太平洋の親日国家・パラオの真実

海への脅威に対抗—パラオへ日本支援で新型巡視船が配備

政治・外交

パラオ周辺の海域は、日本の安全保障にも密接に関連している。日本財団はパラオに40メートル級の巡視船を供与するなど、ミクロネシア3国の海上保安能力強化を支援している。

豊富な海洋資源狙う密漁者

パラオの海は美しく、穏やかで、優しい。そして限りなく透明だ。世界のダイバーの憧れの地であるというのも、実際に行ってみると100%肯(うなず)ける。

パラオの美しい海(野嶋写す)

だが、そんなパラオの海にも、少なからぬ「脅威」が存在している。もっとも身近で深刻なのが、海外の漁船などによる違法入漁者たちだ。このほか武器や薬物の海上取引、そして中国の海洋進出が、パラオの海にも暗い影を落とし始めている。

人口2万人のパラオには、そもそも軍隊はなく、海上警察も62万9000平方キロという広大な排他的経済水域(EEZ)に対応出来る機動力に乏しかった。貴重な海洋資源を密漁者に奪われていると分かっていても、なかなか手を出せない苦々しい状況が続いていた。

その対策として、パラオにこのほど日本財団から、40メートル級の巡視船が供与された。この巡視船は、日本の海上保安庁で使われているものとほとんど同型で、総トン数257トン、最高速度25ノットの性能を有している。

パラオ・コロールで行われた日本財団供与の巡視船の引き渡し式の様子。レメンゲサウ大統領など政府関係者、日本側関係者が出席した=2018年2月13日(ニッポンマリタイムセンター提供)

乗組員の訓練・研修もセットで支援

日本財団では、海上保安庁、笹川平和財団などと協力しながら、ミクロネシア3国に対する海上保安能力強化支援プロジェクトを進めている。プロジェクトの総額は現時点で47億円に達しており、その中でも建造費約16億円のパラオへの巡視船供与は最大の目玉事業だ。

ミクロネシア3国とはパラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国だ。どれも人口や陸地面積は小さいが、広大なEEZを有する「海洋大国」である。

いずれの国にとっても海洋安全確保能力の向上は歴年の課題であり、その中心プロジェクトが今回のパラオへの巡視船の供与になっている。供与だけにとどまらず、せっかくの船を“宝の持ち腐れ”にしないために今回、日本財団では海上警察オフィスビル、巡視船係留施設の建設などに加えて、年1400時間分の燃料費まで支援するという異例で手厚い対応を取った。

パラオ・コロール島の南端にあたる船泊まりには、すでに日本から供与され、運用開始を待つ中型巡視船が係留されていた。職員の訓練も日本財団が支援しており、日本の海技大学校で一般乗組員10名と幹部乗組員5名の研修を2カ月間、日本側負担でそれぞれ行っている。今年4月からは海保の職員1人がパラオに常駐し、巡視船の運用をサポートする予定だ。

新巡視船でパトロール強化へ

その巡視船を前に、パラオ政府で海洋警察のトップであるトーマス・トゥッティ氏がnippon.comの取材に応じた。

トーマス・トゥッティ氏(野嶋写す)

「新しい巡視船の準備が整い次第、監視パトロールに力を入れたい。燃料支援もいただいたので、EEZにおけるパラオ海洋警察のプレゼンスを拡大できるはずです」

パラオの海洋警察は、これまで中型の巡視船を1隻、小型の巡視船を3隻保有していた。中型はオーストラリアから、小型は日本財団から供与されたものだ。

日本財団が贈った別の小型巡視船

トゥッティ氏によると、中型巡視船は供与から20年間以上経過して故障が多く、頻繁に遠洋のパトロールに出るには支障が出てきていた。

加えて、装備の面でも大きな問題があった。海洋警察は、近海で操業する漁船の動きを24時間ウオッチしているが、現有の船舶にはそれらの情報を共有するデータリンクの設備がなかった。「新しい船では本部と同じ情報を常に海上で共有できるので、違法操業の船が確認されればすぐに現場に急行できます。仕事がとてもやりやすくなるでしょう」(トゥッティ氏)

違法操業は、どのような状況なのだろうか。トゥッティ氏は「最大の問題はフィリピンの漁船だ」と話す。人工集魚装置(FAD)を使って魚を根こそぎ取っていく。特に高価なマグロを狙って操業しているという。

地元の漁民と海外の漁船が結びつき、パラオの漁船が獲った魚を台湾の漁船に渡すような「洋上取引」も起きている。野放図に外国船が海域に出入りできると、薬物の取引なども生みかねない。

かつてはインドネシアからの違法操業が目立った時期があった。だが、摘発した船舶を焼くなどの措置を取った結果、大きく減ったという。しかし、フィリピンの船は逃げ足が早く、違法操業の情報得て現場に駆けつけても、すでに船はその海域にいないということも珍しくない。

海の安全への脅威は、こうした漁業資源や海洋環境の問題だけにはとどまらない。特に近年、中国の活発な海洋進出によって、パラオ近海の隣に位置する南シナ海では中国のプレゼンスが増大し、実効支配する島々に軍事利用が可能な港湾・航空施設を設置している。

シーレーン代替ルートに位置する要衝

南シナ海は、現在、中東からインド洋、マラッカ海洋を経由して日本に輸入される原油の8割が通過するシーレーンだ。このルートが何らかの理由で使えなくなった場合、日本は代替となる2つのルートを想定している。その一つはインドネシアのロンボク海峡からマカッサル海峡を経由し、東シナ海から日本に向かうコースであり、もう一つは、はるかオーストラリアの南側を経由してグアム東側を通って日本に入ってくるものだ。

しかし、オーストラリアの南側の経由になると、あまりにも航行距離が長く、輸送コストが高くなる。日本財団の試算では、現在の日本が必要とする原油の輸入量である1日412万バレルに対して、1日247万バレルまで減少してしまい、企業生産の停滞を招き、代替エネルギーの手当も必要になり、経済に与える打撃は甚大なものになる。

前者の代替ルートであれば、現在のマラッカ海峡経由で南シナ海を通るルートに比べて航行距離に大きな差はなく、多少の価格上昇は伴うものの、原油や液化天然ガスの全量確保が可能となると想定されている。

このルートは、ちょうどパラオのすぐ東側を抜けていくことになる。パラオは日本のエネルギー確保において、南シナ海のシーレーンが潰された場合に備えて、どうしても中国の影響力を遠ざけてておきたいところに位置しているのだ。

海の安全保障で日米豪連携

パラオは、中国が言うところの「第2列島線」の南側の中国寄りに位置している。中国の海洋戦略は、沖縄から台湾に至る「第1列島線」から太平洋に向けて飛び出し、小笠原諸島からマリアナ諸島、グアム、そしてパラオ周辺までの「第2列島線」の間の西太平洋の広大な海域に、自国の影響力を広げていく戦略だと言われている。

尖閣諸島への積極姿勢や沖縄周辺での活発な活動、台湾への威嚇、南シナ海への進出といった一連の行為をつなげてみれば、中国の海洋進出の戦略が浮かび上がってくる。

そうした情勢のなかで、パラオの地政学的な重要性を着目する見方は、世界の海洋安全保障の専門家の間では、広く共有されている。その意味でも、日米豪との密接なパートナーシップを持っているパラオとの協力の深化と海の安全の強化は、日本にとって不可欠な戦略だといえるだろう。

かつて西太平洋は、太平洋戦争の主戦場だった。パラオのペリリュー島で、日本兵と米兵合わせて1万人を超える死者を出す激戦が展開されたことはよく知られている。

戦後、米国はパラオを含めたミクロネシア3ヶ国と「自由連合盟約(通称コンパクト)」を結び、西太平洋の広大な海域の軍事管轄権を委託されている。一方、南太平洋についてはオーストラリアも強い影響力を有している。日本と戦った経験のある米豪のかつてのスタンスは、日本が太平洋の諸国に対して安全保障面で何らかの行動を取ろうとすると、「また何かたくらんでいるのではないか」と警戒的に受け止める向きが強かった。

しかし、近年の中国の海洋進出や北朝鮮情勢の変化に後押しされて日米豪の関係の深化が見られる中、むしろ役割分担して太平洋の海洋安全に日本が寄与することを望む方向に転換しつつある。

グアムから近いパラオに対しては、米国は昨年、北朝鮮のミサイル実験の深刻化を受け、高性能レーダーサイトをパラオ領内に設置する方針を決め、両国は合意に達している。共同声明では「レーダーシステムはパラオ政府にとっては領海やEEZにおける海洋安全の法執行の強化に役立ち、米国にとっては航空の安全などを含めた空中警戒力の強化に役立つものになる」と述べている。

パラオはすでに1人当たりのGDPが1万2000ドルを超え、援助対象国の水準から外れつつある。政府開発援助(ODA)を大きくは出せなくなった分、日本財団が民間の立場でパラオの海洋安全の保全を側面支援する形になっている。

バナー写真:日本財団がパラオ海上警察に供与した中型巡視艇(野嶋写す)

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