太平洋の親日国家・パラオの真実

ビジネスの中国か、草の根の台湾か:選択迫られるパラオ

政治・外交

パラオは、台湾にとって数少ない外交関係を有する重要な友好国だ。この関係を覆そうと、中国が攻勢を強めている。両国のはざまで揺れる小さな島国を現地リポートする。

休戦から一転、始まった中台の「外交戦」

中国と台湾の緊張が高まっている。「一つの中国」の概念を含む「92年コンセンサス」を受け入れるよう求める中国に対し、2016年5月に発足した台湾の蔡英文・民進党政権は、コンセンサス自体の存在を認めていない。これに不満を持つ中国が台湾との公式の対話を遮断しているためだ。

軍事的威圧や経済的締め付けだけではなく、「外交」における中国の台湾に対する圧力も日増しに強まる一方だ。いま台湾が外交関係を有している国は世界に20カ国。国民党の馬英九前政権時代の「外交休戦」は、民進党の蔡英文政権の登場で終わりを告げ、再び中台の「外交戦」が始まっている。

蔡英文政権になってから、台湾はすでに2つの外交関係保有国を失っている。その1つは、100年以上にわたる国交の歴史があり、最も有力な友好国の1つであったパナマで、国交が断絶したのは昨年6月のことだった。

台湾にとって6カ国の友好国がある太平洋は、11カ国の中南米とともに死守しなければならない「戦略的要衝」だ。一方で中国は国交樹立のターゲットとして、欧州のバチカンと太平洋に浮かぶ島国パラオに照準を合わせている。

パラオは太平洋諸国の中で知名度も高く、国力もあり、台湾から距離的にも最も近い友好国である。その台湾の牙城を切り崩そうという中国の動きが、近年とみに強まっている。

パラオは台湾と1999年に国交を結んだ。しかし、最近では中国からの観光客が急増し、投資も増えており、パラオの国会や経済界では、中国との国交樹立を求める「親中派」が次第に形成されてきている。

パラオとの外交関係について、昨年11月に台湾の李大維外交部長が立法院で「難しくなっている」「悩ましい」などと語り、台湾の政権内でも「パラオ断交」への不安が強まっていることをにおわせた。

台湾との関係は「強固で安定」:パラオ大統領

そのような中、nippon.comの野島剛がパラオを訪問し、現在4期目に入っているレメンゲサウ大統領に単独インタビューした。「台湾との外交関係を見直す考えはあるか」という質問に対して、大統領は「そのつもりはありません。パラオと台湾との関係は堅固で安定しています(steady and stable)」と明言し、台湾と断交して中国と国交関係を結ぶ考えがないことを示した。

インタビューに応じるレメンゲサウ・パラオ大統領=2018年1月18日

現在パラオでは、親中派と目される議員などが中国と国交を結ぶべきだという意見を強めている。大統領は「確かにパラオにはそう期待する人もおり、そう主張している政治家もいます。しかし、パラオと台湾はナカムラ大統領の時代に国交を結んで以来、堅固で安定しています。もし可能であれば、台湾と中国の両方とも承認したいものです。なぜなら、台湾も中国も私たちの敵ではないからです。しかし、『一つの中国』という問題については、台湾も中国も厳格に運用していることを理解しないとなりません」と述べており、対中関係の強化には慎重な姿勢を崩さなかった。

台湾は国交樹立以来、パラオにきめ細かく支援してきた。その象徴となっているのが、旧首都のコロールから移転して新首都になったマルキョクの新政府ビルである。熱帯雨林の中に突然現れる新首都の象徴である新政府ビルは台湾の経済支援によって建設されたものだ。

長期間かけ市民レベルに浸透した台湾

この点について、駐パラオ台湾大使の曽永光氏は、コロールの台湾大使館でnippon.comの取材に応じ、「私が見たところ、パラオ政府の台湾への姿勢はとても安定しています」と自信を見せた。パラオに大使館を持っている国は、米国、日本、そして台湾の3つだけである。

曽永光氏

「パラオと台湾とは、1999年に国交樹立する以前から密接な関係がありました。農業支援団、技術支援団は、パラオで30年以上の活動歴を持っています。パラオ社会の市民レベルの交流はとても深いのです。私が見たところ、パラオ政府の台湾への姿勢は安定しています。パラオは民主国家であり、民意は政治に反映されます」

コロールの街中を歩いていると、台湾の技術支援によって建てられた施設があちこちにあり、看板には中華民国とパラオの国旗が並んで描かれている。

コロールの街中で見かけた台湾の援助を示す看板

パラオ議会に中国接近の動き

しかしながら、中国の経済攻勢も非常に強まっており、パラオでは、昨年、中国と貿易協定を結ぶべきかどうかの法案が議会上院に提案され、賛成5・反対5(欠席3)で辛うじて否決されることがあった。過去には、中国との国交樹立を求める法案が議会で提出されたこともあった。

台湾の曽大使は「もし、いわゆる親中派が形成されているならば、われわれも状況をつかみ対処しないといけません。しかし法案は議会で否決され、世論の大勢も中国との貿易協定は不適切であるというものでした」と語り、「パラオ防衛」への自信を示した。

パラオが米国と安全保障を含めた事実上の同盟関係に当たる「自由連合盟約」を結んでおり、日本とも近い関係にあることから、台湾とは断交しないという見方をする向きもある。だが、パラオと同じように米国と自由連合盟約を結んでいるミクロネシア3カ国のうち、ミクロネシア連邦は中国と国交を結んでいる。台湾にとって、パラオは安泰と言い切れる状況ではない。

中国の武器は「観光客」

中国が外交において使う最大の武器は、パナマがそうであったように、やはり経済だ。その象徴が、購買力の高まりに伴って海外旅行にあふれ出る中国人観光客だ。その国に観光ルートを開くことで経済効果の「実物」を見せつけるという戦略は、過去にも香港や台湾、韓国で使われてきた方法である。

パラオ政府の最大の収入源は観光だ。もともとパラオでは台湾、日本、韓国の「3強」が国別観光客のトップを占めてきた。しかし、2014年からその情勢に大きな変化が訪れた。13年まで1万人に満たなかった中国からの観光客は、14年に約4万人、15年には9万人弱と、あっという間に日本、韓国、台湾を抜き去って最大勢力となった。

中国承認は「時間の問題」:親中派

街中には中国人観光客を受け入れる新規ホテルが次々と建ち、中国系の旅行代理店も増えている。中国人が落とすおカネが増大するに従い、パラオではビジネス界、そして、ビジネス界に後押しされた議員の間で、中国との関係強化を仕掛ける動きが活発化している。元駐台湾大使で現在はコロールで不動産業を営むヘンリー・ジャクソン氏は、その親中派の代表格だ。

コロール市内の中国人観光客向けの旅行会社

ヘンリー・ジャクソン氏

その発言には、古い友人の台湾と、新しい友人の中国との間でバランスを取ろうとするレメンゲサウ大統領への不満がにじむ。

「中国との関係をどうするのか、議会だけではなく、幅広い議論が社会の中で巻き起こっています。大統領はことを荒立てたくない(do not want to rock the boat)のでしょう。大統領が公に述べているのは、中国とビジネスをすることは問題ないということだけです」

パラオ政府は台湾との国交を断ち切り、中国と新たに国交を結ぶべきだというのが、ジャクソン氏の明確な主張だ。

「私の個人的な意見では、中国を外交的に承認することは、時間の問題です。パラオの政府はともかく、民衆はもし中国との国交が正式にあれば、中国とのビジネスを加速できることをよく知っています。中国はビジネスに大変に熱心です。そして、彼らはパラオでビジネスをやりたがっている。不動産業者として、多くのパラオ人が一夜にしてお金持ちになっていることを目撃しています。中国人に土地を貸してホテルを作っているからです」

チャーター便半減し流入抑制も

しかし、パラオの現状はジャクソン氏がいうように、中国人歓迎の一色とは言えない。中国人の急激な流入増加によるホテル不足のあおりを受け、他国からの観光客は減少した。中国人の観光マナーに対するパラオ人の不満も目立つようになり、政府が昨年、香港などからパラオに向かうチャーター便を半減する措置を取った結果、2017年の中国人観光客は6万人を切る水準まで減少した。

中国も17年、台湾との外交関係がある国への中国人観光客の渡航を自粛する呼び掛けを行った。しかし、実態としては香港や韓国・仁川経由で来訪する中国人が非常に多くおり、自粛呼び掛けの実効性には疑問符が付く。

パラオは台湾にとって、太平洋外交上、重要な意味を持つパートナーである。陳水扁総統は何度もパラオを訪れ、06年には台湾主催の島サミットもパラオで開催した。その時に採択されたパラオ宣言は「台湾と太平洋の国々の間では、海洋南島文化を共有している」と述べている。パラオの国立博物館も台湾の援助で建てられており、台湾の先住民文化についての詳しい資料が展示されていて驚かされた。

パラオの国立博物館内にある、台湾先住民に関する展示

そんなふうにパラオは台湾にとって「南洋」とのつながりを証明する上で重要な相手である。蔡英文政権が掲げる、脱中国の意味を持つ「新南向政策」の成否にも、太平洋地域諸国との友好関係の維持は深く関わっている。中国が蔡英文政権の任期中にそのパラオを攻め落とせるか、目が離せそうにない。

バナー写真:台湾の援助で建設された首都マルキョクの新政府ビル

(写真はいずれも野嶋剛氏撮影)

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