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日本・イラン貿易、2019年は急減 : 米国の経済制裁が影を落とす

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世界有数の産油国であるイランは、日本にとって重要な石油供給国だった。核開発疑惑による経済制裁などで輸入量は漸減していたが、2019年はさらに大きく落ち込んだ。

資源小国である日本は、中東の産油国と友好関係を築く努力を重ねてきた。世界第4位の原油埋蔵量、世界第1位の天然ガス埋蔵量を誇るイランも長年にわたって重要な石油供給国だった。しかし、核兵器開発疑惑による米国の対イラン経済制裁が、日本とイランの貿易関係にも影を落としている。

日本は2000年、推定埋蔵量260億バレルのアザデガン油田開発の優先交渉権を獲得した。「日の丸油田」として期待が高まったが、米国の反発を受けて交渉は難航。04年に日本側75%出資でイラン国営石油会社との契約締結にこぎ着けたものの、米国の対イラン制裁強化により対象企業に指定される恐れが高まったため、06年に権益を10%に縮小、さらに10年には完全撤退した。

日本とイランの貿易関係は、圧倒的な日本の輸入超で推移してきた。2018年の輸入額は3800億円で、ほとんどが原油などの鉱物性燃料。日本からの輸出は770億円で、自動車等の輸送機器や一般機械が中心。

イランは人口8000万人近い中東の大国で、潜在性のある巨大市場として欧州各国も注目している。2015年7月のイランと欧米など6カ国の核協議最終合意に伴う経済制裁の解除を受け、日本も停滞気味だった貿易の拡大を目指していたが、米トランプ大統領による合意破棄、経済制裁の再開によりイラン経済は苦しい状況に陥っている。さらに、2019年末の米軍によるイラン司令官殺害で緊張関係が高まっており、世界経済全体への影響も懸念されている。

日本の原油輸入量全体に占めるイラン産の割合は18年実績で4.2%まで縮小(石油統計)しているが、この地域で政治的・軍事的緊張感が高まることは、エネルギーの中東依存度が高い日本にとって危機的なことである。

日本・イラン関係の主な出来事

1929年 在イラン公使館開設
1958年 パーレビ国王来日
1960年 皇太子同妃殿下(現上皇・上皇后)イラン訪問
1978年 福田赳夫首相イラン訪問
2000年 ハタミ大統領がイランの大統領として初来日(元首クラスの来日は1958年以来42年ぶり)、森喜朗首相と会談。日本が、アザデガン油田の優先交渉権を獲得
2004年 国際石油開発とイラン国営石油会社がアザデガン油田の開発契約締結。総投資額20億ドルのうち日本側が75%出資
2006年 国連安保理がイランに対しウラン濃縮停止要求と経済制裁警告決議。日本はアザデガン油田の権益を75%から10%に縮小
2008年 福田康夫首相とアフマディネジャド大統領がローマで首脳会談
(首脳会談は2000年以来、8年ぶり)
2010年 日本がアザデカン油田から完全撤退
2013年 安倍晋三首相とロウハニ大統領がニューヨークで会談
(以後、ニューヨークでの首脳会談は6年連続で行われている)
2019年6月 安倍首相がイラン訪問、ロウハニ大統領、最高指導者ハメネイ師と会談(首相のイラン訪問は1978年の福田赳夫氏以来41年ぶり)
2019/12/20 ロウハニ大統領来日(2000年のハタミ大統領以来、19年ぶり)
2019/12/27 中東シーレーンを航行する船舶の安全確保に向けた情報収集のため、海上自衛隊の中東派遣を閣議決定(20年2月派遣予定)
2019/12/29 米軍がイスラム教シーア派組織「カタイブ・ヒズボラ」の拠点5カ所を空爆
2020/01/03 イラン革命防衛隊ソレイマニ司令官が米軍の空爆により死亡
2020/01/08 イラン革命防衛隊がイラクの駐留米軍基地をミサイル攻撃
2020/01/08 トランプ大統領が「軍事力を行使したくはない」とイランへの報復を否定する演説

外務省ウェブサイト、各種報道などを参考に編集部作成

バナー写真 : PIXTA

(元記事は2018年11月9日公開、2020年1月8日、9日更新)

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