新語・流行語・今年の漢字

国語辞典の編者・編集部が選んだ2016年の新語

社会 Books

国語辞典を出版する2社が、辞典を編さんする専門家や編集部の選定による2016年の新語を発表した。辞書掲載の可能性がある言葉、もしくはデジタル版に収録する言葉を選んだ。

三省堂は「ほぼほぼ」、小学館は「トランプショック」

年末が近づくと、1年を代表する言葉がメディアをにぎわせる。2016年は、英語辞典を出版する英オックスフォード大学出版局が、感情が客観的事実より世論形成への影響力がある状況を意味する「ポスト真実(post-truth)」を今年の英単語に選び、国際的な話題になっている。

日本で「今年の言葉」を選ぶ賞と言えば、1984年に始まった「ユーキャン新語・流行語大賞」が有名。国語辞典に未掲載の新語や時事用語を収録する『現代用語の基礎知識』(自由国民社)の編集部と文化人らが、各年の世相を映す言葉を選考する。一方、国語辞典を編さんする専門家や編集部が辞書への掲載を見据えて新語を選定する動きも、このところ目立ち始めた。

国語辞典でシェア1位の三省堂は、2015年から「今年の新語」を発表している。同社の国語辞典の編さんに携わる学者らが、その年に特に広まったと考えられ、翌年以降も使われ続けて辞書に掲載される可能性がある言葉を選ぶ。14年に『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明氏が「今年からの新語」をツイッターで募り、自身のウェブサイトで10語を披露したのをきっかけに始まった。

若者言葉をはじめ、日常会話で用いられる表現が多いのが特徴で、16年の大賞には、一般から応募のあった1182語の中から、副詞の「ほぼ」を繰り返して強調する「ほぼほぼ」を選んだ。選出した10の言葉のうち8つは、外来語が関係する言葉だった。「新語・流行語大賞」を受賞した「神ってる」は、現時点では一時的な流行語の性格が強いとの理由で、上位10語の選外となった。

12月3日、「今年の新語2016」の発表会が都内で行われ、選考委員とタレントの伊集院光さん(檀上中央)が言葉の意味や使われ方について論じ合った。委員の1人である小野正弘明治大学教授(右端)は、「ほぼほぼ」には話し手の主観性が含まれ、受け手に不安を与えるようなニュアンスもあることを指摘した(写真提供=三省堂)

新語選びには今年、国語辞典『大辞泉』を発行する小学館も参入。読者からの応募を基に、同辞典の編集部がデジタル版に掲載する言葉を選定する「新語大賞」を開始した。最終選考に残った10語には、大賞となった「トランプショック」などの時事的な用語を含む一方、「茹(ゆ)でこぼし」「消しカス」といった『大辞泉』に未収録だった日常語も選出した。選んだ言葉はスマートフォン用アプリなどに掲載する。

英語圏の「今年の言葉」は英語辞典の出版社が発表するものが多い。今後日本でも国語辞典の専門家らによる新語の選定が定着するか、注目される。

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2016」

大賞 ほぼほぼ
2位 エモい
3位 ゲスい
4位 レガシー
5位 ヘイト
6位 スカーチョ
7位 VR
8位 食レポ
9位 エゴサ
10位 パリピ
選外 神ってる
チャレンジ
IoT

※それぞれの言葉の解釈と選評は2ページ目に掲載

小学館「大辞泉が選ぶ新語大賞2016」

大賞 トランプショック
最終選考に残った新語9選 熊本地震
顔芸
ブレグジット
インスタグラマー
セカンドレイプ
ジェンダーレス
消しカス
ポケモノミクス
茹でこぼし

※それぞれの言葉の解釈は3ページ目に掲載

三省堂「今年の新語2016」 国語辞典の専門家による語釈と選評

1位 ほぼほぼ

ほぼ ほぼ【《略略》・《粗粗》】(副)

問題となる事柄に関して、完璧だというわけにはいかないが、こまかい点を除けば、その人なりに全体にわたって妥当だと判断される様子。〔「ほぼ」の口頭語的な強調表現〕「工事は―予定通り進んでいる/不正融資のからくりが―明るみに出された」

(倉持保男氏による『新明解国語辞典』風の語釈)

ほぼ ほぼ(副)〔俗〕

「ほぼ」をくり返して、気持ちを強めた言い方。「定員が―埋(ウ)まった」〔二十世紀末から例が目立ち、二〇一〇年代に広まった〕

(飯間浩明氏による『三省堂国語辞典』風の語釈)

ほぼほぼ〈副〉

自分の見るところでは、かなり確実に、また、その程度までかなり近く。「締切までには―間に合うと思います・―八割がた完成です」[副詞「ほぼ」を繰り返したもの。「ほぼ」よりも話者自身の観点や期待がこもるぶん、話しているほうでは度合いを高めているつもりでも、受け取るほうからは不安に思われる場合もある]

(小野正弘氏による『三省堂現代新国語辞典』風の語釈)

【選評から】

「国会会議録」には既に1949年にこの言葉があるが、使用例はその後も少ないままだった。ところが90年ごろから使用例が増え、2010年代に顕著に。14年刊行の『三省堂国語辞典』では、「ほぼ」の項目に〈俗に、重ねて使う。「― ―完売」〉と書き添えられていた。今年はテレビ番組や書籍の題名に用いられるなど、独立項目になってもおかしくないほど普通に使われるようになった。

2位 エモい

エモ・い(形)〔emotionを形容詞化したものか〕

〔音楽などで〕接する人の心に、強く訴えかける働きを備えている様子だ。「彼女の新曲は何度聴いても―ね」

(倉持保男氏による『新明解国語辞典』風の語釈)

【選評から】

2006年に出た『みんなで国語辞典!』(大修館書店)に〈感情的だったりテンションが高くなっている状態〉として報告され、遅くとも10年前には使われていたことが分かる。ただし、知られた言葉ではなかった。一般での使用は10年代になって増えており、今年も「エモい曲」「冬はエモい」など、非常に多くの例が見られた。

3位 ゲスい

げす・い[ゲスい](形)〔俗〕

ゲスな感じだ。下品だ。やりかたがきたない。えげつない。「―下(シモ)ネタ・―質問」〔江戸時代からあり、二十一世紀にはいって特に多く使われることば〕

(飯間浩明氏による『三省堂国語辞典』風の語釈)

【選評から】

漢字では「下種い・下衆い」と書き、身分の低い者を表す「下種(げす)」の形容詞化で、江戸時代に既に使用例がある。その後、現代に至るまであまり目立たなかったが、今年になってタレントの不倫問題が週刊誌で書き立てられ、一方のタレントが属していたバンドの名を取って「ゲス不倫」と言われたことが「ゲスい」の使用頻度を押し上げた。一種のリバイバル現象を起こして、若い世代にもなじみのある言葉になった。

4位 レガシー

レガシー〈名〉[legacy]

あるイベントのためにつくった施設が、のちのちまで再利用できること。また、その施設。「五輪後の―になれるかを議論する」

[英語本来の意味は、「遺産」「遺物」]

(小野正弘氏による『三省堂現代新国語辞典』風の語釈)

【選評から】

東京五輪の計画に関する報道でよく聞いた。競技施設など、五輪後もその国・都市に価値をもたらす有形無形のものをこう呼ぶ。現時点で、国語辞典は概して「レガシー」の項目を立てておらず、項目のある辞書でも、上記のような意味は載せていない。今後は辞書に入れるべき意味。

5位 ヘイト

ヘイト〔hate=にくしみ〕

①にくしみから来る、差別的・犯罪的な行為(コウイ)。「―団体・―クライム」②⇒ヘイトスピーチ〔にくしみから来る、差別的な発言・表現。憎悪(ゾウオ)表現〕。

(飯間浩明氏による『三省堂国語辞典』風の語釈)

【選評から】

日本語ではここ数年、「ヘイトスピーチ」の形でよく使われるようになった。「ヘイト行為」のような複合語のほか、「ヘイトはやめろ」のように、単独で憎悪による差別的行為を指すこともある。人権に関わる重要語であり、今後の辞書に載せるべきだ。

6位 スカーチョ

スカーチョ〔スカート+ガウチョパンツ〕

裾が広がりゆったりして履きやすく行動しやすい、女性用の衣服。⇒ガウチョパンツ

(倉持保男氏による『新明解国語辞典』風の語釈)

【選評から】

今年大流行した。来年以降、流行は落ち着くとしても、普通のファッションとして存続すると考え、今年の新語に選んだ。同時に流行したものに、見た目がスカートにそっくりなパンツ(ズボン)の「スカンツ」がある。今回は、「スカート」とちょっと音が重なりながらも実は意味が違うという意外性から「スカーチョ」を選んだ。辞書には両方載せるのが適当。

7位 VR

ブイアール【VR】〔←virtual reality〕

想像することはできるが現実には存在しない事柄を、コンピューターを操作することによって、あたかも実在するかのような、視覚的・聴覚的に捉えられる映像によって表すこと。また、そのための技術。「―によって再現された南米の古代都市」

(倉持保男氏による『新明解国語辞典』風の語釈)

【選評から】

1990年代半ばに出た国語辞典には、既に「バーチャルリアリティー」の項目があり、略語形「VR」も示されているが、従来「VR」は辞書の中だけの存在で、一般の人が使う言葉ではなかった。今年10月にVRのゲームを楽しむシステムが発売され、報道では「VR元年」の表現も使われる。「VR」という略語形が一般化したことは、この技術が日常生活に定着したことを物語る。

8位 食レポ

しょくレポ[食レポ]〈名・他サ〉

料理を食べてみた感想のレポート〔=報告〕。食リポ。〔テレビから出て、二〇一〇年代に広まったことば〕

(飯間浩明氏による『三省堂国語辞典』風の語釈)

【選評から】

テレビで「食レポして下さい」などと言っているのを聞いて、一般の人も使うようになった。選考委員の1人は、今年小学生の娘が「食レポ」を普通に使っている実例に接し、この言葉が広く定着していることを実感した。

9位 エゴサ

エゴサ〈名・他動サ変〉[←エゴサーチ]

インターネット上で、自分の名前や運営しているサイト名などを検索して、その評判や評価を確認すること。「―したら、むちゃむちゃ書かれててまじへこんだわ」
[「自己」を意味するラテンegoと、「調査する」を意味するsearchから。近年は、自分以外のものを検索する場合があるが、これは「マイカー」が他人の車についても言うようになったことと類似している]

(小野正弘氏による『三省堂現代新国語辞典』風の語釈)

【選評から】

略語形が広まっていることで、こうした検索の仕方が一般化していることが分かる。「エゴサ」の例は2010年代から多くなった。単に「自分で検索する」の意味で使う人も増えている。

10位 パリピ

パリピ〈名・自動サ変〉[←パーリー(パーティー)・ピープル]

パーティーのような、はなやかで盛り上がることのできる場を好むひとびと。また、そのような場に集う社交的なひとびと。「自宅系―・こんど―しない?」
[英語partyの発音が「パーリー」に聞こえることから]

(小野正弘氏による『三省堂現代新国語辞典』風の語釈)

【選評から】


2010年の週刊誌に〈中に入ると、派手なパーティピープルが続々集結〉とあり、パーティーで騒ぐ人たちを指したことが分かる。「今年からの新語2014」では「パーティーピーポー」の形で投稿があった。その後、「パーリーピーポー」と英語風に発音され、さらに省略されて「パリピ」に。省略とともに意味も変わり、単に盛り上がるのが好きな人を指すようになった。動詞形「パリピる」、形容動詞形「パリピな」もある。

選外

神ってる

【選評から】

今回、投稿数が一番多かった。広島カープの緒方孝市監督が鈴木誠也選手の好調を評して語ったのが流行語になった。以前、大修館書店の新語キャンペーンでは、2008年に「神」がベストテンに現れ、キャンペーンが終了した11年まで「神、神る、神い」がランクインしていた。それが今年、緒方監督の発言によって、一気に広まった。現時点での「神ってる」の使われ方は、この発言を念頭に置いた流行語という性格が強く、一時的に脚光を浴びている言葉は「今年の新語」に合わない。ただし、「今年最も流行した動詞」であることは確かで、「選外」として言及する。

チャレンジ

【選評から】

スポーツで、ルールに基づいて審判の判定に異議を申し込むこと。今年のリオデジャネイロ五輪でも、バレーボールなどでこの制度が実施された。これまで「チャレンジ」は〈挑戦(すること)〉(『三省堂現代新国語辞典』)の意味で広く使われ、tryに近い意味でも使われてきた。最近、スポーツでの用法により、「抗議・異議」という意味が英語にあると知られ始めたことは注目すべきだ。

IoT

【選評から】

これもよく聞くようになった言葉。現在のところは、まだ「言葉先行」という印象もあるが、家電をネットにつなぐのが当然という時代が、遠からず来るだろう。

小学館「大辞泉が選ぶ新語大賞2016」 読者による語釈

トランプショック

2016年のアメリカ大統領選挙で、ドナルド=トランプ候補が勝利したことで起こった、金融市場などの混乱。

熊本地震

2016年4月14日に熊本・大分にかけて発生した地震。16日に本震発生。

顔芸

表情の変化で笑いを取る芸。

ブレグジット

Britain+exitの合成語。英国がヨーロッパ連合から離脱すること。

インスタグラマー

インスタグラムを積極的に活用し、フォロワーの多い人。

セカンドレイプ

性的暴行の被害者が、事件に関する中傷や好奇の目に晒(さら)されるなどして、あらたに心理的被害を受けること。

ジェンダーレス

ファッション用語として、男女とも性別の境界を越えたもの。

消しカス

紙に鉛筆やシャープペンシルで書いた文字や絵などを消しゴムで消したときに出てくるカス。

ポケモノミクス

2016年にサービスが開始された位置情報ゲーム「ポケモンGO」の流行にともなう経済効果。

茹でこぼし

食材をゆでてざるにあけ、ゆで汁を捨てること。あく取り・渋み抜きなどのために行う。

辞典画像提供=三省堂、小学館

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