ムスリムの現実 in JAPAN〜「IS」が生んだ誤解の中で

(2)2階建てモスク新築に込める思い

社会

新潟市のイスラミックセンター新潟では全国のムスリムから寄付を募り、2階建ての新たなモスク建築工事が進む。パキスタン人のリーダーは、日本を「ムスリムへのヘイトがなく、住みやすいところ」と話す。

中古車輸出で栄えた新潟・港町のモスク

プレハブ平屋の建物に約150人の男性が集まっていた。音楽のように言葉を奏で、立ったり座ったりしている人が多い。後からやってくる人は、建物の端にある蛇口から水を出し、顔や足を洗い、身を清めてから部屋に入っていく。

JR新潟駅から羽越線の普通列車と車で30分ほど進むと、日本海側で有数の商港・新潟東港に行き着く。港近くの県道204号から坂道を上りきった小高い丘の上に「学校」が見えた。1994年3月に閉校した、旧・新潟市立太郎代(たろうだい)小学校。まだ校舎や体育館がそのまま残っている。

近所で長年、商店を営む男性は言う。「閉校直前は外国人の子どもが多かった。なにせこの辺りは、新潟東港から中古車を輸出する外国人がたくさん働いている場所だから」

小学校に至る坂道の中腹左側に、イスラミックセンター新潟がある。150人の男性が集まるプレハブは、イスラム教の礼拝所・モスクだ。5月中旬の金曜日。イスラム教の集団礼拝の日とあって、モスクの人の出入りは激しい。

ムスリムの男性が地面に伏すと、モスク内が一瞬静寂に包まれた

モスク内に掲示された電光板。祈りの時刻などが示されていた

パキスタン人のほか、白人も目立つ。礼拝を終えた白人男性が話しかけてきた。「ロシアから来て、もう15年以上経った。僕が来たころは、ロシアで日本製の中古車が大人気で景気がよかった。(2009年に)関税が上がって、だいぶ落ち着いてしまったけど」

支えてくれた妻に礼拝の場所を

イスラミックセンター新潟は、02年にプレハブのモスクを建て、08年には宗教法人の認証を受けるなど、国内でも有数のムスリム団体。だが、悩みが一つあった。

「モスクが平屋なので、女性や子どもが礼拝できないのです」。センターの役員である齊藤アリフさん(52)は、そう話す。イスラム教では男性と女性が同じ場で礼拝するのが禁じられている。

アリフさんは1987年、22歳でパキスタンから来日し、日本語学校に通いながらコンピューター関連の会社で働いた。東京・品川の入国管理局に毎月行き、ビザの在留期間の延長を求めるたびに、係官に「早く国に帰りなさい」と言われた。悔しかった。そんなアリフさんを支えたのが、アルバイト先の弁当屋で一緒に働いていた2歳年下のゆかりさんだった。

齊藤アリフさん。妻と息子とで車の輸出業を営んでいる

ゆかりさんは言う。「とにかく真面目で、努力家だった。運命の人だと思いました」。2人は90年に結婚し、アリフさんはゆかりさんの姓を名乗るようになった。

95年に日本国籍が取れた時、ゆかりさんが誰よりも喜んでくれた。大型トラックの運転手などもしたが、04年に一念発起して新潟で自動車販売業をやりたいと言った時もついてきてくれた。ムスリムとなった彼女にも、モスクで礼拝をさせてあげたい。アリフさんはそう思っていた。

全国のムスリムに協力を要請

「会わせたい人がいる」と言うアリフさんに促され、私はモスク前から車に乗った。向かった先は県道沿いのパキスタン料理店。カーン・マリックさん(52)が出迎えてくれた。

パキスタンのカラチ大学を卒業し、日本の文部科学省の留学制度で新潟の国際大学(IUJ)の修士課程を修了した。現在、イスラミックセンター新潟の役員トップを務めるカーンさんが話し始めた。

「昨年11月から、全国に住むムスリムを訪ねてモスクを建てる資金を集めています。2階建てなので、完成すれば、女性は2階で礼拝ができるようになります」

プレハブ・モスクの広さが約130平方メートルなのに対し、新しい鉄骨造のモスクは約2倍の250平方メートルで、しかも2階建て。いまは150人で部屋がいっぱいになるが、450人が同時に礼拝できるようになるという。

建設中のモスク。7月末に完成する予定(2017年5月15日撮影)

モスク建設現場の前に取り付けられた看板には、完成予定のモスクの絵が描かれていた

建設は日本の会社に頼んだ。地質調査が昨年始まり、今年3月末からは建設が始まった。「日本の会社は対応が丁寧だし、建設技術も信頼できる」

彼らは日本社会になじもうと努力してきた。町内のゴミ拾いやイベントには必ず参加した。日本語を猛勉強し、日本人と話すときはすべて日本語を使う。

日本人と仲良く、「一番住みやすい」

イスラミックセンター新潟の近くで働く男性に「近くにイスラム教徒がたくさん集まっていて怖くないですか」と意地悪な質問をしてみた。すると、「彼らとはよく話しますよ。大声出して凶暴なことをするわけでもないし。もう長い付き合いですから」 と、答えが返ってきた。

旧・太郎代小学校も、「子どもの遊び場として体育館や校庭を貸してほしい」と頼むと、新潟市の教育委員会が貸してくれた。

「日本人と仲良くしていきたい。日本はいちばん住みやすい。職も住も恋愛も十分満足しているし、なにしろムスリムに対するヘイトがないから」。 大学生時代からこれまでを振り返って、カーンさんはそう話した。すると、隣でビリヤニ(カレー風味のコメ料理)を食べていたアリフさんが口をモグモグさせながら、大きくうなずいた。

カーン・マリックさんはモスクの建設資金を集めるため、東は仙台、西は神戸まで足を運んだという

モスクの建設費用6000万円のうち、5500万円のめどは立った。カーンさんは「日本中を駆け回って寄付を集めました。あと500万円もすぐに集まると思います。私がいま、その役割を担っているのは神に与えられた役目なのだと思っています。誰でもできることではないから、誇りに思っています」と話す。

5月中旬に訪ねたとき、建設中のモスクは、鉄骨と屋根はあったが、外壁はなかった。少し設計変更があって完成が遅れているが、7月中には完成する見込みだという。

文=河野 正一郎(POWER NEWS)
写真=今村 拓馬

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