日本ダービー:ルメール騎手が悲願の初制覇

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冷静さと大胆さ:絶妙の手綱さばき

フランスから本拠を日本に移して活躍するクリストフ・ルメール騎手が2017年5月28日、「競馬の祭典」日本ダービーでレイデオロ号に騎乗し、ついに最高峰のタイトルを手にした。

今年で第84回となる日本ダービーは、東京競馬場の2400メートルの芝を舞台に3歳の牡馬18頭が出走。ルメール騎手が手綱をとるのは、美浦の藤沢和雄厩舎に所属する単勝2番人気のレイデオロ号だ。父は04年に日本ダービーを制したキングカメハメハ、その血を継ごうとスペイン語で「黄金の王」と名付けられた。

14年に生まれたサラブレッド7015頭の頂点を目指す18頭は、一斉にスタートすると各々が思い描く位置取りを目指し、しのぎを削りながら最初のコーナーを回って向こう正面にさしかかる。瞬間、競馬ファンであふれかえるスタンドからどよめきが沸き上がった。

レイデオロ号に騎乗するルメール騎手は後方5番手から迷うことなく先頭集団に追いついていく。レースは2400メートルの長丁場だ。ここで脚を使ってしまえば、長い直線が500メートル以上も続く東京競馬場のホームストレッチでは力尽きてしまう。スタンドのどよめきはやがてため息に変わり始めた。

だが鞍上の名手ルメールは冷静だった。スタートして300メートル付近で、レースは緩やかなペースのまま進むと読み、レイデオロをすっと馬群の外に持ち出して2番手につけている。いつものように後方に待機して最後の直線で猛然と追い上げる戦法では間に合わないと判断したという。だが、日本最高のレースで、しかも2番人気を背負って負ければ、非難を浴びることは避けられない。

好位置につけたルメールはレイデオロをいったん落ち着かせ、直線の勝負に賭けるエネルギーを蓄える絶妙の手綱さばきを見せる。調教から幾度も愛馬にまたがり、何百通りもの展開を頭に描いてこの日を迎えたのだろう。天才ジョッキーと呼ばれるフランス男は、G1タイトルをもぎ取るために骨身を惜しまない努力の人でもある。

ゴール板が彼方に見える残り400メートル付近でトップに躍り出ると、レイデオロの末脚を解き放った。後ろに控えていたスワーヴリチャードとアドミラブルの追撃を振り切って、ゴール板を一気に駆け抜けた。2年前に日本中央競馬会(JRA)の通年騎手免許を得て以来、悲願にしていたダービー・ジョッキーのタイトルをついに手中にした。

去年のダービーでは、騎乗したサトノダイヤモンド号は、レース中の落鉄もあって、惜しくも2着に敗れたが、その雪辱を果たした。

第84回日本ダービー(GⅠ)で優勝し、喜ぶクリストフ・ルメール騎手=2017年5月28日、東京競馬場(時事)

ディープに勝った有馬記念を再現

クリストフ・ルメール騎手は、昨年11月、「ニッポンドットコム」のオフィスを訪れ、フランス語でインタビューに応じてくれた。レース後にはいつも日本語でメディアの質問に答えるのだが、母国語の語りは陰影に富み、極東の地を新たな舞台に選んだその人の決意が自ずとにじみ出ていた。そして凱旋門賞レースの国、フランスをあえて去り、日本を選んだのは、この国のサラブレッド競争の目覚ましい進化に注目したからだと語っている。

この時のインタビューには、今回のダービー制覇のヒントが秘められている。ルメール騎手が短期免許で来日していた2005年、ジャパンカップでハーツクライ号に騎乗し、わずか数センチの差で英国馬のアルカセットに敗れている。レースの流れが緩かったため、いつもの追い込みの脚は不発に終わってしまった。

「あとちょっとのところで日本のG1初制覇を逃したのだから、もうガックリしたよ。この時だけは悔しさから立ち直るのに2週間かかった(笑)」

そして臨んだのが有馬記念だった。いつもは最後方から直線で猛然と追い込むハーツクライ号が序盤から3番手につけ、追いすがる名馬ディープインパクトを退けたのである。レースの流れをとっさに判断して馬を巧みに操った今回ダービーの手綱さばきは、12年前の苦い敗戦とそこから学び取った教訓が見え隠れしている。

レース後、ルメール騎手は大勢のメディアに囲まれ、落馬事故で入院中に特訓したという日本語でにこやかに応じた。

「今回はペースがめっちゃ遅かったから、バックストレッチでポジションを上げたんだ。馬はとてもリラックスしていたし、ラストの100メートルでは勝ったと思ったよ。気持ちよかった。ごっつぁんです」

日本のサラブレッド生産の水準がいまや世界最高レベルにあることを見事な手綱さばきで証明し続けている男、クリストフ・ルメール。日本馬を駆って祖国フランスに凱旋する――。その眼差しはそう語っている。

取材・文=ニッポンドットコム編集部

バナー写真:第84回日本ダービー(GⅠ)を制したレイデオロとクリストフ・ルメール騎手(左端)=2017年5月28日、東京競馬場(時事)

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