李琴峰の扶桑逍遥遊(ふそうしょうようゆう)

極北に咲く虹:札幌レインボープライド紀行

社会 ジェンダー・性

レインボープライド2022に参加するために初めて訪れた札幌。スープカレーやラーメンに加え、豪華な「シメパフェ」を体験した。パレードはあいにくの雨の中でスタートしたけれど、最後には空が晴れてきたという。数日の滞在でこの街がすっかり好きになったという李琴峰。それは、理路整然と進むべき方向が分かる街だからなのだろう。

進むべき方向が分かる街

碁盤状の街は好きだ。京都然り、アメリカのニューヨーク然り、中国の西安然り、ミャンマーのマンダレー然り、碁盤状の街を歩く時は筋の通った理路整然とした論考を読んでいる時みたいに、迷うことはない。一つの基準点を決めれば、地図は自ずと脳内で展開される。現代的な都市生活に慣れる前の大昔の人間のように、太陽や月の位置を見れば東西南北が判然とし、進むべき方向が分かる。

札幌はそんな街である。南北に流れる「創成川」を東西の基軸とし、東西に走る「大通り」を南北の基軸として、南北の街区は「北一条、北二条、南一条、南二条」と、東西の街区はは「東一丁目、西一丁目」と呼ばれる。「北三条の西二丁目」というふうに大体の場所が分かるし、札幌市の住所もまさに「南五条西二丁目〇―〇」というふうに振り分けられているので記憶しやすい。

また、「創成川」と「大通り」が交差する場所の近くに札幌のシンボルである「さっぽろテレビ塔」が建っているので、テレビ塔を基準点だと思えば分かりやすい。注意すべきは、「北一条」「西一丁目」などは道路ではなく街区につけられる名前なので、「南五条西二丁目」と言う時は「南五条通と西二丁目通りの交差点」を指すのではなく、「南五条通の北、西二丁目通りの西にあるブロック」を指しているのである。

さっぽろテレビ塔から見下ろす大通公園の景色 ©李琴峰
さっぽろテレビ塔から見下ろす大通公園の景色 ©李琴峰

セクシュアル・マイノリティを歓迎した市長スピーチ

札幌と言えば、日本で初めて「同性婚ができないのは違憲だ」という画期的な司法判断が示された地でもある。数年後、あるいは数十年後に日本でも同性婚ができるようになったら、札幌は日本における人権史の記念の地として後世に記憶されるだろう。

札幌にはそんな素地がある。日本で初めて性的少数者の「プライドパレード」が開催されたのは1994年の東京パレードだったが、その2年後に札幌でも開催された。東京のパレードは様々な事情で中断したり再開したりしたが、札幌のパレードはほぼ毎年開催されてきた。ジャーナリストの北丸雄二さんは2003年の札幌パレードについて、こう書いた。「私も大勢の参加者に混じって札幌の中心部を共に歩き、大通公園での閉会集会にも立ち会いました。そのとき、当時札幌市長だった上田文雄が壇上に立って、『札幌はセクシュアル・マイノリティの皆さんを歓迎します!』とスピーチしたのでした。私の周りで立って聴いていた参加者の多くが、そのとき不意に涙を流し始めました」

上田文雄は市長退任後、弁護士・市民活動家に戻り、2019年、札幌同性婚訴訟の弁護団の一員となった。

私が札幌を訪れたのは、まさしく「さっぽろレインボープライド2022」に参加するためである。時は9月、東京はまだ厳しい暑さが残るが、札幌ではもう涼しい風が吹いていた。レインボープライドは土日開催だが、私は前乗りして札幌入りした。

恐るべし、太らせカルチャー

大都会に来たからには、レズビアンバー巡りしなければなるまい。函館と小樽には残念ながらビアンバーはないが、札幌はあの「すすきの」がある場所だ。当然、ビアンバーはある。新宿の繁華街は風俗やホストクラブが密集する「歌舞伎町」と、小さな飲み屋が軒を連ねる「ゴールデン街」、そしてゲイバー・ビアンバーが多い街「新宿二丁目」に分かれ、それぞれカラーが違うが、「すすきの」はそれらをがっちゃんこしたような街で面白い。

「すすきの」にはビアンバーが2軒あり、客層がはっきり分かれている。「bar Orb」は客層が若めで、店内はわいわいと賑やかなことが多く、「Lady’s Bar LEGO」はお姉さんのお客さんが多く、静かにゆっくり飲みたい人に向いている。「LEGO」は女性限定だが、「Orb」は誰でも入店できるミックスバーである(とはいえ、ほとんど女性客しか来ないのだが)。

「Orb」で飲んでいる時、東京から来たと言うと、札幌在住の店主やお客さんに「ぜひおいしいものをいっぱい食べてください」「3キロは太って帰ってください」と言われ、美食に対する札幌市民のプライドを感じた。札幌のグルメといえば、スープカレー、ラーメン、ジンギスカンなどがあるが、残念ながらジンギスカンを食べる機会がなく、スープカレーとラーメンだけ堪能した。

また、札幌特有の「シメパフェ」なる摩訶不思議な食文化を知った。東京でなら、飲み会や懇親会の後に食べる締めの定番と言えばラーメンだが、札幌ではなんとそれは、パフェ。パフェである。夜から深夜にかけて、みんなでパフェを食べに行くのである。なんという太らせカルチャー。

札幌に来たからには「シメパフェ」なるものを体験しなければなるまい。ということで、同性婚訴訟の原告をやっている3人のゲイの友達と、計4人でシメパフェ専門店に行ってみた。店に着いたのは金曜の夜10時半、なんと、店外は長蛇の列であり、40分待ちと言い渡される。なんという人気。パフェだから若い女性が多いかと思いきや、半分は若い男子だった。これはジェンダーバイアスのない、いい文化だ。おかげで私たちのグループ――おじさん3人と女性1人――もそこまで浮いていなかった。

しかし、シメパフェは思ったよりデカいし、高い。2000円前後と高額なのでそれぞれのパフェはコンセプトがしっかりしており、フルーツやプリン、苺豆大福などの食材もふんだんに、贅沢に使われている。パフェにはそれぞれ「空飛ぶ苺豆大福」「mero mero」「デコラティブ道」「ぶどう農林21号」など名前がついている。かなり豪華なパフェだが、偏食の私からしたら、どのパフェも食べられない食材が使われているので、選ぶのはちょっときつい。

札幌の食文化、シメパフェ。左から空飛ぶ苺大福 / mero mero / デコラティブ道 ©李琴峰
札幌の食文化、シメパフェ。左から空飛ぶ苺大福 / mero mero / デコラティブ道 ©李琴峰

日本にジェンダー革命を!

いよいよレインボープライド初日。歩行者天国にした「南一条西二、三丁目」のツーブロックが会場である。会場に入るとちょっとした同窓会状態であり、知り合いのレズビアン活動家やトランスジェンダー活動家、同性婚訴訟の原告らと挨拶した。会場では様々なLGBT関連団体がブースを出展し、手製のアクセサリーやキャンドル、コースターといった小物を売ったり、団体の活動を紹介したり、署名を集めたりしている。「Orb」は飲食店枠として酒類も売っている。近年ネット上でLGBTに対する差別言説が激化し、LGBT関連の活動はしばしば実態を知らない人から「LGBT利権」「公金チューチュー」といった愚かな揶揄(やゆ)をされるのだが、会場を見て回ると、どの団体も草の根レベルで地道な努力を重ねていることが分かる。会場の端にはステージもあり、パネルトークやスピーチ、メイク講座などが行われている。

初日の夕方に、札幌市男女共同参画センターが入っている「エルプラザ」に交流会イベントがあるので参加した。札幌を含め、昔から日本各地でLGBT権利促進運動を頑張ってきた活動家の先輩が集まり、パネルトークを行った。話を聞いていると、数十年も前から連綿と紡がれてきたコミュニティの歴史を実感できて感慨深い。東京ではLGBT活動家は奇異な目で見られたり揶揄されたりすることが多いが、札幌は活動家が尊敬される珍しい場所だと、レズビアンの友人はしみじみ言った。

「なんで『エルプラザ』って名前ですか?」

と、私は会場にいた「エルプラザ」の職員と、札幌在住の活動家に訊いた。「まさかレズビアンのL?」

「建物の外観にちなんでつけられた名前みたいですね」と職員が答えた。

「なんですが、私の中ではレズビアンの「L」ってことになってる」と活動家の友人は笑って答えた。彼女は性的少数者支援団体「NPO法人北海道レインボー・リソースセンター L-PORT」で活動しているが、「L-PORT」の「L」は「エルプラザ」と「レズビアン」にかけているという。「エルプラザ」の一角に、池田理代子『ベルサイユのばら』の絵を使った男女共同参画局の啓発ポスターが掲げられており、「フランス革命の次は日本のジェンダー革命だ!」と台詞が書いてある。札幌市、なかなかやりよる。

『ベルサイユのばら』啓発ポスター
『ベルサイユのばら』啓発ポスター

交流会のあとは近くの店を貸し切りにした女性限定の前夜祭パーティーがあるので、こちらにも参加した。店は2階建てで、1階は音楽を流すDJスペース、2階は着席してゆっくりおしゃべりできるバースペースになっている。ちょうどDJをやっている友人の誕生日なので、みんなで誕生日サプライズをやった。夜11時閉店後、何人かのビアン友達と散歩しながら帰路につく。パーティー会場からホテルまで2キロあるが、札幌の秋の夜風はとても気持ちよく、歩くのが全く苦にならなかった。テレビ塔の前を通る時、若者たちが大通公園の芝生に座っておしゃべりしているのが見えて、その悠々自適な雰囲気を見て少し羨ましい気持ちになった。

夜のさっぽろテレビ塔 ©李琴峰
夜のさっぽろテレビ塔 ©李琴峰

パレードは雨のち晴れ

翌日はパレードの日だが、あいにくの雨だった。パレードのフロートは6つに分かれ、それぞれ「エゾリス」「シャケ」「シマエナガ」「アウト・ジャパン」「ベルシステム24」「キタキツネ」という名前だが、私は友人たちと「シャケ」の隊列を歩いた。

さっぽろレインボープライドには晴れのジンクスがある。パレードの日は必ず晴れるし、たとえ雨の日でもパレードを歩いているうちに晴れになるという。この日もまたそうで、午後3時ごろになると雨がやみ、空が晴れてきた。パレードが終わってステージ前に戻り、パフォーマンスを見た。ステージの上で、歌手はRADWIMPSの「愛にできることはまだあるかい」を歌っていた。

世界が背中を向けてもまだなお / 立ち向かう君が今もここにいる

近くで誰かが言った。「これは虹が見えるかもしれない」、と。

閉会式、例年ならバルーンリリースを行うのだが、今年は物価高騰の波の中でヘリウムガスの価格も上昇し、負担できないので、バルーンではなくシャボン玉リリースになった。色とりどりの風船が空へと飛んでいく鮮やかな光景が見られないのは残念だが、シャボン玉もそれなりに綺麗だし、70年以上も生きてきた知人のレズビアンの大先輩が頑張ってシャボン玉を吹いている横顔が愛おしかった。

「さっぽろレインボープライド2022」シャボン玉リリース ©李琴峰
「さっぽろレインボープライド2022」シャボン玉リリース ©李琴峰

パレードの日の夜は独立系書店「Seesaw Books」で北丸雄二さんと対談イベントがあった。北海道でイベントをやるのは初めてで緊張したが、会場にはそれなりに人が集まった。イベント終了後、関係者10人ほどでアイヌ料理店「ケラピリカ」(アイヌ語で「おいしい」の意)で打ち上げを行った。アイヌ料理を食べるのは初めてで、偏食のため食べられないものも多いが、食べられるものはおいしかった。イベントに来てくれたお客さんの中にはアイヌのアーティストでミュージシャンの方がいて、話を聞くと、アイヌのアイデンティティを打ち出して活動していると、やはり差別者から「反日」や「アイヌ利権」などと攻撃されたり、揶揄されたりするという。在日の方々も、ありもしない「在日特権」をでっち上げられて攻撃されることを考えると、本当に差別者の手口と話術はどこまでもワンパターンである。

すすきのの夜は長く、「ケラピリカ」を出た後は場所を移して二次会をし、お開きになったのは深夜2時半。ホテルへ戻る道中に「すすきの交差点」で立ち止まり、煌びやかなネオンに彩られる繁華街の夜を見上げる。

札幌の繁華街、すすきの交差点 ©李琴峰
札幌の繁華街、すすきの交差点 ©李琴峰

初めての札幌であり、僅か数日間の滞在に過ぎないが、私はもうこの街がすっかり好きになった。

バナー写真 : 「さっぽろレインボープライド2022」パレード ©李琴峰

北海道 札幌 李琴峰 LGBTQ レインボープライド