奥能登・珠洲「湯宿 さか本」の朝ごはん
Guideto Japan
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<献立>
- うす揚げと銀杏の炊き合わせ
- めぎすの干物
- がんもどき
- 白ごはん
- かじめの味噌汁
- 沢庵と白菜の糠漬け
古代より大陸との接点として、奥深い歴史が紡がれてきたのが能登半島である。その最奥部、珠洲の地に「湯宿 さか本」は、ひっそりと隠れている。客室は3部屋しかなく、冬場の1月、2月は客を取らない。部屋にテレビはなく、浴室、洗面所、トイレは共同。至れり尽くせりのニッポンの宿に慣れた人には、不自由な宿かもしれないが、開業以来70年間、熱烈な愛好者を惹き付け続けている。
その魅力の一つが、主人の坂本新一郎と美穂子夫妻が、手ずから作る食事だ。一汁三菜から成る朝ごはんは、土地でとれた魚、野菜、豆腐など、吟味した素材の命を最大限に生かしたもの。
冬になると雲が頭上に低くたれこめ、雪が降れば世界はいったん内に閉ざされる。そんな風土に磨かれた二人の感性が作り出す料理は、簡素にして、清涼きわまりない。
「僕の中には、『田舎料理、されど野暮には走らない』という思いがあります。無理して雅たものを追いかけない。地のものを、作り込みすぎず、おおらかに。お味はすっきり、しっかり的を撃つように、と料理をしています」(坂本)
ある朝の献立は以下の通り。外は雪が残り、顔を洗う水の冷たさに、ぴしっと背筋が伸びる朝だった。
〇「がんもどき」
「さか本」の朝ごはんを象徴する品が、つやっと揚がった自家製のがんもどき。前日に海水で固め、絞っておいた豆腐に、ごぼうと人参のささがき、椎茸、桜エビを入れる。揚げ油のおいしさこそが、味の決め手という。
〇「うす揚げと銀杏の炊き合わせ」
珠洲市に、坂本の愛する豆腐屋がある。そこのおじさんが揚げてくれる「うす揚げ」と、ぷっくりと太った銀杏を、煮干しと昆布だしで甘みを含ませ、半日じんわり煮含めた一品。
〇「めぎすの干物」
正式名は「ニギス」だが、能登では「めぎす」と呼ぶ。能登の漁港に上がっためぎすを、坂本が干物に仕上げた。めぎすは内臓もうまいので、干物で丸ごと食されることが多い。
かつて珠洲に坂本あこがれの漁師がいた。今は亡くなったそのおじいさんは、干物作りの名人で、「干物は手間を惜しまんことと、風や」と、その極意を語っていた。
〇「白ごはん」
坂本はかつて私淑した滋賀「月心寺」の庵主、村瀬明道尼に、「おいしいとは、ごはん、味噌汁、漬物を、気を抜かずにしっかり作ることである」と教えられた。
朝食で最も気を使うのが白米。低温貯蔵した玄米をまめに精米し、軽く研いだ後に20分間、湧き水にさらす。炊き上がったらお櫃にとり、ぬれ布巾をかけておく。
「さか本」では、ごはんは「碗」ではなく、輪島塗の「椀」によそって供する。塗の肌に映える炊き立ての白飯を手にすると、敬虔の気持ちが湧き上がってくる。
〇「かじめの味噌汁」
かじめは昆布の一種。能登でとれたかじめは、ぬるぬるが身上。自家製味噌と合わせると、椀の中に深い滋味があらわれる。
〇「漬物」
料理の中に何か一品、ちゃんと発酵したものを入れることは、消化の意味で理にかなっている。年の暮れに漬けた自家製の沢庵と、白菜の糠漬け。地味な味ではあるが、敷地内の畑で採れる野菜を昔ながらに。
付:料理では水も大切な素材。「さか本」では、敷地にある二つの水脈から、二種類の井戸水を引いている。一つは湯治用の湯となる鉱泉質の水。もう一つが、清涼な味わいの水で、料理にはこちらを使う。
(文中・敬称略)
取材・文:清野由美 撮影:猪俣博史 シリーズ題字:金澤翔子(書家)
<情報>
「湯宿 さか本」
〒927-1216 石川県珠洲市上戸町寺社
電話 (0768)82-0584
予約は電話のみ。
ウェブサイト http://www.asahi-net.or.jp/~na9s-skmt/