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日本で暮らしたパンダの系譜:18年間で15頭のパパになった和歌山の永明
[2018.10.30]

安倍晋三首相は訪中した際、李克強首相との会談で、新たなジャイアントパンダ貸与の希望を伝えた。日中親善の象徴的存在でもあるパンダ。これまで日本で暮らしたパンダの系譜を振り返る。

上野動物園に初めてパンダがやってきたのは1972年10月。日中国交正常化を記念して、中国から日本に贈られたカンカン(♂)とランラン(♀)は大パンダブームを巻き起こした。2頭が死んだ後、80年代初頭にやってきたホァンホァン(♀)とフェイフェイ(♂)の間には86年にトントン(♀)、88年にユウユウ(♂)が誕生した。

92年にやってきたリンリン(♂)は、メキシコの動物園と共同繁殖計画のため3度もメキシコに渡ったり、メキシコの動物園からパートナーとしてシュアンシュアン(♀)を借り受けたりしたものの、繁殖に成功しないまま2008年に死亡。その後、上野動物園は3年間パンダ不在だったが、2011年からリーリー(♂)とシンシン(♀)を中国から借り受けている。2017年に2頭の間にシャンシャン(♀)が生まれ、上野動物園は再びパンダブームに沸いている。

パンダ飼育の成功事例として世界的にも注目されているのは、和歌山県白浜町のテーマパーク「アドベンチャーワールド(AW)」だ。1992年生まれで、2歳の時に日本にやってきた永明(♂)が2001年以降、ほぼ2年に1回のペースで繁殖に成功、15頭もの子どもが元気に育っている。

永明と最初のパートナーとの間には子どもは生まれなかった。中国で人工受精を受けた上で、2000年にAWにやってきた梅梅(メイメイ、♀)が同年に良浜(ラウヒン、♀)を出産。その後、永明との間で4回に渡って出産をし、6頭の子孫を残した。永明は08年からは梅梅の娘・良浜(永明とは血のつながりはない)との間に子どもをもうけている。パンダの発情期は毎年3-5月のうちの2週間程度で、さらに、雌が妊娠可能なのは数日と言われており、自然交配での妊娠自体、極めて難しい。永明の繁殖能力の高さや、ペアの相性に加えて、ゆったりとした運動スペースがあり、のびのびと生活できる環境も影響していると考えられている。

パンダは国際的な取引が禁止されており、中国から有料で借り受けている。日本で生まれた子パンダも同様で、永明の子どものうち11頭は中国に返した。現在、AWで暮らすのは永明、良浜と4頭の子パンダの計6頭だ。

和歌山アドベンチャーワールドの大家族の母・良浜と双子の子ども、2015年5月撮影(時事)

神戸市の王子動物園には、阪神大震災からの復興を支援する意味も込めて、2000年7月に興興(♂)と旦旦(♀)がペアでやってきた。初代の興興は繁殖能力が無いとして中国に帰し、2代目興興をあらたに借り受けた。旦旦は2回出産したものの、死産や生後間もなく死亡し、2代目興興も10年に死んでしまい、今は旦旦一頭だけで暮らしている。

バナー写真 : 上野動物園のシャンシャン、2018年6月撮影(時事)

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