IS(「イスラム国」)、日本人人質2人を殺害

政治・外交 社会

IS(「イスラム国」を名乗るイラク、シリア地域のイスラム過激派組織)にシリア国内で拘束されていた日本人人質、湯川遥菜、後藤健二両氏は、日本政府やヨルダン政府の解放努力にもかかわらず、相次いで殺害されるという最悪の形で終わった。人質事件は理不尽なテロ行為であり、許しがたい暴挙である。 

「テロに屈しない」「交渉しない」という国際ルールの厳守

今回の人質殺害事件の真相や経緯の詳細は、今後の調査や検証を待たねばならない。しかし、事件の最終報告を待つまでもなく、テロ事件が続発する国際社会の中で、日本が抱える課題や問題点が浮き彫りになった。 

人質殺害事件の経緯は以下の通りだ。

2014年8月中旬 湯川遥菜さん、シリアで過激派組織ISに拘束される
10月下旬 後藤健二さん、シリアで行方不明に
2015年1月16日 安倍首相、中東4か国訪問に出発
1月17日 安倍首相、カイロ演説。難民支援などに2億ドルの無償資金協力を表明
1月20日午後 ISの動画で、日本政府に対し湯川、後藤両氏の人質身代金として2億ドルを72時間以内に支払うよう要求。支払わなければ、殺害すると脅迫
1月20日夕 安倍首相、イスラエルのエルサレムで記者会見し、テロ行為を激しく非難
1月21日 安倍首相、帰国
1月23日 国家安全保障会議(NSC)開催し対応策を協議
1月24日 IS、湯川さん殺害写真をwebで公表。後藤さんとヨルダンで収監中の女死刑囚サジダ・リシャウィとの交換釈放を要求
1月27日 24時間以内の後藤さんと死刑囚との交換を要求
1月29日 後藤さんとの交換のため、死刑囚をトルコ国境へ移送するよう要求
2月1日 後藤さん殺害の動画を公表
安倍首相、「テロを断じて許さない」と声明。

 

まず、日本政府の対応だが、自国民の生命を守ることに最善を尽くしながらも、結果として人質殺害に至った経緯の中で、国際社会の「テロに屈しない」「テロ組織とは交渉しない」という大原則を守り、その立場を鮮明にした。これは、先進国首脳会議(G7)が1973年のサミット宣言に盛り込んだテロ対策の指針に基づくものであり、国連安保理決議1904に準拠するものである。テロリストへの身代金支払いを全面的に拒否するというものだ。

また、安倍晋三首相は、事件発生以後、繰り返し「テロには屈しない」と発言してきたが、これはグローバル化した国際社会の中で、テロ対策は日本だけで達成できるものではなく、国際連携によってこそ実現できるものであることを再確認したものだといえる。

首相は、後藤さん殺害後、「テロは断じて許さない」と強い調子で非難するとともに、中東諸国へのさらなる人道支援を表明した。

かつて、自衛隊のイラク派遣後、2004年にイラク武装勢力により邦人3人の誘拐事件が起きた際、人質になった邦人の“自己責任論”が大きく取り上げられたが、こうした論議に先立つ大原則の堅守こそが、民主主義国家としての責務であることを明確にした。さらには、1977年に起きたダッカ日航機ハイジャック事件では、当時の福田赳夫首相が「人命は地球より重い」として身代金の支払いと「超法規的措置」として6人の刑事被告人や囚人の引き渡しを行ったことで、国際世論から厳しく批判された体験を忘れてはならない、ということだろう。

「日本標的」に対処するNSC

今回の事件がもたらしたもう1つの影響は、ISのテロ行為は、欧米だけが対象ではなく、日本も今後、「標的」にされるという現実を印象付けたことだといえる。同時に、今回の後藤さんの人質解放をめぐっては、ヨルダンに収監されていたイスラム過激派の女死刑囚との“交換釈放”が条件とされ、ISと日本だけではなく、ヨルダン政府を巻き込み、日本へ揺さぶりをかける事態となった。

中東諸国だけでなく、多くの日本人観光客が訪問するアジアのイスラム系国家などでも、同種の誘拐人質事件や傷害事件が起きる可能性がないとは言えないだけに、テロ対策の強化、情報収集、水際作戦の前線である領事業務の拡充は急務となった。

今回の事件では、2013年12月に発足した国家安全保障会議(NSC)が情報管理、事件処理に関する司令塔として動いた。どこまで情報収集できていたか検証が必要だが、事件の発端である湯川さん拘束の早い段階から情報把握されていたこと、同時に約半年間、情報漏れはなく、一定程度の情報管理機能を果たしていた。

NSCがなかった時代の同種事件では、情報混乱や“司令塔不在”批判が噴出してやまなかった。「日本標的」の可能性が高まる中で、NSCのような危機対処のための情報管理機能こそ重要であると言えよう。

邦人保護対策の強化は急務

菅義偉官房長官は2月1日の後藤さん殺害直後の記者会見で、「日本はテロ戦争に突入したのか」という認識を聞かれたが、直接的には答えず「テロ対策の強化」の必要性を強調するにとどめた。しかし、ISのテロ脅迫は現実のものであり、危険度は一気に高まったと言える。 

在外邦人のテロ事件を含む事件・事故に対処するのは、まず外務省領事局と在外大使館・領事館が中心となるが、領事業務関係に携わる人員は外務省本省約150人、在外公館450人に過ぎない。体制は十分ではない。

第2次安倍内閣が発足した直後の2013年1月には、アルジェリアにおける邦人に対するテロ事件が発生し、大手プラント企業「日揮」の従業員10人が殺害される事件が起きている。その後、在留邦人の数は減少傾向にあるが、13年10月現在(外務省調べ)で、中東地域における日系企業数は約680社、民間企業関係者は約3370人、北アフリカ・サヘル地域は580社、約1360人に上る。

特に、イスラム・マグレブ諸国のアル・カーイダ組織(AQIM)の活動拠点であるアルジェリアには約270人、タリバン運動(TTP)のパキスタンには約920人の在留邦人がいる。さらに、ボコ・ハラムのナイジェリアの邦人も190人に上る。

在留邦人は日常的に「テロの脅威」にさらされているのが現実であり、今回の事件を奇禍としてテロ対策強化、領事業務の拡充は急務となっている。

「イスラム国」は“国家”ではない

日本のメディア報道では、事件を起こしたイスラム過激派組織を「イスラム国」と表記している。しかし、「イスラム国」は“国家”ではない。日本政府や欧米各国政府は、英語の「(イラクとレバントの)イスラム国」という意味の略称である「IS」や「ISIL」などを使用している。

日本のメディアは、国家でないという意味からカッコつきで「イスラム国」と表記している。米国紙のニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、英国放送BBCは「Islamic  State」と表記している。

安倍首相は1月30日の衆院予算委員会で「(イスラム国は)国として国際社会から認められ、イスラムの代表であるかのような印象を与えているが、極めて不快だ」と答弁している。1月29日、都内で緊急記者会見を開いた在京アラブ外交団の代表は「ISILはテロ組織で、『イスラム国』というのは誤解である」と強調した。特に同代表は、「パレスチナには1200万人がいながら、いまだに国として呼ばれていない。20万人そこそこのISILは国でない」と念押しした。 

イスラム世界、中東諸国情勢に決して明るくない日本社会の中で、イスラム過激派組織を「国」と誤認することだけは避けなければならない。 

カバー写真=「後藤さん殺害」を伝えるテレビ画面(提供・時事)

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