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対中ODA、40年の歴史に幕:「援助する」から「パートナー」へ
[2018.10.25]

日本の対中ODA40年を振り返る。

1978年の日中平和友好条約締結の翌年から始まった日本の中国に対する政府開発援助(ODA)は2018年度を最後に終了する。日本が40年にわたって円借款、無償資金援助、技術協力を合わせて拠出した額は3兆6500億円にのぼる。

対中ODAは中国の発展に応じて、支援の内容を変化させてきた。スタート当初の1980年代は、港湾整備、内陸から沿岸部への鉄道敷設、発電所の建設など、大規模な経済インフラの整備が中心だった。90年代に入ると、都市化の進展に対応して、主要都市の上下水道、ガス供給や、沿海部と内陸部の格差拡大に対応した貧困対策などに重点が移った。2000年代以降は環境保護や人材育成などソフト面に力を入れてきた。

2001年に小泉純一郎内閣が発足すると、首相の靖国神社参拝に中国側が猛反発し「政冷経熱」時代に突入。2005年には中国国内で反日デモが頻発した。対中感情の悪化と中国の急速な経済発展があいまって、ODAは2005年をピークに減少に転じた。

2010年には中国の国内総生産(GDP)が日本を抜き、米国に次ぐ世界第2位の経済大国になったことで、日本国内で対中ODA不要論が台頭。ODAの額は急激に減少。直近では、越境公害問題や感染症対策、食品安全など、日本にも直接の影響が及びうるテーマに絞って、技術協力などの形で行われているだけだ。

経済大国となった中国に対して「支援」する段階は終了し、パートナーとして新たな関係構築の歴史がスタートする。

【対中ODAと日中間の主な出来事】

1972年 田中角栄首相訪中、日中国交正常化。中国から上野動物園にパンダ2頭贈呈。

1978年 鄧小平副首相来日、日中平和友好条約批准

1979年 大平正芳首相訪中、対中経済協力(ODA)開始

1992年 天皇・皇后が初の訪中

2001年 小泉純一郎首相の靖国神社参拝に中国側が反発

2006年 一般無償資金協力の新規承諾終了

2007年 円借款の新規承諾終了

2010年 中国が国内総生産(GDP)で日本を抜き、世界第2位に

2012年 日本政府が尖閣諸島国有化。中国で反日デモ相次ぐ

2018年 日中平和友好条約40周年。安倍晋三首相訪中。(国際会議への出席等を除けば、2011年12月の野田佳彦首相以来、7年ぶりの首相公式訪問)

肩書当時。在中国日本大使館、外務省などのウェブサイト、各種報道を参考に作成

 

バナー写真 : PIXTA /上海浦東国際空港の建設には日本の援助資金も使われた

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