観光

2018/6/11

石見銀山「他郷阿部家」の朝ごはん

異郷にありながら、故郷のように客を迎える朝ごはん

<献立>

  • 梅干し2種
  • 旬野菜のお浸し
  • 笹ガレイ
  • 温玉子
  • 自家製ちりめん山椒
  • 柚子入り金山寺味噌
  • うどん豆腐のおつゆ
  • 出雲神結米の白粥
  • 重湯
  • 漬物3種
  • 果物

 出雲大社や空港がある出雲市から車で西へ。山陰の穏やかな光がどんどんと陰影を増し、田畑の眺めが山里に変わった先に、世界遺産として知られる島根県大田市大森町、通称「石見銀山」のまちがそっと姿を現す。

 そんな山間のまちに、宿のような、懐かしい故郷の家のような、不思議な味わいの場所がある。玄関の土間に降り立つ客を迎える言葉は「いらっしゃいませ」ではなく、「おかえりなさい」。奥の台所をのぞくと、ああ、母が、祖母がここで待っていてくれたんだ……という錯覚に陥ってしまう。

 この家は、江戸時代に銀山付き役人として、甲斐国(現在の山梨県)から赴任した阿部清兵衛の屋敷跡。築230年ほどの家は、質素なたたずまいながら、迎えの間の襖(ふすま)を開けると、奥に畳の間が出現し、その襖を開けるとまた畳部屋が現れ、と、随所に武家屋敷のすごみを宿す。

江戸時代に栄えた街道の町並みが今もそのまま残る

「暮らす宿 他郷阿部家」

玄関前の庭

玄関脇の迎えの間では、四季折々の草花が活けられて。春は根付きの菜の花がすっくりと

 1975年に島根県から史跡の指定を受けた建物は、それでも過疎が進むまちの中で、長い間、空き家になっていた。その家を買い取り、10年の月日をかけて、人を迎え入れる空間に丹精していったのは、このまちでアパレル事業を営む松場登美だ。

 登美は三重県に生まれ育ち、名古屋暮らしを経て、81年に夫の故郷である大森町に移り住んだ。以来、江戸時代の町並みがそのまま残るこの地を舞台に、「復古創新=古きを活かし、新しきを創り出す」日々を実践してきた。

 阿部家の改修で念願としたのは、台所に「おくどさん(かまど)」を再現すること。かまどに火をくべ、ごはんを炊き、縁あってここに集った人たちと食卓をともにする。夜は炊きたてごはんの塩むすび、朝は真っ白なお粥。パチパチと火がはぜる音を聞くと、ほろほろと心がほどけ、初対面同士でも話が弾んでいく。

朝の台所を担当する松島周(あまね、手前)を、松場が見守る

経験を積みながら、水加減、火加減を身に付けていく

二人でキビキビと立ち働きながら

朝ごはんの食卓を作っていく

「他郷」とは異郷にありながら、自分の故郷のように温かく迎え入れてくれる場所、という意味を持つ。ある朝の献立は次のようだった。

〇梅干し2種

「5年熟成」と「落ちない大吉の梅干し」。

味比べも楽しい2種類の梅干し

〇旬野菜のお浸し

菜の花と青梗菜(ちんげんさい)とほうれん草としめじ。

〇笹ガレイ

日本海側はカレイ、ノドグロ、バトウダイ、鯵などが多く獲れる。一夜干しにした笹ガレイが、上品で濃い味わい。

笹ガレイは山陰の近海産

〇温玉子

地元の平飼い鶏の玉子を使用。

〇自家製ちりめん山椒

奥出雲産の早摘み実山椒は香りよく、その香りが口一杯に広がる。

〇柚子入り金山寺味噌

金山寺味噌は柚子皮をしのばせることによって、甘味の中に爽やかさを加える。

〇うどん豆腐のおつゆ

石見銀山の辺りでは普段から、木綿豆腐を水切りして、うどんのように細長く切った「うどん豆腐」を、つゆ仕立てで食す。江戸時代から伝えられている食べ方で、豆腐の食感を楽しむものという。

名物のうどん豆腐

〇白粥

出雲市の結(むすび)地区は、水がきれいで豊かな土地として出雲風土記にも登場する土地。その地区で収穫される「出雲神結米」は、収量は少ないながら、東のコシヒカリと呼ばれるほど、おいしさに定評がある。真っ白なお粥に、神話の地である島根・出雲の神聖なイメージが重なる。

〇重湯

白粥を炊いている最中、鍋のフタにふつふつと上がってくる重湯は、栄養価、風味ともに満点。

〇漬物3種

葉わさびのしょうゆ漬、きゅうりのしょうゆ漬(どちらも自家製)、そして地元のおばあちゃんが作る麹漬の沢庵。

手前からきゅうりのしょうゆ漬、沢庵、葉わさびのしょうゆ漬

〇果物

大田市産の苺「かおり」。

〇こおか茶

地元で飲まれているカワラケツメイを使った野草茶。

(文中敬称略)

取材・文:清野由美 撮影:楠本涼 シリーズ題字:金澤翔子(書家)

<情報>
暮らす宿 他郷阿部家

〒694-0305 島根県大田市大森町ハ159-1
電話 0854-89-0022
ウェブサイト https://kurasuyado.jp/takyo-abeke/