和牛は今や世界の「WAGYU」:米国、オーストラリアに続き中国でも生産

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世界的な日本食ブームを受け、「和牛」の人気が外国でも高まっている。一方、「外国産WAGYU」も存在感を強めており、和牛の最大の特徴である「霜降り」のレベルも急接近中だ。環太平洋経済連携協定(TPP)が合意すれば、国内での外国産WAGYUの流通はもっと増える。和牛は今や世界の「WAGYU」だ。

海外市場はオーストラリア産WAGYUが独占

和牛は明治以降、日本に昔からいる従来種の牛に外来種を交配し、品種改良を重ねてきた4種類の肉専用種(黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種)のことを言う。黒毛和種が約95%を占め、一般的には和牛と言えばこれを指す。肉質は軟らかく、最高級の牛肉は筋肉の中に脂肪が入った「霜降り」(サシ、脂肪交雑)で有名だ。「神戸牛」、「松阪牛」、「近江牛」といった産地を冠した銘柄牛はすべてこの系統に入る。

黒毛和種の一つ、兵庫県の但馬牛

1990年代から東南アジアの富裕層向けに輸出され、一定の消費者を獲得していた。しかし、2010年に口蹄疫、2011年に原発事故が発生したことで市場を失った。和牛が輸出できなくなった間に、米国やオーストラリアで「外国産WAGYU」が生まれ、シンガポール、香港、タイなど東南アジア諸国の高級レストランなどで提供される肉の多くはオーストラリア産に置き換わった。今や、海外で「WAGYU」と言えば、「日本産牛肉ではなく、高級牛肉の代名詞」なのだ。

大手食肉卸ミート・コンパニオン(本社・東京都立川市)の植村光一郎常務は、オーストラリア産WAGYUについて、「霜降りについては和牛にかなり近づいてきている」と話す。和牛の肉質は▽霜降り、▽肉の色沢、▽肉の締まり・キメ、▽脂肪の色沢・質――の4項目について、各5段階(かなり良いの5から劣るの1まで)で評価しているが、最も重要なのは霜降りの度合い。「和牛を100とすると、オーストラリア産WAGYUは50くらい。しかし、50を超えたというのは大変なことだ」とその向上ぶりに驚く。

日本政府は2013年以降、和牛の輸出促進に取り組んでいる。世界各地でセミナーや試食会などを開催。原産国として“ジャパン・ブランド”を示す和牛統一マークを策定するなど売り込みに懸命だ。しかし肉質でそれほど見劣りしない上、価格も半額程度のオーストラリア産WAGYUから市場を奪い返すのは容易ではない。

WAGYU誕生の裏に日本人畜産業者の存在

オーストラリアに初めて和牛が持ち込まれたのは1989年から99年にかけて。研究目的のために生牛が輸出された米国から、遺伝子の形で渡った。その約10年間の遺伝子輸入の80%以上に直接関与したのがオーストラリア産WAGYUの生みの親ともいわれるデービッド・ブラックモア氏だ。

同氏は92年に北海道の畜産業者だった武田正吾氏と出会い、和牛の遺伝子を特別に譲り受けた。受精卵と精液の輸入を開始した。武田氏は94年にブラックモア氏と和牛遺伝子の対豪輸出独占代理人契約を結んだほか、96年にかけて米国にも多数の和牛を輸出した。

武田氏は「おいしい和牛を世界中の人に食べてもらいたい」との思いから輸出に踏み切ったとしているが、和牛遺伝子を海外に出さないよう生産者たちに強く働き掛けていた和牛生産者団体「全国和牛登録協会」の要請を無視したとして97年に除名処分を受ける。ただ、輸出を規制する法律はなかった。今日でこそ、武田氏は和牛のおいしさを海外に広める先駆者の役割を果たしたとも言えるが、和牛を知的財産権と捉えれば、国益に反した行為とも考えられ、評価はさまざまだ。

ブラックモア氏は88年、米テキサスA&M大学の研究農場で初めて出会った和牛に惚れ込み、オーストラリアで飼養に着手。1990年代末には黒毛和種と同じ遺伝子を受け継いでいる「フルブラッドWAGYU」(和牛の血量が100%)の生産に成功した。

90年には「オーストラリアWAGYU協会」を設立。日本と同様の厳しい登録管理、品質管理を行い、WAGYUの育成と改良にも力を注いでいる。フルブラッドWAGYUの飼養頭数は約30万頭にも達している。同国で飼育されている約3000万頭の約1%だ。

第2のアンガス牛狙う米国産WAGYU

WAGYU生産ではオーストラリアに先を越されたものの、日本の和牛が海を渡った最初の国は米国だった。米国の和牛輸入でも代理人を務めたとするブラックモア氏によると、米国産WAGYUの始まりは76年にコロラド大学が日本から輸入した黒毛和種、褐毛和種の種雄牛各2頭。米国内の雌牛と交配し、「ピュアブレッド」(和牛の血量が93.5%以上100%未満)が生まれた。98年までの22年間に日本から和牛の遺伝資源(生体247頭、凍結精液1万3000本)が輸出された。日本はその後、和牛の遺伝資源の保護を進め、99年以降は米国への和牛輸出は行われていない。

米国も当初、国内で飼養・生産したWAGYUを日本市場に輸出する計画だったが、市場評価が低く、日本産和牛との競争力不足から対抗することを断念。米国内市場での高付加価値化に方針を転換し、現在に至っているのが実情だ。

米国WAGYU協会(本部アイダホ州)によると、WAGYU生産者は主にテキサス、カリフォルニア、オレゴン、ミズーリ、ワシントン州に位置している。フルブラッドが3000~5000頭、ピュアブレッドが5000~1万頭、主にアンガス種との交雑種であるパーセンテージ(和牛の血量が93.5%未満0%以上)が約4万頭。米国の飼養頭数約8800万頭(14年1月1日時点)からすれば、0.1%にも満たない。

米国牛の代表格は黒毛のアンガス種と赤褐色のヘレフォード種などだが、とりわけアンガス種は肉質が軟らかく、霜降りの部分と赤身の部分のバランスの良い牛として有名ブランド牛の地位を確立している。米国産WAGYUが狙うのは第2のアンガス牛だ。赤身肉が主流の米国でも、日本食ブームもあって、近年はサシの入ったWAGYUの人気も上昇中だ。ただ米国内では、和牛の血が50%以上入った交雑種が「WAGYU」や「コーベ・ビーフ」として流通しているのが実態で、日本やオーストラリアに比べても定義があいまいだ。

中国でも「雪龍黒牛」生まれる

隣国・中国でもWAGYUが誕生している。地場の「黄牛」とオーストラリアから持ち込まれたWAGYUの精子を掛け合わせて生まれた交雑牛「雪龍黒牛」がそれだ。日中合弁で設立された大連兼松雪龍食品有限公司は、大連市郊外の「雪龍牧場」で黒毛和牛の血統を肥育し、併設の食肉センターで加工。05年8月から、中国各地で販売を開始した。肥育・加工の技術指導を行っているのは日本のカミチク(本社鹿児島市)。食肉販売のノウハウを持つ商社・兼松が参加する日中共同プロジェクトだ。

きっかけは、家畜の飼料となる稲わらの対日輸出で最大手の大連雪龍産業集団が、日本のおいしい牛肉を中国に広めようと自ら牧場経営に乗り出したこと。飼育されている雪龍和牛は現在3万頭。清潔な牛舎には音楽が流れ、牛にはトウモロコシや穀物などの濃厚配合飼料が与えられ、22カ月間かけて飼育される。

「切った肉を見たらサシがばっちり入っていて実に見事。4等クラスの肉を出してきた。いや、こんなのを作られたら日本も大変だなと思った」と、ミート・コンパニオンの植村常務は言う。中国国内では牛肉需要が急拡大中で、今のところ国内で消費するのが精一杯だが、いずれアジア市場にも流通してくるとなると、日本産和牛にとっては潜在的な脅威だ。

消費者の赤身シフトも新たな脅威

そもそも、日本で霜降りが重視されるようになったのは、牛肉の自由化(91年4月)がきっかけ。安価な輸入肉に対抗する必要上、高付加価値化を追求した結果だ。今では肉質等級4以上が全体の6割を占めるという。

兵庫県産肩ロースの霜降り肉

だが、日本の畜産家が突き進む「霜降り路線」を土台から突き崩すような潮流が国内でも起こっている。「前菜も何も抜きで、いきなり300グラムのステーキを立ち食い」――。そんなスタイルの外食チェーン店が現れて、肉好きの強い支持を得ているのだ。

ペッパーフードサービス社(本社・東京)の運営する「いきなり!ステーキ」は13年12月、銀座に1号店をオープンさせ、今年7月までのわずか1年半で50店舗を展開。メニューの主力は日本向けに穀物飼育されたオーストラリア産牛であり、米国産アンガス牛。赤身肉だ。

「コース料理の中で50グラムとか60グラムの和牛ステーキが出てくるのが和牛の本来の使われ方。ガパガパ食べるものではない。いっぱい食べるんだったら、赤身のほうがしつこくなく、うまいに決まっている」(植村氏)。海外の富裕層の中にも、「霜降り」を「脂身」と捉えて敬遠する向きもあり、輸出拡大の阻害要因になっているとの指摘もある。

赤身志向が大きな流れになれば、和牛にとっては逆風となる。

「おいしさ」で巻き返し図る和牛

最大の“売り”である霜降りで外国産WAGYUに肉薄され、食べ方でも赤身肉の攻勢を受けている和牛に果たして活路はあるのか。ミート・コンパニオンの植村常務は、「今の和牛の格付けはほとんど視覚的なもので決まっている。しかし、消費者が求めているのは見た目ではなく、おいしさだ。このおいしさをさらに追求していくと同時に、おいしさの秘密である『粘り、甘み、滑らかさ』の科学的解明にも取り組んでいる。和牛に熱を加えた時に出る『香り』の正体も明らかにしたい。それができれば、日本の和牛は鬼に金棒だ」と強調する。

日本の畜産関係者が今強く意識しているのはやはり海外市場だ。人口減少時代に入った国内市場は、これ以上の拡大は望めない。赤身肉が主流の欧米で霜降り肉を売るのは難しいが、一定の霜降り肉市場が存在するのも確か。ターゲットはこちらだ。

欧州連合(EU)向けに初輸出される高級和牛「神戸ビーフ」の前で、EUの食肉卸業者らと記念撮影する井戸敏三兵庫県知事(右端)=2014年7月8日、神戸市内(時事)

「世界には本物の和牛を食べたいという人たちがたくさんいる。何も、日本国内に固執する必要はない。アメリカの牛肉も日本に入ってきて、日本の牛肉も海外で買ってもらう。和牛の存続というのは、マーケットをグローバルな形で考えないと成り立たない。農産物も工業製品と同じだ。世界に目を向ければ、需要はいっぱいある」(植村氏)。和牛はもう日本だけのものではなく、世界共通の資源になっている。

文・長澤 孝昭(編集部)

バナー写真:宮崎牛のステーキ(時事)

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