ニッポンの朝ごはん

「五條 源兵衛」中谷曉人-江戸時代の町並みの中で「五條野菜料理」を創り出す

暮らし

奈良と和歌山の県境。奈良県五條市にある新町通りは、江戸時代に交通の要衝として栄えた紀州・伊勢街道の名残だ。狭い道の両脇には、時を経た重厚な商家建築が軒を連ねる。その通りに、地場の野菜と保存食の魅力を追求する日本料理店「五條 源兵衛」がある。
中谷曉人(なかたに あきひと)

「五條 源兵衛」料理長。

1980年和歌山県橋本市生まれ。和歌山県立橋本高校、奈良調理短期大学卒業。奈良県内の料亭などで修業を経た後、2010年に「五條 源兵衛」の料理長に就任。五條のまちづくり会社「あすも」の役員として、新町通りの一棟貸しの「旅宿 やなせ屋」の運営にもあたっている。

 

現代とは時間軸が異質なまち

 ロードサイド店が並ぶ国道から一歩入ると、目の前に古い町並みが出現し、一瞬にしてタイムスリップ気分に陥った。

中谷曉人(以下、中谷) 五條は徳川時代に天領だった場所です。僕が店を構える新町通りは、大阪と紀伊を結ぶ交通の要衝で、かつては西に向かう道が紀州街道、東に向かう道が伊勢街道と呼ばれていました。幕府がこの街道に商人を集めて、無税で商売をさせたことで、人と物資の往来はますます盛んになったといいます。

 まちに流れる吉野川は、奥吉野から切り出した木材を、都市に運ぶ水運を担っていました。十津川方面には銅山もあって、一攫千金を狙う山師たちが跋扈(ばっこ)したそうです。宿場町だった五條には花街もできて、林業、水運業や商売で大儲けした旦那衆とともに、多いに栄えました。

 僕が料理長を務める「五條 源兵衛」は、そのような栄華を留める築250年の木造町家です。そう話すと、多くの方が驚かれるのですが、五條には建築年代がわかっている中では、日本で最古といわれる民家の「栗山邸」も残っています。棟札に慶長12年(1607年)の銘がある、ということは築400年以上ですよね。ほかにも界隈(かいわい)には豪壮な古民家があり、現代の日本人が持っている感覚とは、ちょっと異質の時間が流れています。

 中谷の肩書は、まちおこしを目的とした株式会社「あすも」の「代表取締役料理長」。少し変わった役職の背景には、五條新町におけるまちおこしの経緯がある。

中谷 僕は五條市ではなく、隣の和歌山県橋本市の出身です。小学生のころから料理に強い興味を持っていて、中学に進むことすら惜しいと思えるほど、早く修業に出たかった。高校は地元の進学校に通いましたが、みんなが大学に行く中、僕一人、料理の道に進むことに何の迷いもありませんでした。

 奈良県内の料亭などで修業をした後、五條で割烹料理店の料理長をまかされました。五條で仕事ができることが、とにかくうれしかったですね。なぜなら五條には町並みとともに、奈良の奥深い食文化があったからです。

 実家のある橋本は新興住宅地で、古い建物や店、年代もののうつわ、道具などに触れる機会は少なかった。ところが、JRでわずか4駅の五條に行くと、江戸時代の建物が並んでいて、雰囲気がガラッと変わるのです。

 繁盛する割烹料理店にある日、県庁の職員が訪れて、「新町で面白い計画があるから、そこで店をやりなさい」と、中谷に声をかけてきた。

中谷 いや、お得意さんではなく、見ず知らずのお客さんです(笑)。

 話をうかがってみると、新町で地元の有志がまちおこしの会社を立ち上げて、江戸時代から続く町並みを保存、活用しようという動きがありました。その会社が「あすも」で、目玉プロジェクトが「源兵衛」だったのです。

「源兵衛」の屋号は、江戸期にこのまちで庄屋を務めていた中屋源兵衛から拝借しました。建物は、江戸時代に刻み巻きタバコを商っていた家です。代々、家を継いできたご当主が亡くなり、取り壊しの危機に瀕していたところ、地元の「柿の葉すし本舗たなか」の創業者、田中修司さんが、町並み保存のために家を買い取られました。その建物を「あすも」が借り受けて、飲食店を経営することになったわけです。

 まちおこしはNPOが担う例が増えていますが、「あすも」ではあえて経済性、採算性の責任を重視するために、株式会社の組織にしていて、僕にはそれがいい形だと思いました。そこで、「ぜひやらせてください」と、手を挙げたのです。

「五條 源兵衛」の外観 白いのれんが清々しい。「源兵衛」の文字は、江戸期の庄屋、中屋源兵衛の筆跡

40種類以上の採れたて野菜を料理

「源兵衛」の料理長に就任はしたものの、最初は夢ばかり大きくて、地域のもてなしの流儀と、自分がやりたいことのギャップに苦しんだという。

中谷 五條は歴史ある場所ですので、食も暮らしも、どうしても保守的になります。ご馳走といえば、鯛の尾頭付きや鮪(まぐろ)のお造り、という世界。「源兵衛」でも、まちおこしの目玉となる飲食店なら、100席ぐらいの居酒屋にしたらいいんじゃないか、という意見が最初は支持されていました。

 でも、僕の考えは違いました。昭和時代はハコが大きくて、大量のものがありがたかったけれど、モノと情報があふれる今は、普段の生活こそが、かけがえのないものです。五條ならば、農業にも古い歴史があり、奈良ならではの野菜を作る農家さんがいらっしゃいます。そのような農家さんと直接つながって、採れたての野菜をいただくことの方が、ずっと贅沢です。

「五條にしかできないことをしませんか?」 僕はよそ者ならではの目で、そう言い続けました。

「あすも」では、「源兵衛」の向かいにある築100年の町家を五條市から借り受けて、一棟貸しの宿「やなせ屋」を運営する話も、同時に進んでいた。

中谷 以前は地元のお医者さんが住んでいらした家で、敷地内には日本家屋と蔵、そして前庭があります。宿泊のお客さまには、鍵をお渡しして、一棟全体を暮らすようにして楽しんでいただこうというコンセプトです。

「源兵衛」は、アレックス・カーさんが空間の監修をされていました。アレックスさんは、古民家を再生するならば、昔の様式を留めながら、キッチンとお風呂など水回りを現代的に整える――というように、美的な観点と合理性のバランスを取ることに鋭い視点をお持ちでした。レストランについても同様で、「どこにでもある『ご馳走』ではなくて、この土地ならではのもの、五條ならではの価値を追求するべき」とおっしゃっていました。孤軍奮闘が続いてヘコんだ時は、アレックスさんの言葉と姿勢を思い出して、励みにしていました。

「五條 源兵衛」の店内

愚直に食を守る奈良の文化

 中谷の料理は日本料理の基本を守りながら、小手先の技や料理人の自己主張に陥らず、あくまでも地場産の素材や保存食を主役に立てる。

中谷 「源兵衛」は、昼と夜にお料理をお出ししていますが、野菜は毎回、採れたてを40種類以上使います。

 山も川も畑もある五條では、「交換する文化」が根付いています。野菜をはじめ、鮎、猪肉、鹿肉といったジビエがあり、米も近所でとれる。ここには本来の意味での豊かな食が根付いているんです。

 その中で僕のこだわりは、「五條野菜料理」と名付けた、野菜だけの日本料理フルコース。もちろん肉も魚もおいしいのですが、あえて野菜しか出さない、という強い決意をこのコースには込めています。

 原点には農家さんの畑でかじった野菜の鮮烈な味があります。路地ものの大根や、その大根葉の新芽など、苦味と甘味が強いんです。

 ここの栽培農家には、きわめてユニークな方々がいらっしゃいます。たとえば田中香代子さんは、もとは着付けの先生。年間400種類もの野菜を育てている畑は、色とりどりでそれは美しい。芳田忠男さんは製薬会社のサラリーマンから転身した方で、自然農法で在来種の野菜を守っています。

 ほかにもアスパラだけ作る農家さん、いちじくだけ作る農家さん。それから「芽」だけを育てて、収穫してくださる農家さん。三つ葉、ピーテンドリル、芽ネギに似ているエルバステラの新芽など、一つひとつに手がかかったものばかりで、なんて贅沢なんだろうと思います。

 奈良には醸造食品を愚直に作っておられる老舗も多い。まちで140年以上続く「ナカコ醤油」もその一つですし、創業から300年の日本酒蔵元「山本本家」は、研究熱心な姿勢に頭が下がります。五條で唯一のお茶屋さん「藤田茶園」では、茶畑の茶を自家焙煎して、ほうじ茶に仕立ててくださっています。

 それらはみな、地域のかけがえのない「コンテンツ」なんです。

料理に使われる地場産の野菜 「五條野菜料理」フルコースの一つ、花びら餅を模した一品。大和芋を、赤かぶの「桃の助」で包んである 路地もの大根、大根葉の新芽と肉厚の椎茸 釜炊き湯葉。根付きのセリを潤沢に合わせる さっぱりと炊いた黒豆の旨煮は、ピーテンドリルの新芽を合わせ、吉野葛の餡をかけて 野菜の炊き合わせの上に、レタスの仲間であるエルバステラの新芽を添えて 食器はこの家の蔵に所蔵されていたものを使用

 新町のすぐ隣には、吉野川が悠揚とした流れを見せる。夕暮れ時に川べりを歩いていると、散歩をしていた土地のおばあちゃんが、立ち止まって道を譲ってくれた。礼を言うと、「風邪、ひかんとき」と、やさしい言葉が返ってきた。

中谷 五條は情が厚い土地です。歴史が積み重なっている土地ですので、あけっぴろげというわけではありませんが、通りでおばあちゃんや子どもたちと行き交うと、必ず挨拶をしてくれる。僕のように、ここに住んでいる者だけでなく、旅の人たちにも対しても同じです。その意味で、保守的というより「古風」という言葉がぴったり。そんな土地に、僕も根を下ろしていきたいと思っているのです。

新町通りは国の重要伝統的建造物保存地区 江戸時代の名残を感じる 節分には、民家の玄関にいわしの頭と柊(ひいらぎ)が 蔵元の建物がある路地 夕暮れの吉野川

(文中一部敬称略)

取材・文:清野由美 撮影:楠本涼

<情報>
五條 源兵衛

〒637-0041 奈良県五條市本町2-5-17
電話 0747-23-5566
ウェブサイト http://genbei.info/

旅宿 やなせ屋

〒637-0041 奈良県五條市本町2-7-3
電話 0747-25-5800
ウェブサイト http://yanaseya.info/
宿泊予約については、電話で問い合わせのこと。

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