雨の季節を鮮やかに彩るアジサイ : シーボルトが世界に広めた “東洋のバラ”

環境・自然・生物

アジサイの名所は雨の日もにぎわいをみせるが、実は、長らく日本では不人気な花だった。江戸時代末期に欧州に渡り、東洋のバラともてはやされた後に、日本には逆輸入されたという。アジサイ博士こと川原田邦彦さんにアジサイのたどってきた歴史と魅力を聞いた。

川原田 邦彦 KAWARADA Kunihiko

茨城県牛久市で100年以上続く「確実園園芸場」園主。1958年、茨城県生まれ。東京農業大学造園学科卒業。日本植木協会会員。NHK『趣味の園芸』講師のほか、樹木のナーセリー、国内外の造園などを手がける。フジとアジサイ類を幅広く収集、研究。著書に『毎年きれいに咲かせるアジサイの育て方』(家の光協会)など多数。

江戸時代は縁起が悪いと嫌われた?

雨露をまとって、しっとりと美しいアジサイ。日本固有種で、日本最古の歌集である万葉集にもアジサイを詠んだ歌が2首あり、古くから日本の野山に自生していたことが分かっている。しかし、意外にもアジサイは長らく不人気な花だったという。

戦乱の世に終止符が打たれ、平和を謳歌(おうか)した江戸時代、日本では一大園芸ブームが巻き起こった。野山に自生する草木が園芸品種化され、ユリやツバキ、菊、万年青(おもと)、朝顔などを育てるのが流行した。品種を紹介する図鑑、育て方のコツから、変種を生むノウハウなど100冊以上の園芸書が出版された。しかし、アジサイに関する記述はほとんどないそうだ。

茨城県牛久市で100年続く確実園園芸場の園主で「アジサイ博士」と呼ばれる川原田邦彦さんにその理由を尋ねると、「アジサイは花びらのように見えるガクが4枚。“四” は読みが同じ “死” につながる縁起の悪い忌み数なので、昔の人には不吉に映ったのでしょう。さらに、色が変わることが、“心変わり” につながり、主君への忠節が重視された武士の時代には好まれなかったようです」

忌み数の「四」ゆえに不人気だった(フォトAC)
忌み数の「四」ゆえに不人気だった(フォトAC)

日本由来の “西洋アジサイ”

アジサイ人気に火がつくのは江戸の終わり。しかもそれは日本ではない。

江戸後期に長崎・出島のオランダ商館に駐在したドイツ人医師のシーボルトは、植物学にも造詣が深く、散策のたびに珍しい花を採集し、出島に植物園を作っていた。中でも、野山に咲くアジサイを好み、帰国するときに10種ほどのアジサイを持ち帰ったのだ。

アジサイはヨーロッパで「東洋のバラ」と珍重されて大ブームとなり、さらにアメリカに渡って品種改良が盛んに行われるようになった。それが明治になってから日本に逆輸入され、「西洋アジサイ」と呼ばれるようになったという。日本人は、西欧人によって日本の花の美しさを教えられたのかもしれない。

シーボルトが日本の植物研究の集大成としてまとめた『日本植物誌』には、日本人絵師の手による細密なアジサイの絵が何枚も収録されている。優美な薄紫色のアジサイには、日本人妻・お滝さんの名前にちなんで「Hydrangea otaksa」と名付けているところに、シーボルトの愛着がにじむ。

シーボルトの『日本植物誌』に描かれたHydrangea Azisai(左)と Hydrangea otaksa(京都大学理学研究科生物科学図書室所蔵)
シーボルトの『日本植物誌』に描かれたHydrangea Azisai(左)と Hydrangea otaksa(京都大学理学研究科生物科学図書室所蔵)

「私が園芸の仕事を始めた1985年頃は、アジサイは寺や神社などに植栽されてひっそりと咲いていましたが、庭木としてさほど人気があったわけではありません。原種の種類や分類もあまり知られていませんでした」と川原田さんは言う。

「咲き始めは白いのですが、終わりに近づくと青やピンク色に変わるトーマス・ホッグという品種があります。横文字の名前なので海外の園芸品種と思われがちなのですが、実は、非常に古くからある在来種なんです。日本では名前もなく、単に、“白花” とか “白いアジサイ”と呼ばれていただけ、海外の名前を後から頂戴したかっこうです。アジサイへの関心が低かったことを象徴していますね」

トーマス・ホッグ(確実園園芸場提供)
トーマス・ホッグ(確実園園芸場提供)

“明月院ブルー” は欧州ではピンク色に咲いていた

そんな、アジサイに光を当てたのは、アマチュアの研究家・山本武臣さんだった。

「1800年代の終わりに日本から英国に渡り、ヨーロッパではピンク色に開花するため“ロゼア” の名で親しまれていた花が、日本ではヒメアジサイとして知られる鮮やかな青いアジサイと同じであることを発見したのが山本さんです。アジサイは酸性の土では青く、アルカリ性の土では赤く咲くことが多いのですが、海を超えて異なる咲き方をしているものを同じ品種と同定したのは初めてのことでした」

神奈川県鎌倉市にある明月院のアジサイ(フォトAC)
神奈川県鎌倉市にある明月院のアジサイ(フォトAC)

ちなみに、「ヒメアジサイ」は、日本の植物学の父と言われる牧野富太郎博士(1862-1957)が採集旅行の途中で長野県戸隠の山で発見して、女性らしい優美な姿にちなんで命名したそうだ。

「牧野博士は自宅の庭にヒメアジサイを植えて愛でていましたが、博士の死後、ヒメアジサイは行方不明になっていました。それが高知県立牧野植物園に残されていることを発見したのも山本さんでした」

「ガク咲き」と「手まり咲き」

日本に自生するアジサイは15種類。代表的なものは「ガクアジサイ」で、中央にあるくしゃっとした小さな丸い花の塊を、花びらのように見えるガク(装飾花)が縁取るものが基本だ。こうした咲き方は「ガク咲き」と呼ばれている。

ガクアジサイ「隅田の花火」 / アジサイ研究家の山本武臣氏が知人宅で発見して命名した(フォトAC)
ガクアジサイ「隅田の花火」 / アジサイ研究家の山本武臣氏が知人宅で発見して命名した(フォトAC)

現在、多くの人がアジサイと聞いてイメージするころんと丸い「手まり咲き」と呼ばれるタイプは、ガクアジサイを改良したもので、通称はホンアジサイ。

ホンアジサイ(確実園園芸場提供)
ホンアジサイ(確実園園芸場提供)

ガクアジサイよりも少し小ぶりの「ヤマアジサイ」は主に太平洋側の山の沢沿いに自生する。

多くの園芸品種は、ガクアジサイかヤマアジサイの交配種だという。アジサイは種をまいてから3~4年で花をつけるようになる。庭木としては早い方なので、次々と新しい品種を作りやすいのだという。日本で品種改良が盛んになったのは1990年頃から。

川原田さんは「気づいたらいつのまにかすごい数の品種ができていて、15年ほど前からは梅雨よりも一足早く、母の日の定番の花にもなっています」と話す。

装飾花の色や形は多種多様。世界中にはおよそ6000種類のアジサイがあり、世界で一番売れている花木だという。

「アジサイは華やかで栽培しやすく、花が1カ月近く長持ちするので贈っても、贈られてもうれしい。アメリカでは、1年間に2億鉢も売れるそうです」

雨が似合うアジサイは、日陰を好む花だと思われがちだが、これは誤解なのだという。

「アジサイは日陰が好きなわけではなく、多少日当たりが悪くても我慢して咲いてくれるんです。きちんと管理すれば長年にわたって咲きますよ。私の園にあるアジサイは60年を超えているものもあります」

川原田さんによると、長持ちさせるポイントは、鉢植えのアジサイを買ってきたら、水はけのいい土に入れ替えること。枯れた花をそのままにせず、咲き終わったらハサミで切ると、翌年も花をつけるという。

小さめの鉢なら2000円ほどでも購入できるアジサイ。お気に入りの色を見つけて、窓辺で楽しんでみてはどうだろう。

樹齢60年を超えるガクアジサイ。装飾花(ガク)にギザギザの切れ目がありナデシコの花のよう(確実園園芸場提供)
樹齢60年を超えるガクアジサイ。装飾花(ガク)にギザギザの切れ目がありナデシコの花のよう(確実園園芸場提供)

■個性豊かなアジサイ フォトギャラリー■

十六夜

フロレンシア

ファーストグリーン

ポップコーン

彩々

クレナイ

(確実園園芸場提供)
(確実園園芸場提供)

池の蝶

(確実園園芸場提供)
(確実園園芸場提供)

シチダンカ

(フォトAC)
(フォトAC)

提供元の表示がない写真は 落合星文撮影

バナー写真 : いろとりどりの園芸品種のアジサイの鉢植え(確実園園芸場、落合星文撮影)

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