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[ニュース]津波犠牲の大川小閉校=震災後に児童数減少、教訓伝え校舎保存−宮城・石巻
[2018.02.26]

東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の閉校式が24日、同小と統合される同市立二俣小で行われた。被災した校舎は震災の教訓を伝えるために、震災遺構として保存される。

閉校式には児童や保護者、卒業生らが出席。鍵頼信校長が校旗を返納し、出席者が校歌を斉唱した。式典後に「ありがとう大川小学校の会」も開き、児童による地域の踊りなどが披露された。

同市によると、大川小は震災前、108人の児童が在籍していたが、津波で74人が犠牲になった。別の小学校を間借りした後、2014年に二俣小の敷地内にプレハブ仮設校舎を建て授業を行ってきたが、児童数は現在29人にまで減少していた。

震災後、学区の大部分が居住できない災害危険区域となった。市は、児童増加が見込めないことや、地元住民へのアンケート結果などから、16年に閉校を決定。住民からは「人数が少ないと子どもがかわいそう」などの意見が寄せられたという。

被災した大川小の旧校舎は震災遺構として市が保存し、閉校記念碑が設置される。

津波で被災した宮城県石巻市立大川小学校。震災遺構としての整備工事が今後行われる=23日、石巻市(時事)

長野県から式に参加した樋口誠さん(80)は、14年から毎年、大川小の児童全員にヒマワリの種を贈ってきた。「ヒマワリのように明るく元気になってほしいという思いだった。閉校は寂しい」と話し、この日もたくさんの種を持参した。

6年生だった次女の真衣さん=当時(12)=を亡くした鈴木典行さん(53)は、前身の大川第一小に通った。「子どもたちと私の母校がなくなるのは寂しいが、震災遺構として残る。これからも大川小を大事に見守っていきたい」と語った。

鍵校長は式終了後、「初任地だったので私も寂しいが、二俣小には大川小の伝統を取り入れながら新しい学校をつくってほしい」と述べた。

宮城県によると、校舎の被災など震災の影響で閉校が決まった県内の公立小中学校は20校以上に上る。

[Copyright The Jiji Press, Ltd.]

  • [2018.02.26]
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