ニッポンの桜

ニッポンの桜を見に行こう:専門家が伝授する花見の楽しみ方

桜が開花すると、日本列島は花見の話題で持ちきりとなる。桜はなぜこれほどまでに人々を夢中にさせるのか。桜の魅力や楽しみ方について、「公益財団法人 日本さくらの会」の浅田信行さんに聞いた。

春の到来を告げる桜前線

春が近づくと、日本人は桜の開花を心待ちにする。桜が花開くと、冬の終わりと春の訪れを感じ、心が浮き立つのだ。

東京・目黒川沿いの桜。水面の「花筏」の素晴らしさが感じられる名所

「染井吉野(ソメイヨシノ)は、比較的濃いさくら色のつぼみの状態から、三分咲き、五分咲きと花が開いてゆくにつれて、淡い紅白色に変化していく。こうした色の変わる様を楽しむのも、味わい深いものだと思います。風に吹かれて散った花びらが地面を走るところも何とも言えぬ風情を感じさせるでしょう。水面に浮かぶ花筏も素晴らしいと感じます。さくらの花が咲いているのはわずか10日間ほどですので、満開の時だけでなく、さまざまな時の表情を楽しんでほしいですね」

桜の多様な楽しみ方を提案するのは、「日本さくらの会」の浅田信行事務局長。桜の寄贈事業を中心に、その保護や普及に力を入れている同会は、花見シーズンの旅程を決めるのには欠かせない「さくらの名所100選」を推薦することでも知られる団体だ。浅田さんは、寄贈前の桜の管理や調査、植栽先での環境調査や植栽指導に当る「樹木医」でもある。

日本さくらの会の浅田信行事務局長

東京・皇居のお堀、千鳥ヶ淵で、ボートから水上の花見を楽しむ

桜への想いが豊富な品種を生み出した

桜は日本全国どこにでもある。ソメイヨシノの「桜前線」は日本列島を約1カ月で北上していく。ゆっくりと、あるいは、あっという間に。桜前線はソメイヨシノの開花が同じ地点を結ぶ線で、満開になるのは5〜10日後が目安である。九州や四国、そして東京では3月下旬に開花し、4月下旬に青森と北海道の間にある津軽海峡を越える。一方、九州の温暖な地域では、ヤマザクラが2月下旬には開花する。九州の春は3月前に到来するということになる。

ソメイヨシノの花

ソメイヨシノは日本で作られた品種だが、桜はネパール、中国、日本、米国に野生しており、それらから数多くの品種が発見され、育生が行われてきた。

「植物は、野生種と園芸品種に大別されます。さくらは、日本では、ヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガンなど9種に、沖縄にあるカンヒザクラを加えて10種の野生種があります。中国では約30種の野生種が存在すると言われます。日本のさくらが世界で注目されるのは、多種多様な園芸品種が作出され、保存されてきたからではないかと思います。こうした多様なさくらが生み出されたのは、日本人がこの花をこよなく愛し、そこに艶(あで)やかで儚(はかな)い想いを感じたからに他なりません」(浅田さん)。

しかし、中国からの渡来文化が中心であった奈良時代、和歌で「花」といえば梅のことで、まだ、桜を意味するものではなかった。平安時代になると、桜の素晴らしさが認知され、和歌や物語文学、絵巻物などに数多く登場するようになった。京都御所の紫宸殿(ししんでん)前庭に植えられている「左近桜(さこんのさくら)、右近橘(うこんのたちばな)」も、元々は「左近梅」だった。枯死したのをきっかけに、桜の木に植え替えられたそうだ。その後、室町、戦国時代になると、はなといえば桜を指すようになった。江戸時代になって品種改良がすすみ、末期にソメイヨシノが誕生。丈夫で大きく、咲き方が華やかに感じられたために、全国的に普及した。その結果、桜が日本を代表する花と言われるようになったのではないかと考えられている。

京都・円山公園のしだれ桜。しだれ桜は、エドヒガンの一種

自分だけの桜に出会うために

どこに花見に出掛けようかと迷ったら、1990年に選定された「さくらの名所100選」が参考になる。東京であれば台東区の「上野恩賜公園」や江戸時代から続く名所「隅田公園」、50種約1700本の桜が楽しめる「小金井公園」などが名を連ねている。

「みなさんの身近にある名所に気づいてもらいたいという思いを込めて推薦しています」と浅田さんは言う。選定基準には、「さくらが周辺の環境とよく調和し、著しく自然景観を向上させている」「保護管理体制が整っている」などという項目が含まれ、単なる優劣を決めるランキングではない。日本さくらの会では他にも、100選のほか50カ所を推薦した『別選さくら名所』や、1990年以降に注目されるようになった『その他の名所』もホームページなどで紹介しているので、そちらもチェックしたい。 

東京・隅田公園での花見風景

今や、花見のために訪日する外国人旅行者も少なくない。最後に、限られた日数の中で、どのように桜を観賞すればいいのかを訪ねた。

「花を眺めるだけでなく、皆でワイワイとその場の雰囲気を楽しむのが日本の花見の文化なのです。さくらが美しいとされる背景には、花単体の美しさだけでなく、日本人の生活文化との関わりを見逃すことができません。それを感じ取っていただけたらと思います。そして、さくらの名所だけでなく、滞在先の近くに咲く1本のさくらに着目してみてください。早朝や昼間、夜などによって、見え方が変わってきます。自分自身の思い出に残るさくらの木を見つけて、旅のお土産にしてほしいですね」(浅田さん)

京都・祇園白川の桜

取材協力=公益財団法人 日本さくらの会

文=阿部 愛美
撮影=コデラ ケイ
(バナー写真=東京・目黒川沿いの桜)

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