古民家カフェの窓辺から

豪雪の地と海辺の町で220年の時を刻んだ伝統建築 : WITH KAMAKURA(鎌倉・長谷)

文化 暮らし

海風がそよぐ緑豊かな鎌倉・長谷の住宅地で存在感ある古民家は、遠い豪雪の地から移築された釘(くぎ)を使わない伝統工法の建築物。喫茶店をこよなく愛する文筆家・川口葉子さんが、東京近郊の「古民家カフェ」をレポートと写真で案内するシリーズ。第15回は「WITH KAMAKURA」。

白川郷の古民家が鎌倉へ

江ノ島電鉄・長谷駅。鎌倉の歴史と海辺の光が溶け合うこの町に、世界遺産、岐阜県白川郷から移築された1軒の古民家がある。

雪深い村の記憶を秘めた築220年の家は、2023年にカフェ「WITH KAMAKURA」として生まれ変わり、湘南の陽光を浴びている。

すぐそばには平安時代からこの地を見守ってきた古社、御霊(ごりょう)神社が鎮座する。緑豊かな庭に面したカフェのランチ、そして観光客にも人気の御霊神社へ。小さな長谷散歩に出かけよう。

移築が生んだ新たな魅力

長谷駅から線路沿いの細道を歩くこと5分、住宅街の一角に、薄緑色の大きな屋根が現れる。合掌造りといえば急勾配の茅葺き(かやぶき)屋根を思い浮かべるが、目の前の屋根は銅板葺きで、南面には屋根窓がのぞく。

耐火性の低い茅葺き屋根は、都市部では採用できないのだ。材料の茅も、屋根を葺き替える職人も、時代の変化とともに失われていった。そのかわりこの建物には、芝生に張り出したウッドデッキのテラスという新たな魅力が加わっている。

庭の緑に心癒される空間
庭の緑に心癒される空間

暖簾をくぐると、庭の緑と自然光がガラス越しに広がり、思いのほか軽やかな空気に包まれる。天井に幾本も渡された梁の驚くほどの太さが、220年前には豪雪の重みを支えていたことを物語る。薪(まき)ストーブのある一角には、天井から、四角い格子の木枠が麻縄でつり下げられている。あれは何だろうか。

地元食材の旬を味わうランチ

謎はひとまず横に置いて、昼食を注文しよう。メニューには、地元・湘南の旬の食材を積極的に採り入れた定食が並ぶ。もっとも品数の多い「WITH御膳」は、主菜にハンバーグか鮭のいずれかを選ぶスタイル。副菜には葉山牛の牛すじ煮込みなどの小鉢3種、サラダ、ごはん、みそ汁が添えられる。

地元の旬の食材を取り入れた「WITH御膳」。ランチ午前11時〜午後2時30分
地元の旬の食材を取り入れた「WITH御膳」。ランチ午前11時〜午後2時30分

注文した鮭は大ぶりだ。鉄板でこんがり焼かれた皮目に箸(はし)を入れると、パリッと快い音が鳴る。この皮の香ばしさと食感が大きな魅力だ。ふっくらした身に、焦がし黒ニンニクとキノコのソースが旨みを重ねる。

「素材本来のおいしさを大切にして、シンプルながら丁寧な調理を心がけています」とスタッフは語る。献立は季節ごとに内容を変えるという。

ティータイムなら、スパイスの効いたキャロットケーキや、マスカルポーネのアイスクリームケーキをコーヒーとともに楽しみたい。

天井からつるされた謎の木枠──暮らしの知恵「火棚」とは?

この建物は、白川郷に残る江戸時代の古民家3軒を解体し、1軒の家として1984年頃に長谷へ移築したものだ。それを可能にしたのが日本の伝統工法である。釘を使わず、木材に凹凸を刻んで組み合わせる。だからこそ解体して、遠く離れた土地でパズルのように組み直せるのだ。

心地よいゆったりとした空間が広がる
心地よいゆったりとした空間が広がる

直近40年ほどは飲食店として使われた後、WITH KAMAKURAが建物を受け継いで改修をおこない、庭を整備した。コンセプトは、古き良き日本建築と現代のライフスタイルが調和する空間。

「古い建物と新しい設備との相性や補強方法など一つひとつ丁寧に検討しながら進めました。合掌造りならではの力強い梁(はり)や木の温もり、建物が持つ趣を大切に残しながら、設備や動線を一から見直し、現代のお客さまにも快適に過ごしていただける空間へとリノベーションしました」──スタッフはそう語る。

天井から縄で下がる四角い木組みの正体は、かつては囲炉裏の上にあった「火棚」、あるいは「火天(ひあま)」と呼ばれるものだ。中央から垂れる縄の輪には、自在鉤(じざいかぎ)と鍋が下がっていたのだろう。木枠は火の粉を受け止めるだけでなく、魚や野菜をつるして燻(いぶ)したり、濡れた道具を干したりする役目も担っていたという。

囲炉裏は暖を取るだけでなく、煮炊きや食材を燻すなど生活に欠かせない存在だった
囲炉裏は暖を取るだけでなく、煮炊きや食材を燻すなど生活に欠かせない存在だった

そんな暮らしの記憶を秘めた火棚のそばに、現代のストーブが置かれているのは、味わい深い光景だ。WITH KAMAKURAを訪れたら、見事な梁とともに、火棚にも目を向けてほしい。

急な階段を上った3階は、イベントスペースとして貸し出されている。かつて合掌造りの民家では、広い屋根裏空間で養蚕が営まれていた。無数の蚕(かいこ)がいっせいに桑の葉を食む音は、しばしば雨音にたとえられてきた。もし3階に足を踏み入れる機会があれば、その響きを想像してみるのもいい。

3階から階下を見下ろす。縦長の照明が吹き抜けの空間に映える
3階から階下を見下ろす。縦長の照明が吹き抜けの空間に映える

神域と暮らしが交差する、長谷の路地

ランチをゆったり楽しんだら、踏切を渡って御霊神社を訪ねよう。約900年前の創建と伝わる、人気の古社だ。祀(まつ)られているのはこの地域を開拓した勇猛な領主、鎌倉権五郎景政。土地の人々には「権五郎さま」の名で親しまれている。

鳥居のすぐ前を、江ノ電が通り過ぎていく。神域と生活路線がこれほど近くで寄り添う場所は珍しい。小さな踏切を渡って参道に入る──そんなユニークな体験ができるのは、この路地ならではだ。

合掌造りの暮らしの記憶を宿す火棚、緑に包まれたテラス、そして鳥居をかすめる電車。そんな重なりを味わいながら歩く長谷の路地には、四季それぞれに異なる表情がある。真夏に歩けば、遠い夏休みの記憶まで連れてきてくれそうだ。

WITH KAMAKURA

  • 住所:神奈川県鎌倉市坂ノ下3-7
  • 電話:0467-33-5521
  • 営業時間:10時~16時(LO 料理14時30分、ドリンク15時30分)
  • 定休日:公式サイトでご確認ください
  • アクセス:江ノ島電鉄「長谷」駅から徒歩約5分
  • 公式サイト:https://with-project.jp/

取材・文・写真=川口葉子

バナー写真:岐阜・白川郷で3棟だった家屋を1棟に組み直したWITH KAMAKURAの外観

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