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シリーズ 太平洋の親日国家・パラオの真実
入国するには「誓約」が必要:環境立国パラオの決意

野嶋 剛【Profile】

[2018.03.19]

豊かな自然に恵まれたパラオ。今回は、環境保護に向けたその先進的な取り組みを報告する。

違反者に最大1億円超す罰金

「パスポートにサインをしましたか?」

インタビューの途中で、パラオのレメンゲサウ大統領がにっこりした表情を浮かべながら尋ねた。どうやら、この話も聞いてほしかったようだ。

大統領はこう語った。

パラオのレメンゲサウ大統領(野嶋写す)

「有言実行が大切です。環境が大事だと皆言います。守られるべきだとも。しかし、心からそう語るかどうかが大切です。このパラオ誓約は単なるメッセージではなく、サインした人がパラオの環境保護について責任をもってなすべきことです。もし名前を書いてサインをするならきっと、いろいろなことを考えながらサインするはずです。誓約の価値はそこにあることをご理解ください」

パラオの人口はわずか2万人。そこに人口の8倍近くに当たる15万人の観光客が毎年訪れる。観光客のマナーや行動が、パラオの環境や社会に与えるインパクトは、われわれが想像するよりもはるかに大きい。例えば日本で最近中国人観光客が増えたといっても人口1億3000万人に対して、1年間で400万人、外国人全体でも3000万人に満たない。

圧倒的に豊かな自然で外国人を引きつけることを生命線とする観光立国のパラオにとって、環境保護は同時に観光政策であり、そこに暮らす人々の生活を守るための死活的な社会政策でもある。

2017年12月、パラオは、新たな取り組みをスタートさせた。パラオ誓約(Palau Pledge)という文書を入国者のパスポートに押し、そこにサインを求めることだ。世界初の試みとされる。大統領の私への質問は、その誓約書に関することであった。

誓約書はパスポートの1ページをまるごと使うもので、こう書かれている。

「パラオの皆さん、私は客人として皆さんの美しくユニークな島を保存し、保護することを誓います。足運びは慎重に、行動には思いやりを、探査には配慮を忘れません。与えられたもの以外は取りません。私に害のないものは傷つけません。自然に消える以外の痕跡は残しません」

誓約を破った場合は、最大100万ドル(1億円強)の罰金が科される。

パスポートに押された「パラオ誓約」(野嶋写す)

観光客に環境税

近年、中国人観光客の増加もあって、パラオでは、海やビーチへのゴミの捨て残しやサンゴ礁の破壊、カメの甲羅の持ち帰りなどの問題が相次ぎ、地元や海外の環境保護団体などが問題視してきた。彼らの声を受け、パラオ政府が導入したばかりのものだ。

導入に当たり、政府は観光客に対する調査を行い、パラオを訪れた理由、パラオへの期待、環境保護への意見などをとりまとめたところ、ある程度の経済負担については許容するとの感触をつかんだという。

この誓約に併せて2018年1月1日から、パラオへの旅行者に対する「プリスティン・パラダイス環境税」(PPEF)を導入し、100ドル(1万円強)を徴収している。航空券代金に加算される。

PPEFの内訳は、30ドルが環境税へ、10ドルが漁業保護基金へ、12.5ドルが州へ、それぞれ分配され、47.5ドルが国庫に入る。

これまでは出国時に全ての訪問客が30ドルの環境税と20ドルの出国税の合計50ドルを支払っていたので、50ドルの値上げとなる。ただ、新しい環境税は12歳以下の旅行者には免除される。

レメンゲサウ大統領はこうも述べた。

「今までのように、現金を支払ってもらうのは、旅行客に不便を掛けるものです。チケットを買うときに払っていただくほうが便利だと考えました。パラオを訪れてくれた方には、それに価するサービスと優しさを提供する責任が私たちにあることは言うまでもありません」

かつても環境税の導入時には、パラオの観光産業に影響するかどうか大きな議論になったが、結果的に訪問客が減ることはなかった。パラオを訪問する外国人にとっては一定の支出は容認する素地があると受け止められている。ぜいたくな旅行を期待する裕福な観光客が多いことも、関係しているだろう。

環境税の導入によって得る財源で、環境保護を促進できるが、それ以上にパラオ政府としては「環境を重視している」というアナウンスメント効果を期待しているとみられる。

自然の一部として生きるパラオの人々

パラオはどうしてここまで環境保護に力を入れるのか。観光による収入が国家財政の基盤となっている以上、環境悪化の評判が広がれば、国家存亡の危機になるとの判断もあるのだろう。ただそれだけではなく、パラオという国家の理念自体に環境保護が含まれていることを忘れてはならない。

30年間以上にわたる日本の委任統治を受けたミクロネシアの島々は、戦後、勝者となった米国の信託統治を受けた。1980年代に入ってパラオは独立に向けて憲法を制定しようとし、その中に「核の持ち込み禁止」などの項目を組み込こんだ。同じミクロネシアのマーシャル諸島のビキニ環礁で48年から56年にかけて行われた核実験への批判があったからだ。

米国は、このパラオの憲法に不満を持った。軍事基地を建設した際、核兵器の持ち込みは不可欠になる。巨額の経済援助を保証する「自由連合協定」を持ち掛ける一方、核の持ち込み容認を独立の条件として提示してきた。

核の持ち込みを認めるか否か。世論を二分する議論となり、83年から10 年間の間に8回もの住民投票が行われても結論が出ず、なかなか独立は実現しなかった。最終的には非核条項は凍結されて米国と協定を結び、94年に独立した。ミクロネシア3国の中でパラオの独立が遅れたのはそうした事情からである。

自然の中の一部として生きていることを重視するパラオ人にとって、環境保護は伝統的価値観と合致している、という話をよくパラオで聞かされた。

パラオには「ブル」と呼ばれる伝統的禁漁制度があり、地元のリーダーの裁量によって漁業の操業を制限する決定を下すことができた。90年代、乱獲を制限する法律がなかった時代にはブルが宣言されたことがあったという。

経済水域内でのサメ漁、全面禁止

環境保護意識の高まりを受け、2006 年、海域の 30%、陸域の20%を保護するという、パラオ主導の「ミクロネシア・チャレンジ」がパラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、グアム、北マリアナ諸島の3 国 2 地域によって宣言された。

14 年には、レメンゲサウ大統領の下、約50万平方キロメートルの海を海洋保護区に指定し、この水域での漁業や採掘を禁止した。この海洋保護区は同種の保護区として世界6番目の面積を持つ。パラオの排他的経済水域(EEZ)の80%に当たり、残り20%を地元漁業用に割り当てている。このほか、フカヒレ料理のためヒレを切り取られたサメの問題から、EEZ全体をサメ保護区に指定し、サメの漁獲を全面的に禁止するなど先進的な取り組みが多い。

パラオ・コロールの沿岸(野嶋写す)

国連環境計画(UNEP)は14年、レメンゲサウ大統領に「地球のチャンピオン」賞を授与した。

パラオの海も山も自然は、他国のものと比べても群を抜いて太古のままの姿をとどめている。人類共有の財産であると言っても過言ではない。財政基盤の弱いパラオが外国人観光客を受け入れながら、この自然を守っていくためには、そのパラオの自然を享受する人々が一定の負担に応じるのは避けられない。

ただ、環境税の使途や運用の実態を含め、パラオの環境保護政策が正しく実行され、環境税などの負担が適切に活用されているか、各国政府やNGOは目を光らせていくべきであり、それが「誓約」の本当の意義に違いない。

バナー写真:世界遺産リストにも登録されているパラオ南部のロックアイランド(RIN/PIXTA)

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  • [2018.03.19]

ニッポンドットコム・シニアエディター。ジャーナリスト。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。1992年、朝日新聞入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長等を歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)等。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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