、『去年の冬、きみと別れ』)の仏語訳を手掛ける。その他の主な訳書に、小川糸『食堂かたつむり』、本谷有希子『異類婚姻譚』、羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』、河瀬直美監督によって映画化された、ドリアン助川『あん』など。2015年、小西国際交流財団日仏翻訳文学賞奨励賞を受賞。

芥川賞作家・中村文則は2002年のデビュー以来、コンスタントに小説を発表し続け、海外でも注目を集めている。そのデビュー作『銃』が、奥山和由プロデュース、武正晴監督によって映画化された。拳銃を拾った若い男の内面をモノローグで綴るという極めて文学的な作品だが、その映像化を作者自身はどう見るのか。また、『銃』を含む中村の小説をフランス語に訳してきた翻訳者は、言語や文化の違いを越えて響く作品世界をどう捉えるのか。

小説の人物に顔はあるか

中村

 映画をご覧になってどうでしたか?

ダルトア

 びっくりしました。中村さんが書いたものが自分の中で一つの形になっていたので、それが別の形になったのを見るのは、ちょっとした驚きでした。

中村

 僕も、書いたのは自分だし、脚本もチェックしたんですけど、見てびっくりしました。書いたことを忘れて引き込まれるような、そんな感じで新鮮に見ることができました。実は一つだけシーンを書き加えているんですよ。最後のほうで、ヨシカワユウコ(広瀬アリス)がトオル(村上虹郎)と大学ですれ違って「あなたは問題を抱えている」と言うシーンがあって、そこだけは映画用に書き足したんです。いろんな人たちが結果的にとてもよかったと言ってくれて。

ダルトア

 やっぱり小説と映像では表現の仕方が違うということなんですかね?

中村

 原作ではあのままでいいんですけど、映画の場合、1回フワッと上げないと一本調子になるおそれがあると思って書き足してみたんです。判断は監督におまかせしましたが、監督もあったほうがいいと。演じた村上さんと広瀬さんも、あのシーンが核になっていると感じて緊張したと言っていました。

映画『銃』より。ヨシカワユウコ役の広瀬アリス(左)と主人公トオル役の村上虹郎 ©吉本興業

ダルトア

 中村さんが書いているとき、登場人物のイメージは当然あると思うんですけど、映画を見てどう感じました?

中村

 すごくピッタリだと思いました。小説を書いているときは映像を一切考えずに書いているので、映画化された自分の作品を見るのはいつも新鮮です。自分の予測の範囲内の映像では面白くないですけど、今回の『銃』も意外な面があった。主人公は、表面で人にしゃべっていることと、内面で考えていることが違うというキャラクターなんですが、内面の声のナレーションと口の動きをずらすとか、面白いアイディアがありました。白黒でここまで映像の力が出せるのかというのも驚きました。

ダルトア

 原作のどんなところがモノクロで撮られたことにつながったと思いますか?

中村

 もしかしたら文体の雰囲気かもしれないですね。内省的な主人公の語りでずっと進む小説なので。白黒のアイディアは、まずカメラマンから監督へ、監督からプロデューサーへ、プロデューサーから僕へと伝えられたのですが、全員が「それだ!」となって。何かが生まれる時ってこうですよね。ところで、翻訳するときはどうなんですか?登場人物については、日本人だと思いながら訳すわけですよね?

『銃』 ©吉本興業

ダルトア

 そうでもないんですよ。『銃』の場合では、声への意識はしっかりあったんですけど、顔については特に自分の中にはイメージがなかったです。

中村

 僕もないんです。内面描写から読者に顔を想像してもらえればいいと思っています。

ダルトア

 他の作家の作品を訳すときには、日本的な背景を意識せざるを得ないこともありますが、中村さんの作品については、多くの場合それがまったくない。どこか特定の国であることを意識しないで読めるんです。それは、たとえ人名や地名といった固有名詞が出てきても言えることです。どこの誰にでもあり得るような設定が描かれているので、主人公の行動や考えに感情移入しやすいんですね。中村さんの扱う主題は、人間存在の奥深いところに触れているから、文化的背景の違いとかエキゾチシズムとかを超えているんだと思います。

中村

 ドストエフスキーだって、100年以上も前のロシアの話ですけど、身近に感じることができます。文学とはそういうものだと思うんですよね。

映像を喚起する文体

ダルトア

 『銃』を翻訳するとき、私が一番意識したのは、フランス語ということもあって、カミュの『異邦人』でした。

中村

 『銃』は僕のデビュー作なんですけど、『異邦人』の影響、特に文体の影響がとても強かったです。それも、フランス語から日本語に訳された独特の翻訳調の文体。冒頭の「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない」(※1)というのが、『銃』では、「昨日、私は拳銃を拾った。あるいは盗んだのかもしれないが、私にはよくわからない」と、ここまでリズムがほぼ同じなんですよ。その後はだいぶ違うんですけれど。この部分、フランス語の『銃』ではどうなっているんですか?

ダルトア

 ピッタリ同じにしてます。

中村

 そうなんですか!?

ミリアン・ダルトア=赤穂による『銃』の仏語訳『Revolver』(Philippe Picquier刊)の冒頭を読む中村文則

ダルトア

 『異邦人』の冒頭の日本語訳は原文に忠実だったので、戻すのも簡単でした。だから『銃』のフランス語版の冒頭はそのままカミュです。フランス人の読者が読んだらすぐ分かりますよ。

中村

 それはうれしいですね。僕の作家としてのデビューには、海外文学の翻訳の影響が強くあった。ドストエフスキーの影響も強いんですが、『銃』に限って言えば、カミュの文体というのがあって。それがフランス語でもそうなったというのは面白いですね。

ダルトア

 ぐるっと1周したわけです。だからといって、あまりカミュに引っ張られすぎないように気をつけましたけど。そのバランスがとても微妙なんです。小説の映画化も、言ってみれば映像への翻訳ですよね?それで必ず「読んでから見るか、見てから読むか」という問いになりますけど、私は職業的に、固定されたイメージに引っ張られてしまうのが怖いので、必ず原作から読むようにしてます。

中村

 確かに。映画のプロモーション的なこともあるので、「どちらが先でもいいです」って言うことにしているんですが、作者としては、そりゃもちろん原作から読んでほしいです(笑)。

ダルトア

 中村さんの作品の映画化は初めてではないですよね?

中村

 これが5本目で、今年だけで3本目です。そのたびに映画の宣伝をやらされる(笑)。

ダルトア

 ご自身ではなぜそんなに映画化されるのだと思いますか?

中村

 こういうのを映画にしたいというやんちゃな大人が映画業界に多いんだと思いますよ(笑)。作品世界をちゃんと理解して映像化してくれる人が日本の映画業界にたくさんいるというのはうれしいことです。

ダルトア

 中村さんの作品が映像化しやすいところがあるのかもしれませんね。先ほど映像を意識して書いてはいないとおっしゃいましたけど。

中村

 読んでいて映像が浮かぶとはよく言われます。登場人物が何かを思ったとしたら、僕はその思いについて書くときに、どういう場所でどう思ったかを書いて、深みを与えることがある。普通は小説で風景を描写すると長くなってしまうんですが、僕の場合、短い言葉で書こうとする。そうすると人は、読んでいるというより、映像がパッと浮かぶ感じがするのかもしれないです。

『銃』より。左は刑事役のリリー・フランキー ©吉本興業

ダルトア

 私は中村さんの鋭い文体が大好きで、訳すときもすごく気持ちがいいんですよ。一番気を使うのは、どうやって訳文を削ぎ落していくかですね。

中村

 余計な文章は付けないって決めています。なるべく短い文で多くのことを表現したいと思っていて。本を読むというのは運動だと。どんどんのめり込んで読んでもらうには、だるい文章が邪魔になる。紙に何かを書くというのは貴重なことなんです。紙に載せる文章に無駄はいらない。

(※1) ^ アルベール・カミュ『異邦人』、窪田啓作訳(新潮社)

越境する文学

ダルトア

 ご自身の作品の英語版を読むことはあるんですか?

中村

 頑張って読もうとはしますよ。オーディオブックで聴いたりとか。ただ、それが正確な訳になっているかまでの判断はできないですね。翻訳者さんにまかせるしかないです。カギになる言葉がどう訳されているか気になって、飛び飛びに読むことはありますけど。

ダルトア

 めったにないことなんですが、私が『去年の冬、きみと別れ』を訳したとき、出版社の許可をもらって、英語版の翻訳者であるアリソン・マーキン・パウエルさんと、出版前に訳文を交換して見せ合ったことがあるんですよ。彼女もフランス語が読めるので。そうしたらお互い違いにびっくりして。翻訳者とか出版社にもよりますけど、フランスは原文に忠実であることが第一、英語圏は読者の受け入れ方を考慮して、私からすると、かなり大胆に「編集」する傾向があるんですよね。どっちがいいとか悪いとかではなくて、それぞれの国の翻訳文化というのがあるんだと思います。

中村

 その国の状況に合わせたやり方でいいと思ってます。トルコ語やアルメニア語だと、日本語から訳す翻訳者がなかなかいないので、英語からの重訳になるんですが、そうなるともう確かめようがないですよね。『銃』については、これまで英語、フランス語、中国語(繁体字)で出版され、現在ドイツ語に翻訳中、ロシアからも話があるそうです。何か翻訳者ウケみたいなものもあるのかな、と思ったりもするんですけど。

『銃』 ©吉本興業

ダルトア

 『銃』を読んだ翻訳者は訳してみたいと思うでしょう。やはりまずあの文体だと思いますよ。私は大江健三郎賞を取った『掏摸(スリ)』を最初に訳して、その後に『銃』の話が来たんですが、ストーリーも意外だし、主人公の内面の声もあるし、文体が鋭い。すべてがそろっていて、挑戦したくなりましたね。

中村

 『銃』は日本で17年目の今になっても重版されるんです。今でも新しい読者が増えているというありがたい作品です。当時は23歳で、フリーターでお金がない中、鬱屈した気持ちでこれを書いていた。最初は作家デビューしようと思って書いた時期もあったんですが、あの頃はもうそんなことは考えず、原点に戻ってまず自分のやりたいことをやればいいんだって気付いて書いていました。それが何年もたって英語やフランス語になって、こうして映画にもなるのですから、不思議な感じがします。

撮影=花井 智子
構成=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)

作品情報

©吉本興業

  • キャスト=村上 虹郎、広瀬 アリス、日南 響子、リリー・フランキー
  • 企画・製作=奥山 和由
  • 監督=武 正晴
  • 原作=中村 文則 「銃」(河出書房新社)
  • 脚本=武 正晴・宍戸 英紀
  • 制作プロダクション=エクセリング
  • 企画制作=チームオクヤマ
  • 配給=KATSU-do 太秦
  • 製作=KATSU-do
  • 製作年=2018年
  • 上映時間=97分
  • 第31回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門監督賞&東京ジェムストーン賞(村上虹郎)受賞
  • 11月17日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
  •     公式サイト=http://thegunmovie.official-movie.com/
  •     twitter=@GunMovie

予告編

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