脚光浴びるセルロースナノファイバー

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植物の主成分であるセルロース(繊維素)をナノ化(超微細化)した「セルロースナノファイバー」(CNF)が「軽くて強くてグリーン(環境にやさしい)」な夢の新素材として脚光を浴びている。大人用おむつからディスプレー、自動車、飛行機の材料など用途が広い。国土の約7割を森林が占める日本が研究開発で世界をリード。同じく森林大国の北欧、北米諸国と、実用化に向けた競争を繰り広げている。

鋼鉄の5分の1の軽さで、5倍以上の強さ

CNFが注目を集めている理由は、「鋼鉄の5分の1の軽さで、鋼鉄の5倍以上の強さを持つ」といわれるその特徴だ。

樹脂やゴムに混ぜると、軽くて強い自動車部品が作れる。京都大学生存圏研究所の矢野浩之教授グループは、鉄で作られている自動車のボディーやボンネットをCNFに置き換える研究を進めている。車両を軽量化できれば、燃費も向上する。二酸化炭素(CO2)の排出量も減る。将来的には、炭素繊維のように飛行機の機体に使われる可能性もある。

顕微鏡写真を使った、セルロースナノファイバーの説明図(ナノセルロースフォーラム提供)

熱による変形が少なく強度の高いガラスも作れる。ナノレベル(1ナノメートルは10億分の1メートル)の繊維であるため、色を認知する可視光線が透過するので透明にも加工できる。比表面積(物体の単位質量当たりの表面積)が大きいことから、小さなちりやほこりを捕集できるフィルターや、微細な臭い物質を取り込む消臭剤にもなる。酸素などの浸入を防ぐガスバリア性の高いCNFフィルムを使った食品の包装材は、食材の鮮度維持に効果がある。水中でも高い粘性を示すことから、ぷりぷり感を出せる食品添加剤にも応用できる。

原料の植物も豊富だ。セルロースは樹木(木材)やワラ(麦、稲など)、茎(トウモロコシ、綿花など)などほとんどすべての植物に含まれており、環境への負荷も小さい。

基礎研究で日本がリード

CNFの基礎研究では、日本が大きな成果を上げている。木質からセルロースを取り出しパルプ(植物繊維)にするのは製紙会社が日常的に行っている。しかし、パルプの中のCNFは繊維同士の結合が極めて強く、均一に分離するためには大量のエネルギーが必要。それが産業化の最大のネックだった。

磯貝明・東京大学教授=2016年3月10日、東京のスウェーデン大使館(撮影・長澤孝昭)

東京大学大学院農学生命科学研究科の磯貝明教授らのグループは2006年、物質を酸化させるのに使われる触媒「TEMPO」を使うと繊維が自然にほぐれやすくなり、効率的にCNFを取り出せることを世界に先駆けて発見した。この化学的処理方法だと、ナノ化に要する消費電力は従来の60分の1から300分の1で済むという。

磯貝教授はこの発見が評価され、15年3月、アメリカ化学会のアンセルム・パヤン賞(セルロースを発見したフランス人化学者を記念した賞)を受賞。同年9月には、「森のノーベル賞」と呼ばれるスウェーデンのマルクス・ヴァレンベリ賞をアジアで初めて授与された。

製紙会社中心に実用化の取り組み加速

セルロースナノファイバーの分散液(日本製紙提供)

CNFの研究開発・実用化に積極的に取り組んでいるのは、紙需要の縮小に苦しむ製紙会社だ。業界2位の日本製紙は13年10月、岩国工場にTEMPO触媒酸化処理による実証生産設備(年産30トン以上)を稼働させた。用途開発にも積極的に乗り出している。消臭・抗菌機能を持つシートの実用化に成功し、15年10月にはCNFを使った大人用おむつを世界で初めて販売した。

業界トップの王子ホールディングスは13年3月、約4ナノメートルのCNFを用いた透明連続シートを三菱化学と共同開発した。軽量で紙のように折りたためるため、必要なときに開いて使用できる大型ディスプレーや太陽電池にも使える。粘性に着目し、日光ケミカルズと共同で化粧品原料としての新たな用途・機能開発にも乗り出している。

セルロースナノファイバーをインク増粘剤として使ったボールペン「ユニボール シグノ 307」(三菱鉛筆提供)

一方、三菱鉛筆はCNFをインク増粘剤として使ったゲルインクボールペンの国内販売を5月下旬から開始する。筆記時のインク粘度を従来商品よりも約50%低減することに成功し、速く書いてもかすれない書き味を実現した。欧米では昨年から先行販売していた。

矢野教授によると、車のボディーが全部CNFになるのはかなり先になるものの、CNFで補強したプラスチック材料が使われるのはそう遠くないことだという。

活用分野は大きく広がるものの、課題はやはり製造コストがまだ高いことだ。CNF単体で使用する場合、1キログラム当たり5000~10000円と、鋼鉄の200円、プラスチックの300~500円にかなわない。樹脂などと混合する場合でも、現状では炭素繊維の3000円、アラミド繊維の5000円を上回る。ただCNFに期待できるのは、原料のパルプの市場価格が60~80円と極めて安い点。この価格優位性を最終製品に生かすことができれば、一気に実用化が進むことになりそうだ。

従来品(左)と「ユニボール シグノ 307」の描線(右)=三菱鉛筆提供

実証プラントの整備では北欧・北米が先行

実証プラントの建設はこれまで北欧と北米がリードしてきた。特にスウェーデンでは、製紙関連研究型企業のインヴェンシア・グループが中核になって、出資企業との連携でCNFの商業化研究を推進。11年2月には世界で最初のCNF製造用パイロットプラント(日産100キログラム)を稼働させた。

北米ではカナダが、とりわけCNFより細いセルロースナノクリスタル(CNC)の実用化、事業化に向けた産官学の共同研究開発に力を入れている。12年1月には合弁企業のセルフォースが世界で最初のCNCの実証プラント(日産1トン)を稼働させた。米国でも12月7月に農務省森林局がCNCのパイロットプラント(週産30キログラム)を建設した。

新バイオ産業国家転換への好機

政府は「日本再興戦略改訂2015」に、CNFの国際標準化と材料利用の推進を明記。オールジャパン体制を確立するため、独立行政法人産業技術総合研究所の下に「ナノセルロースフォーラム」(会長・矢野浩之京都大学教授)を設立している。30年には製造コストを300円にまで引き下げる目標を掲げ、1兆円市場に育てたい考えだ。

経済産業省の渡辺政嘉・紙業服飾品課長は、「量産化できればコストも大幅に低下する。国内にある森林資源を使ったモノづくりができる」と強調し、標準化でイニシアチブを握りたい考えだ。

日本では戦後造成した人工林が伐採期を迎えている。身近に豊富にある森林資源をCNF化することにより、CNFを核とした新バイオマス産業国家へ転換する好機が訪れている。

取材・文:長澤 孝昭

バナー写真:セルロースナノファイバーの顕微鏡写真(左)=京都大学生存圏研究所提供=と、日本製紙の実証生産設備でつくられたセルロースナノファイバー分散液(ビーカー内)=同社提供

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