SNS

最新記事

ニュース

More

シリーズ Japan Data
日本・イラン貿易、輸入の98%は原油 : 米国の経済制裁が影を落とす
[2018.11.09]

世界有数の産油国であるイランは、日本にとって重要な石油供給国だった。核開発疑惑による経済制裁などで輸入量は漸減している。

資源小国である日本は、中東の産油国と友好関係を築く努力を重ねてきた。世界第4位の原油埋蔵量、世界第1位の天然ガス埋蔵量を誇るイランも長年にわたって重要な石油供給国だった。しかし、核兵器開発疑惑による米国の対イラン経済制裁が、日本とイランの貿易関係にも影を落としている。

日本は2000年、推定埋蔵量260億バレルのアザデガン油田開発の優先交渉権を獲得した。「日の丸油田」として期待が高まったが、米国の反発を受けて交渉は難航。04年に日本側75%出資でイラン国営石油会社との契約締結にこぎ着けたものの、米国の対イラン制裁強化により対象企業に指定される恐れが高まったため、06年に権益を10%に縮小、さらに10年には完全撤退した。

日本とイランの貿易関係は、圧倒的な日本の輸入超だ。2017年の輸入額は4000億円で、その98%以上が原油などの鉱物性燃料。残りは織物用糸および繊維製品0.7%や食料品0.4%。日本からの輸出は985億円で、自動車等の輸送機器が35.4%、一般機械20.4%、鉄鋼、非鉄金属、金属製品など11.4%だった。

 

イランは人口8000万人近い中東の大国で、潜在性のある巨大市場として欧州各国も注目している。2015年7月のイランと欧米など6カ国の核協議最終合意に伴う経済制裁の解除を受け、日本も停滞気味だった貿易の拡大を目指していたが、米トランプ大統領による合意破棄で、再び視界不良となっている。

日本の原油輸入量全体に占めるイラン産の割合は17年実績で5.5%まで縮小。さらに、元売り各社は禁輸措置発動をにらみ、18年10月分からイラン産の取引を中止し、サウジアラビア産などに切り替えている。

日本・イラン関係の主な出来事

1929年 在イラン公使館開設
1958年 パフラヴィー国王来日
1960年 皇太子同妃殿下(現天皇・皇后)イラン訪問
1978年 福田赳夫首相イラン訪問(以後、日本の首相のイラン訪問実績はない)
2000年 ハタミ大統領がイランの大統領として初来日(元首クラスの来日は52年以来42年ぶり)、森喜朗首相と会談。日本が、アザデガン油田の優先交渉権を獲得
2004年 国際石油開発とイラン国営石油会社がアザデガン油田の開発契約締結。総投資額20億ドルのうち日本側が75%出資
2006年 国連安保理がイランに対しウラン濃縮停止要求と経済制裁警告決議。日本はアザデガン油田の権益を75%から10%に縮小
2008年 福田康夫首相とアフマデイネジャド大統領がローマで首脳会談
(首脳会談は2000年以来、8年ぶり)
2010年 日本がアザデカン油田から完全撤退
2013年 安倍晋三首相とロウハニ大統領がニューヨークで会談
(以後、ニューヨークでの首脳会談は6年連続で行われている)

外務省ウェブサイト、各種報道などを参考に編集部作成

バナー写真 : PIXTA

この記事につけられたタグ:
  • [2018.11.09]
関連記事
このシリーズの他の記事

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • ニッポンドットコム・メディア塾 —ジャーナリストを志す皆さんに
  • シンポジウム報告