震災の痛手から立ち直る福島の「酒と湯」
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湯と酒といえば、日本の旅の楽しみである。福島の酒は本当にうまい。そして、福島の湯は本当に気持ちいい。これは、無理に福島を持ち上げようとして言っているわけではない。本当に、福島の湯と酒は、日本全体でも、高いレベルにある。
福島は金賞を受賞した酒蔵が一番多い県
まずお酒について語りたい。いま福島の日本酒がとてもおいしいということは、およそ日本酒好きの間ではよく知られたことだ。東京電力福島第一原発事故の直後、一時期、東京などでは「福島のお酒があったら福島を応援するために注文しよう」という考え方が広がった。しかし、実際のところは、応援するという考えなど必要がないほど、福島の酒は高く評価されている。
何しろ、日本で最も権威のある日本酒新酒鑑評会で、5年連続で金賞を受賞した酒蔵が一番多い県になっているのだ。
この日本酒新酒鑑評会は、日本酒の出来栄えを蔵ごとに競い合うもので、昨年は発表された金賞酒242点のうち、都道府県別では福島県の22点が宮城県、秋田県などを抑えて、もっとも多かった。
5年連続1位という栄誉について、新城猪之吉・福島県酒造組合会長は「大変うれしいことだが、まだまだ福島県の売り上げ状況は厳しく、風評被害は続いている」と語った。
福島における日本酒の生産量は既にに震災前よりも大きなものになっている。風評被害があるにもかかわらず、海外への輸出量も着実に伸びている。それは福島の日本酒が優れているからに他ならない。
福島の日本酒は10年前までは決して全国レベルで高く評価されるものではなかった。むしろ、「酒造後進県」と思われていた。その状況を逆転させたのは、福島県を挙げて酒造関係の研究所をサポートしておいしい酒を造り出すもとになる酵母を開発し、また、現在のトレンドである純米酒に力を注ぐなどのムードを高めてきたことだ。
福島の日本酒の躍進は、酒造に適した寒冷な気候がある会津地方の酒造が中心ではあるが、福島県二本松市にも「大七酒造」など、生酛(きもと)造りという伝統的で特殊な酒造方法を守っている酒蔵もあり、日本だけではなく、世界でも人気を集めている日本酒の中で「Fukushima」は称賛の対象になりつつある。
日本一の硫黄泉・高湯温泉
もう一つ、福島の湯は、小さいけれど、湯がいい温泉地が多い。その中でお勧めするのが、高湯温泉と土湯温泉だ。
高湯温泉は、じゃらんリサーチセンターが行っている毎年恒例の「人気温泉地ランキング」の2018年版の投票結果によれば、旅行に行った人の満足度ランキングは総合温泉地部門で満足者の割合97.1%で2連覇を達成した。
調査は宿泊予約サイト「じゃらんnet」の利用者を対象に昨年8月に行い、全国327温泉地から選択。回答数は1万2017人というから、かなり客観的な数字であろう。
なぜ、高湯がいいのか。それは行けば分かる。とにかく「日本一の硫黄泉」とも称される乳白色の濁り湯の漬かり心地が最高なのだ。
高湯温泉は磐梯朝日国立公園のすぐ近くで、県庁所在地である福島市から車で30分ほど磐梯山の方に走ると山あいにひっそりと現れる小さな湯治場だ。
私が訪れた時は大雪に見舞われていたが、露天温泉の外に広がる一面の銀世界と、白濁したお湯がマッチして、幻想的な美しさの中で湯を楽しむ幸運に恵まれた。
その湯の良さは日本政府のお墨付きで、実際に環境大臣によって「温泉利用の効果が十分期待できる保養地」として、温泉法に基づき国民保養温泉地に認定されているほど。国民保養温泉地に選ばれるためにはさまざまな条件をクリアしなければならない。全国でたった97カ所しか選ばれていない。
高湯の湯には、こんな効用がある。
<高血圧症、動脈硬化症、末梢(まっしょう)循環障害、リウマチ、糖尿病、慢性中毒症、にきび、しもやけ、やけど、切り傷、婦人病、不妊症、水虫、あせも、胃腸病、神経痛、慢性湿疹、便秘、脱肛(だっこう)、皮フ病、手足多汗症、アトピー性皮膚炎>(高湯温泉旅館協同組合のホームページより引用)
開湯の歴史は400年前。その間にも多くの人に湯治湯として親しまれてきた実績もある他、江戸時代のころから「一切の鳴り物を禁じる」という方針があり、風俗などが入ることを許さなかった。その歴史を引き継いでいる高湯温泉には13軒しか宿泊施設がなく、鄙(ひな)びて落ち着いた「湯治場」の雰囲気を醸し出している。
1000年の歴史を持つ名湯・土湯温泉
もう一つ、福島市内から車で30分ほどの近いところに、1000年の歴史を超える名湯がある。土湯温泉だ。その便利さとはいささか釣り合わないほど奥まった「秘湯」の雰囲気に満ちた所だ。
土湯温泉には、皇太子妃雅子さまが立ち寄られときのことを書かれた歌が詠まれている。「春あさき 林あゆめば 仁田沼の 岸辺に群れて みつばせう咲く」だ。そこは「歌碑公園」と名付けられ、ヒノキを使った足湯が作られた。その足湯に足を浸していると、粉雪が降ってきた。お湯の温度は45度ぐらいあり、しびれるぐらいの暑さだが、体の芯まで熱が足から上ってくる感覚が気持ちいい。
土湯はこけしの産地でもある。垂れ鼻におちょぼ口、大きな髪飾りが特徴のこけしがずらりと並ぶ。表情はとても愛らしい。日本の中で、鳴子、遠刈田(いずれも宮城県)と並ぶ、こけし三大産地に数えられる。首を回すとキーキーと音を出す。150年以上の歴史を持つ伝統民芸で、 今でも職人たちが伝統を守り継いでいる。製作実演を見学できる所もあるので、土湯の技を間近に感じたい。
そんな“こけしの里”に湧く土湯温泉は、荒川の谷あいに広がる自然豊かな温泉地。 春には仁井田沼一面に10万株のミズバショウが咲き乱れ、秋は渓谷沿いの紅葉で賑(にぎ)わう。
土湯には、70カ所ほどの源泉があるという。源泉の井戸からは150度という熱水が、毎分1000リットルという豊富な量を湧き出している。泉質は無色透明の単純温泉。小さな湯の花が湯船にはふんわり浮かぶ弱アルカリ性温泉だ。土湯温泉の歴史は1000年の昔にさかのぼるという。
土湯は旧会津街道の宿場町であり、山岳信仰の宿坊地でもある。旅する人々の疲労を癒やすありがたい湯治場としても人々に愛されてきた。
土湯の温泉宿の大半は、温泉街に集中しているが、そこから1キロほど離れたところに「秘湯 川上温泉」がひっそりと建っている。ここは57.2~68.3度の単純泉だが、特徴があるのは、岩盤をうがった半天嵒窟(がんくつ)風呂。大自然の豊かさを感じる野趣あふれる温泉だ。
料理に出てきたのは福島牛のすき焼き。圧倒的な軟らかさ。これも福島のしょうゆでつくった割り下をかけて、福島産の野菜と一緒に食べた。大七酒造の日本酒の熱かんがぴったりだった。
他の地域にも決して負けない福島の酒と湯。震災の痛手から立ち直りつつある。日本旅行の究極の楽しみを味わわせてくれること請け合いだ。
バナー写真:福島の酒と湯(撮影 野嶋 剛)