観光

2018/7/11

朝ごはんも、デザインも、ビジネスモデルも、すべてにクリエイティブな革新を-UDS 会長・梶原文生

スクラップ&ビルドが主流の日本で、リノベートした古い建物こそがカッコいいという、新しい価値をホテルシーンに持ち込んだ。「アート&カルチャー」を媒介にした現代のホテルは、地域を活性する核にだってなる。根底にあるのは、クリエイティブな挑戦を続けてきた起業家精神だ。

梶原文生

UDS株式会社代表取締役会長。1965年、東京都生まれ。東北大学工学部建築学科卒業。1992年にUDSの前身となる「都市デザインシステム」を設立。企画・設計・運営を一貫して手がける手法で、ホテル、ホステル、シェアハウス、カフェ、コワーキングスペースなどを展開。「デザイン」と、事業性と社会性を実現する「しくみ=『システム』」で、豊かで楽しい「まちづくり」を目指す。

 

新築ではなく、リノベーションがカッコいい

 梶原文生が会長を務める「UDS」は、通常、それぞれ別の企業が担うことの多い「企画」「設計」「運営」を一気通貫で手がけることで、今の時代の顧客ニーズにフィットしたプロジェクトを実現している。その象徴的な例が、2011年に開業した「ホテル アンテルーム 京都」だ。

梶原文生(以下、梶原) 「ホテル アンテルーム 京都」は、もとは予備校の学生寮だった建物です。少子化が進む日本では、予備校経営の先行きが見えにくい。クライアントにとって、既存の建物資産をいかに活用するかという課題が浮上して、UDSにご相談いただいたプロジェクトです。

 計画当時、アンテルームが立地する京都駅の南側は、駅から近い場所なのに、カフェやホテルなど、地域を活性する場がほとんど見られませんでした。私たちはホテルを起爆剤にすることで、人の流れを作るようにしたいと思いました。

 私自身は学生時代に建築を学んだ、デザイン畑出身の人間です。建築の設計者にとっては、新しいビルを一から建てることは魅力があります。しかし、日本にはすでにコンクリートの建物があふれています。それらのコンクリートビルは、50年から100年もつといわれています。人口が減っている日本で、これ以上コンクリートの建物を作る必要はないのではないか、という問題意識は根底にありました。

 同時に強く感じていたのが、環境に対する意識です。建築に携わるのなら、できるだけ環境への負荷を低くしたい。だとしたら、あるものを活かす道がいい。

 アンテルームでは、古い建物をスクラップ&ビルドではなく、コンバージョン(転換)とリノベーション(再生)の手法で活かすことに取り組みました。「古いからこそカッコいい」という価値の転換を目指したかったのです。

「ホテル アンテルーム 京都」の外観

朝ごはんにも「アート&カルチャー」を

 アンテルームでは、価値転換のコンセプトを「アート&カルチャー」に据えた。彫刻家の名和晃平が一部のアートディレクションを手がけ、館内にアート作品を設置し、アーティストが手がけた客室も用意。ホテルだけでなく、長期滞在に対応するサービスアパートメントを付帯させて、「アーティスト・イン・レジデンス」(アーティストが滞在しながら作品づくりをする場)も実践した。それらに加えて、力を入れたのが朝食である。

梶原 運営側から言いますと、朝食は毎日決まったメニューを繰り返す方が効率はいいんです。だから全国どこでも、ビジネスホテルの朝食は似た内容になりがち。でも、利用する側はその状況に、本当に満足しているのだろうか。そんな疑問が私たちにはありました。

 ですからアンテルームでは、ビジネスホテルの価格帯を維持しながら、朝食を毎日クリエイティブに更新していくことにこだわっています。

 通常、ホテルの食事は夜がメインと目されていますよね。でも、そういった世の中の思い込みもアップデートしてみたい、という思いもありました。近年、インバウンド観光客の劇的な増加で、ホテル市場にもシフトチェンジが起きています。厳しい競争の中で必要なことは、効率よりもお客さまに喜んでもらえることへの感度ではないでしょうか。

 おいしい朝ごはんを食べると、それだけで元気になって、いい一日が始まります。お客さまはチェックアウト直前に朝食を召し上がるので、滞在の印象にも影響します。朝ごはんを楽しまれれば、チェックアウトの時も「また来よう」という気持ちになってくださると思うのです。そうすると、スタッフのモチベーションが上がりますし、スタッフが気分よく仕事することができれば、ホテル全体の雰囲気がよくなります。

「ホテル アンテルーム 京都」のロビーギャラリーでは、アートイベントもひんぱんに催される

 UDSは2003年に手がけた東京・目黒のリノベーションホテル「CLASKA(クラスカ)」で、その後、日本国内に続くリノベーション、コンバージョンの流れをいち早く手がけた。

梶原 「クラスカ」の立地も、都内でありながら、都心からも駅からも、微妙にはずれた場所ですが、建物が面する目黒通りは、個性的なインテリアショップが並び、近隣にはクリエイターが多く住んでいました。建物は昭和時代に建てられたホテルで、いささか古びていましたが、最初に見た時に「ここならまちづくりの核となるホテルが作れる」と、ピンと来ました。

 リノベーションの時に、客室やロビーといった従来の機能だけでなく、カフェやギャラリー、ドッグトリミングサロンやワークスペースをホテルに入れ込みました。それが、まちの方々が訪れる「しくみ」となり、おかげさまで宿泊ゲストだけにとどまらない、たくさんの方々にご利用いただける場になりました。

 クラスカでは、ホテルを提供する側が新しい価値を具現化して、それをお客さまに楽しんでいただくことの大切さを実感しました。ホテルの設計や運営は厳しい仕事ですので、お客さまの満足がないと、私たちにしても気持ちが続いていかないのです。

マイナスがある時こそチャンス

 そんな梶原の出発点は、新卒で就職した「リクルートコスモス(当時)」での経験にあるという。

梶原 私は高校生の時から、将来、起業することを決めていました。一日も早く社会に出たかったので、大学に行く必要は考えていませんでした。しかし、経営者になるためには体力、精神力、組織をまとめる力が必要です。それらを身に付けるために、大学の体育会に入ろうと考え、当時ボート部の強豪だった国立の東北大学に入りました。

 就活時は独立を見越して、小さな会社で3年間、修業をさせてもらおうと決めていました。そうすれば短期間にいろいろなことを覚えられると発想したのです。その意味でいうと、リクルートは大きな看板でしたから、自分の希望には合わなかったはずでした。ただ、ちょうどリクルート事件が起きて、会社としてとても大変なタイミングだったので、「入るならここだ」と、考えが変わりました。

 なぜなら、「悪い時をどう立て直すか」ということを、現場で、勉強させてもらえる絶好のチャンスだと思ったからです。そういった逆張りの思考が私にはありますね。

 新卒入社した会社では、設計部門で1年、営業部門で1年、企画部門で1年働き、起業にいたるベースを作った。

梶原 会社員時代には、同じ会社であっても「企画」「設計」「営業」それぞれの部門に壁があることに、改善の余地をひしと感じました。たとえば「企画」「設計」に携わる人は、デザインのアイデアを持っていても、営業に話すと、「それ、採算が合わないんだよね」のひと言で会話が終わってしまう。

 一方で、営業の人たちは設計技術が分からないから、顧客や現場の声を、設計の方に翻訳して伝えていくことが、なかなかできない。

 クライアントとのコミュニケーションでも同様です。通常、企画・設計畑の人間が、クライアントと事業採算性の話をすることは一般的ではありません。でも、デザインや技術だけでなく、経営そのものを知らないと、的確な設計に結び付けていくことはできないのです。

 企画者、設計者であっても、運営を理解した上でなければ、クライアントに満足してもらえるホテルはできない――そのような考えのもとで、私たちは、「企画」「設計」「運営」を一気通貫で担うしくみにこだわってきました。その経験、強みを生かして、現在ではクラスカやアンテルームをはじめ、「ホテル カンラ 京都」「ホテル エディット 横濱」「ON THE MARKS KAWASAKI(オン ザ マークス 川崎)」「BUNKA HOSTEL TOKYO(ブンカ ホステル トーキョー)」など、比較的高単価なホテルからホステルまで、さまざまなスタイルの宿泊施設を手がけさせていただいています。

東京・浅草にある「BUNKA HOSTEL TOKYO(ブンカ ホステル トーキョー)」

JR川崎駅前にある「ON THE MARKS KAWASAKI(オン ザ マークス 川崎)」

横浜・桜木町にある「ホテル エディット 横濱」のロビー

「ホテル エディット 横濱」内にあるレストラン「ラグー&ウイスキーハウス」。ここでも朝食ビュッフェが人気

中国の将来性もいち早く予見し、「MUJI HOTEL 北京」で協業

 梶原自身は中国を有望な市場を見据え、北京と上海に7年間暮らし、今年、日本に帰ってきたばかりだ。

梶原 大きなマーケットには、早い段階で出ていかねばならないと考えて、2006年に中国で初プロジェクトを手がけ、13年に現地法人「誉都思(ユードゥースー)」を設立し、北京と上海に事務所を立ち上げました。実は、北京と上海での体制作りは5年計画で、と予測して、その次は東南アジアのマーケット開拓に取り組む予定でしたが、中国は想像以上に手強くて7年かかりました。

 実際に中国で働いてきた中で、中国人スタッフの優秀さを実感しています。真面目で、熱く、競争環境の中で、やる気に満ち溢れています。ホテル事業に限らず、これからは中国が世界のビジネスを変えていくと思います。たとえば中国ではAI(人工知能)の基礎研究が、国際社会の中でも先行しています。では、そのように伸びていくアジアの中で、私たちはどうやっていけるのか。最先端の技術でも、もちろんがんばることができますが、日本得意のものづくりやクリエイティブ、そしておもてなしの分野こそが、日本ならではの強みだと感じています。

 北京では6月30日、無印良品(良品計画)ブランドの「MUJI HOTEL 北京」が開業しました。これは無印良品のコンセプトの下、UDSと誉都思が協働で企画・内装設計・運営を行う初案件になります。

 こちらでも、もちろん朝食に力を入れます。ホテルの朝ごはんの概念を変えていこうと、いろいろ企画している最中です。

「MUJI HOTEL 北京」の入口

「MUJI HOTEL 北京」のブックラウンジ

「MUJI HOTEL 北京」の客室

梶原文生UDS会長

(文中敬称略)

取材・文:清野由美 インタビュー撮影:猪俣博史 写真提供:UDS(ホテル アンテルーム 京都ほか)、良品計画(MUJI HOTEL 北京) 

<情報>
ホテル アンテルーム 京都

〒601-8044 京都府京都市南区東九条明田町7
電話 075-681-5656 ファクス 075-681-5655
ウェブサイト www.hotel-anteroom.com