【新刊紹介】「国境なき医師団」から見えた世界:白川優子著『紛争地の看護師』(小学館)

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「国境なき医師団」(Médecins Sans Frontières=MSF)の名前は、多くの人が国際ニュースで耳にしたことがあるだろう。1972年に設立されたこの国際的NGOは、紛争地などで独立・中立・公平な立場で医療活動を行い、99年にはノーベル平和賞を受賞した。世界29カ所に事務局を設置しており、日本では92年に事務局が発足。近年では毎年100人以上の日本人スタッフが海外に派遣されている。だが、彼らがさまざまな国々から派遣されてきたMSFスタッフ、そして現地の人々と一緒に、どんな状況でどのような仕事をしているのか、身近に感じる機会は少ない。

『紛争地の看護師』は、2010年から8年間で、イラク、シリア、南スーダン、パレスチナ・ガザ地区など17カ所の紛争地に派遣された「手術看護師」白川優子さんがその体験を基に書き下ろした初めての著書だ。冒頭では、こんなエピソードが紹介されている。

2016年10月、自宅のテレビから「イスラム国」(IS)に占拠されているイラクの都市、モスル奪還作戦のニュースが流れている。父親と出掛けようとした矢先、スマートフォンにMSFからメールが入る。「イラクのモスルに緊急出発してほしい」

「また行くのか!あんな危ないところに…」という父のつぶやきに申し訳ないと思いながらも、明日にでもモスルに出発できるように準備に取り掛かる。 

紛争地への出立要請があるたびに、おそらく繰り返される光景だろう。7歳の時にテレビで「国境なき医師団」のドキュメンタリーを見て、その活動に憧れを抱いてから、白川さんが実際にMSFスタッフとして派遣されるまでに、30年の時間を要した。日本で看護師としての経験を積み、英語力をつけるため、2003年オーストラリアに留学、その後現地の医療機関で外科や手術室を中心に勤務。7年後に帰国してMSFに参加登録、その4カ月後には最初の派遣地・スリランカに赴く。「ようやく私の人生の本番がスタートした」と白川さんは書く。

IS支配から奪還されたモスルやシリアのラッカ、内戦が続く南スーダン、空爆が日常と化している「世界一巨大な監獄」ガザ地区。終わりのない戦闘、複雑さを増すばかりの戦争の背景、苦しむ市民、救えない命。病院さえも攻撃の対象となる過酷な医療の現場で、筆者は時には無力感、やりきれなさを覚え、時には怒りに震えながらも、いつか平和な空の下で子どもたちと会いたいと願う。 

ジャーナリストも立ち入れない「現場」では何が起きているのか。1人の日本人女性が等身大でつづる紛争地の日常に読者は胸を突かれ、MSFのスタッフや現地の人々に思いをはせるだろう。

紛争地の看護師

白川優子(著)
発行 小学館
単行本 280ページ
定価 1400円+税
ISBN 9784093897785
発売日 2018年7月6日

(ニッポンドットコム編集部)

書評 本・書籍 国際紛争 国境なき医師団