【新書・選書紹介】日本の戦後史を複眼的に考察する:細谷雄一著『自主独立とは何か』(前編・後編)

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『自主独立とは何か』(前編:敗戦から日本国憲法制定まで/後編:冷戦開始から講和条約まで)は、3年前に刊行された『歴史認識とは何か 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』の続編―「戦後史の解放」シリーズ第2弾―に当たる。

国際政治史を専門とする細谷雄一・慶応義塾大学法学部教授が戦後史に関する本を出したいと考えたのは、戦後70年の「歴史認識」を巡り、「安倍談話」が世間の注目を集めていた時期だ。第2次大戦をどのように認識するか、戦後の歩みをどのように位置づけるかが政治の大きな争点で、国民が右左のイデオロギーに分裂していた。だからこそ談話の前に世に出したいという思いで取り組んだが、「執筆を始めてみると、書きたいことが泉のようにあふれてきてしまい、アジア太平洋戦争が終わる時代を論じたところで、すでに一冊分の原稿の分量に達して」(『歴史認識とは何か』あとがき)しまい、実際の戦後史を語るのは今夏刊行の2冊からとなった。

本シリーズには、「視野狭窄(きょうさく)」によって対米従属か反米かの二項対立で語られてきた「退屈」な日本の戦後を「豊かな戦後史の物語」として語り直すという意図がある。3冊とも専門的な学術論文かと身構えることなく、実に面白い近現代史の物語として読み進めながら、日本が敗戦後にたどった歴史を複眼的な視野で捉え直すことができる。

専門家や歴史マニアではなく、一般読者に向けたアプローチは、『自主独立とは何か』(以後「本書」)の冒頭から明らかだ。坂本九の『上を向いて歩こう』に言及して読み手を一気に引きつける。日本が「安保闘争による深傷」を負っていた時代に大ヒット、米国でも「スキヤキ・ソング」として知られる「切ない希望と悲しい明るさが同居」したこの歌と、1941年、真珠湾攻撃の2日後に生まれた坂本九の境遇に、戦後の日本社会の光と影を重ね合わせる。「戦後に日本人が、迷い苦しむ中でどのように明るい希望を感じたのか。それを世界史のなかに位置付けて描き出すことで、今の時代に必要な希望を考えることができるかもしれない」―この文句を読めば、ページを繰らないわけにはいかない。

3人の「愛国的な国際主義者」を再評価する

本書は戦後の外交史を彩った人物群像劇としても読めるが、特に現在では「反米主義者」から「対米従属」と批判される「幣原喜重郎、芦田均、 吉田茂を再評価する試み」でもある。日本占領を巡る各国の思惑や徐々に強まる米ソ対立の中で、卓越した外交官だったこの3人の首相が、憲法制定と講和に中心的役割を果たしたことに改めて光を当て、彼らの現実主義に裏打ちされた国際感覚を描き出す。 

筆者は『1984年』で知られる英国の作家ジョージ・オーウェルの論じた「愛国心」を解説した上で、3人を「愛国的な国際主義者」と呼ぶ。オーウェルによれば「愛国心」は「他人に押し付けようとは思わない、特定の地域と特定の生活様式に対する献身」であり、自らの独自の定義とした上で、「ナショナリズム」を「特定の狭いイデオロギーや視野に固執した、否定的な感情に基づいた思想」とする。イデオロギーにとらわれたナショナリストでは、国際法上の地位としての「自主独立」を手に入れるための交渉の舞台に立つことはできない。幣原、芦田、吉田の3人は日本という国家を愛し、その伝統の価値を適切に評価する愛国者であると同時に、国際協調を基本方針とする国際主義者だった。

本書では、反英米主義的なイデオロギーを持ち、国際主義が欠如した例として、日本を戦争に導いた首相であった近衛文麿を挙げる。また、戦後思潮に多大な影響を与え、現在もなお日本独自の平和論の基礎である丸山真男の思想の矛盾を突き、その国際感覚の欠如は「独善的ナショナリズム」とも言えるとしている。さらに最近の独善的思考の例として、「驚くほど似た精神構造に基づいた」鳩山由紀夫・元首相の対米批判、トランプ米大統領の対日批判などに触れる。全体的な語り口は柔らかいが、その批判の切っ先は鋭い。

次巻以降は「独立を達成した日本が、その後どのような国家像を描き、どのような道のりを歩むのか」が重要なテーマになるとのこと。トランプ米政権の排外主義や極右勢力の世界的な台頭で、ともすれば民主主義の行方に悲観的な空気が漂う。日本外交にも試練が続く。だからこそ、「今の時代に必要な希望を考える」ための次巻の刊行を待ちたい。(編集部)

自主独立とは何か

細谷雄一(著) 
発行:新潮社
四六変型判 284ページ(前編)、286ページ(後編)
定価 1404円(税込み)

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