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シリーズ 太平洋の親日国家・パラオの真実
パラオの文化:「親日」を支える豊かな日本語

野嶋 剛【Profile】

[2018.02.26]

かつて日本が統治していた島国パラオ。戦後70年以上たった今も、日本語がパラオ語の中に生き続けている。そして、日本の精神文化も。

ビールで「ツカレナオス」?

パラオの中心地・コロールのレストランで、パラオの知人と食事をしていた時のこと。ビールを注文すると、知人は笑いながら「ツカレナオス」と言ってビールが注がれたグラスを差し出した。

どういう意味だろうと尋ねてみると「乾杯のことです」と知人はいう。

「ツカレ」は「疲れ」。「ナオス」は「治す」。

夜にアルコールの杯を傾けることで、一日の疲れを癒すという意味で使われている「パラオ風日本語」だという。

この話を聞いて、台湾の「アタマコンクリート」を思い出した。「頭が(コンクリートのように)固い人」を形容する台湾語だ。台湾でも、日本統治時代に伝わった日本語が生きており、現代日本語からすると、少しずれた違和感のある古風でユニークな響きを帯びている。

このようにパラオには「日本」が今も色濃く残っている。その濃度は、おそらくは、台湾や朝鮮半島など、日本が統治したかつての「日本領土」であった国々をしのぐものだ。

パラオは日本の領土ではなかった。国際連盟から委任統治されていたに過ぎない。その期間も1920年から45年までの25年間ほどで、台湾の50年、朝鮮半島の35年からすると短い。

しかし、「植民地」という言葉の本当の語源である「植民」という意味からすれば、パラオは最も日本にとって植民地らしい場所だった。なにしろ、当時のパラオ人口5000人に対して、日本からはフロンティアの「南洋」を目指して軍民合わせて2万5000人が押し寄せたのである。

そのパラオに残していった日本の存在感の大きさは、現在も最高裁判所として利用されている旧南洋庁ビルなど日本時代の建築物に見ることができる。しかし、それ以上に生活の中で実感させるのが日々使われている日本語なのである。

文化と言語において接触した日本とパラオ。日本語からの借用語がパラオに大量に流入し、戦後70年以上たった今でも活発に使われている。

「キュウリ」「マナイタ」もパラオ語

nippon.comでインタビューしたレメンゲサウ大統領も、子供の頃から日本語由来の多くの言葉に親しんできたと語っているが、実際のところ、今のパラオの若者たちは、どの言葉が日本語由来であるのかも分からないで生活している。日本に留学したり、日本人と知り合ったり、パラオで日本人と仕事をしたりして、初めて、パラオ語で生きている日本語の豊富さに気付くという人々も多い。

そんな体験を語ってくれたのが、パラオの日本大使館で働いているアンナ・ヒデオさんだ。アンナさんは旧首都コロールの北側にあるエサル州のシミズ村の出身だ。

アンナ・ヒデオさん

アンナは名前で、ヒデオは姓。パラオには、姓に日本人の名前を使うケースがしばしば見られる。もともと姓という概念があまり強くなかったパラオ社会では、日本の委任統治時代の記憶に従って日本風の姓を付けていたようだ。シミズ村という名前も、日本の委任統治時代に名付けられた村名を戦後もそのまま使っている。

「ヤサイ。キュウリ。マナイタ。家庭で使っていた日本語は全部、純粋なパラオ語だと思っていました。家では『アジ、ダイジョウブ?(味は大丈夫?)』って普通にお母さんと会話していましたね。でも、小さいころ、村に日本人がやってきて、初めて日本語だと知ったのです」

パラオ語はオーストロネシア語族に属する言語だ。台湾の先住民から東南アジアの島嶼(とうしょ)部、太平洋の島々まで広がっているグループで、日本語では南島語族とも呼ぶ場合もある。

そのパラオ語に生きる日本語は800語だとも1000語ともされ、日常会話で使うボキャブラリーの2割と言われる。パラオ語への日本語の浸透は、日本の委任統治の時代に起きた。日本はパラオに教育制度を普及させ、「公学校」と呼ばれる学校などで、移民日本人の子供と一緒にパラオ人の子供も3年間から最長7年間、日本語による教育を受けた。

日本語に関心を持ったアンナさんは1998年から日本に2年間留学し、東京で暮らした。その後、2007年から8年間にわたって再び日本に赴き、パラオの駐日本大使館で働いた。15年にパラオに帰国し、現在はコロールの日本大使館で広報文化担当として働いている。

自身の経験をこんな風に語った。

「日本に留学していた時は、テレビ見ながら、あれは日本語だったのって、耳にするたびにびっくりして、自分でリストを作り始めました。私のリストは600語ぐらいになります。でも作っているうちに自分でも、どれが日本語なのか分からなくてこんがらがるようになってしまいました(笑)。私もパラオで日本語の入ったパラオ語を使っているので、日本語は学びやすいかと思い込んでいたのですが、文法も違っていて漢字もあるので、難しさはあまり変わらないかもしれません」

アンナさんが自作した「パラオ語に生きる日本語」リスト。「簡単」「軽い」「蚊取り線香」「かたつむり」などもパラオでそのまま使われる。

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  • [2018.02.26]

ニッポンドットコム・シニアエディター。ジャーナリスト。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。1992年、朝日新聞入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長等を歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)等。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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