ニッポンの朝ごはん

奈良「五條 源兵衛」「旅宿 やなせ屋」の朝ごはん

質素をまといながら、剛毅で奥深い奈良の茶粥

<献立>

  • 炊き立ての茶粥
  • 梅干し
  • 漬物
  • 金山寺味噌
  • あわびたけの煮〆
  • 寒〆ほうれん草のごまあえ
  • 芽きゃべつの湯通し
  • 厚揚げ

 奈良の五條新町は、江戸時代に交通の要衝として栄えた紀州・伊勢街道を起源とする。豪壮な商家町の名残をとどめる通りには、江戸初期から昭和初期までの町家が今も軒を連ね、かつての往来がしのばれる。

 その通りの中ほどに、一棟貸しの「旅宿 やなせ屋」がある。2階から吉野川が望める木造の母屋と、漆喰壁のどっしりとした蔵は、大正時代に建てられた。築およそ100年の建物を、土地の人は「この家は新しい方ですね」と、こともなげに言う。ヨーロッパならともかく、日本ではめずらしい時間軸が界隈には流れているのだ。

五條のまちに夕暮れが訪れて

屋号に灯りがともる
屋号に灯りがともる

「やなせ屋」の朝の様子。母屋と蔵からなる、一棟貸しの宿

朝ごはんは母屋2階のリビング・ダイニングルームで

日本家屋のディテイルが活きている

 そんな宿の朝ごはんは、向かいの日本料理店「五條 源兵衛」が運んでくれる茶粥。料理長の中谷曉人(なかたに あきひと)が、五條という土地への思いを込めて料理する、炊き立ての味だ。

「商家町の背後には、山深い奈良の農耕文化があります。昔の農家さんは、朝に茶粥を炊いて、昼はそれを弁当にして野良で食べ、夜は白米の上にかけてお腹を満たしていたといいます。つまり、米が足りない中での、増糧の工夫が粥だったのです」

 さっと口に運べて、腹持ちのいい粥は、労働に向く。仕事では汗をたくさんかくので、塩分補給が必須になる。そこで、漬物や味噌がおかずとして添えられる。生命に直結した食の工夫を聞くと、先達に対する畏敬の念がわいてくる。

 町場と農村には、お楽しみもあった。寺社の祭りとともに、相撲の巡業はその一つ。ハレの日に人々は、ここぞとばかりに弁当箱におかずを詰めて、娯楽にいそしんだ。

 朝の茶粥に添えられた塗の弁当箱は、中谷が町の人から、そのような思い出とともに譲り受けた品。蓋を開けると、五條産の材料を使った心尽くしのおかずが並んでいる。質素をまといながら、剛毅で奥深い奈良がそこにはある。 

 ある日の朝ごはんは次の通り。

 

〇炊き立ての茶粥

 五條は新茶が流通しない土地だったので、粥は番茶で炊いていた。野趣ある香りを活かしながら、毎朝、米から丁寧に炊き上げる。

〇漬物:紫大根のピクルス、生姜の甘酢漬、高菜古漬、3年奈良漬

 五條にはユニークな野菜作りに打ち込む農業人がいる。それらの生産者たちと連携して、旬の野菜を保存食に作り直していく。奈良定番の奈良漬は、じっくりと熟成させたひと品。

〇梅干し

 地域のお母さんたちがグループを組んで、梅干しや漬物を作っている。素朴でやさしい味わいを、積極的に朝ごはんで紹介。

〇金山寺味噌

 麦、米、大豆で作る金山寺味噌も、地域のお母さんたちによる手作り。梅干しや味噌は、JAの販売所でも入手できる。

〇あわびたけの煮〆

〇寒〆ほうれん草のごまあえ

〇芽きゃべつの湯通し

 さり気ない小品だが、茶粥の味わいを引き立てるよう、料理人の腕と計算が入ったもの。

〇厚揚げ

 五條新町にある豆腐屋さんの厚揚げ。五條には古くから続く醤油の醸造元や蔵元もあり、地域の食文化が累々と受け継がれている。

塗の椀と2段の弁当箱。あしらいの侘助椿が奥ゆかしい

弁当箱には茶粥を引き立てるおかず

おかずは、手をかけた漬物や味噌が10種類

(文中敬称略)

取材・文:清野由美 撮影:楠本涼 シリーズ題字:金澤翔子(書家)

<情報>

旅宿 やなせ屋

〒637-0041 奈良県五條市本町2-7-3
電話 0747-25-5800
ウェブサイト http://yanaseya.info/
宿泊予約については、電話で問い合わせのこと。

五條 源兵衛

〒637-0041 奈良県五條市本町2-5-17
電話 0747-23-5566
ウェブサイト http://genbei.info/

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