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2018/6/12

『両国花火』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第11回

歌川広重「江戸名所百景」では第98景となる『両国花火(りょうごくはなび)』。現在のカラフルなものとは違い、「和火」と呼ばれた落ち着きのある花火が江戸情緒を感じさせる1枚である。

納涼の最終日を告げる風情あふれる花火

江戸時代の両国では、旧暦の5月28日の川開きから8月28日の川仕舞(じまい)までが川涼みの期間で、その始めと7月10日、そして終わりに花火が上がったという。この絵は目録で秋の絵とされているので、川仕舞の花火だと考えられる。

元絵は、両国橋西詰の上流側から下流を眺めた構図で、奥の川岸は「安宅(あたけ)」と呼ばれ、幕府の御舟蔵(いわゆる軍港)のある辺りだった。夜は真っ暗であろうし、旧暦28日は月も出ていないので、この位置からの花火はさぞ美しく見えたことだろう。

写真は隅田川花火大会で両国橋の川下から撮影した。しかし、打ち上げ場所が両国橋から遠く、橋を画面に納めながら花火を大きく写すには望遠レンズで捉えるしかなかった。そのために、絵のように橋を長くフレームに収めることはできなかったが、かえって見物客でにぎわっている様子が収められた。当世は色とりどりの花火が上がるが、江戸風情が感じられるシンプルな花火が写っている1枚を作品にした。

●関連情報

隅田川花火大会

江戸時代には納涼の名所として知られた両国。旧暦の5月28日から8月28日の間は、通常日没頃までの営業しかできない両国橋付近の飲食店に夜半までの開店が許され、屋形舟を出すことも許可された。その初日には「両国の川開き」と言われる水神祭が行われ、花火が打ち上げられた。この花火は中断をはさみながら1733(享保18)年から1961(昭和36)年まで続き、1978(昭和53)年に「隅田川花火大会」として復活した。現在は、例年7月の最終土曜日に開催され、約2万発の花火が夜空を彩り、東京を代表する花火大会の一つとなっている。

浮世写真家 喜千也「名所江戸百景」――広重目線で眺めた東京の今
「名所江戸百景」は、ゴッホやモネなどに影響を与たことで知られる浮世絵師・歌川広重(うたがわ・ひろしげ)の傑作シリーズ。 安政3年(1856年)から5年にかけて、最晩年の広重が四季折々の江戸の風景を描いた。大胆な構図、高所からの見下ろしたような鳥瞰(ちょうかん)、鮮やかな色彩などを用いて生み出された独創的な絵は、世界的に高い評価を得ている。その名所の数々を、浮世絵と同じ場所、同じ季節、同じアングルで、現代の東京として切り取ろうと試みているのが、浮世写真家を名乗る喜千也氏。この連載では、彼のアート作品と古地図の知識、江戸雑学によって、東京と江戸の名所を巡って行く。

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