『浅草金龍山』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第25回

歌川広重「名所江戸百景」では第99景となる『浅草金龍山(きんりゅうざん)』。師走の浅草を、朱色と白のコントラストで表現した美しい1枚である。

普段はにぎわう浅草寺が雪と静寂に包まれる

金龍山は、「観音さま」と呼ばれて江戸の人々に親しまれてきた浅草寺の山号である。師走の浅草を描いた浮世絵には、1217日と18日の「歳の市(としのいち)」を題材にしたものが多い。正月用の品々を商う露店が立ち並び、「押すな、押すな」と言わんばかりの群衆が喧騒を感じさせる。

広重も参詣客でにぎわう歳の市の絵をいくつか残している。しかし、名所江戸百景のこの絵は、歳の市が終わった後なのか境内には人もまばらで、雷門大提灯(ちょうちん)の下から望む雪景色からは静寂さが感じられる。

広重が歳の市のにぎわいを描いた『六十余州名所図会 江戸 浅草市』
国立国会図書館所蔵

江戸百景には8つの雪景が含まれるが、近年の東京では雪が積もることは少なかった。旧暦の師走にあたる20181月に久しぶりの大雪が降ったので、私は撮影のために6カ所も巡る忙しい1日を過ごした。

周知のことだが、今の浅草は世界中から観光客が訪れ、いつでも縁日のようなにぎわいだ。特に雷門の大提灯の辺りは、最も人気の撮影スポット。雪が降っていても次から次へと人が押し寄せるため、静寂さが感じられる状況を写すのは難しい。雪の中で長時間待ち、10人ほどの集団が記念撮影を終えて立ち去った瞬間にシャッターを切った。作品の数秒後には、別の集団が大提灯の下を埋め尽くしていた。

●関連情報

浅草寺 歳の市・羽子板市

浅草寺は、観音菩薩(ぼさつ)の縁日となる毎月18日ににぎわいをみせるが、特に12月は「納めの観音」と呼ばれて最も多くの人が訪れる。江戸時代には12月の17日と18日の2日間、正月用の神棚、しめ縄、三方(さんぼう)、たい、えび、昆布などの食べ物、凧(たこ)や羽子板といった縁起物を売る露店などが立ち並んだ。そのため、「歳の市」と呼ばれるようになったという。

羽子板は「邪気をはね返す」といった意味が込められた縁起物だが、人気役者の姿で飾ったものが作られると、歳の市で一番人気の商品になったそうだ。幕末ごろから、羽子板を女の子が誕生した家に贈る風習も根付いたことで羽子板店が増える中、正月用品は露店以外でも手に入りやすくなった。次第に呼び名も「歳の市」から「羽子板市」へと変化したという。

現在、正月用品はスーパーやコンビニでも買えるようになったが、今でも浅草寺の「浅草寺歳の市(羽子板市)」には多くの参詣客が訪れる。1217日から19日の3日間に開催日が延び、その年の世相を反映した羽子板を楽しく眺めながら正月用品や縁起物を購入することができる。

2017年の浅草寺羽子板市の様子(時事)

浮世写真家 喜千也「名所江戸百景」――広重目線で眺めた東京の今
「名所江戸百景」は、ゴッホやモネなどに影響を与たことで知られる浮世絵師・歌川広重(うたがわ・ひろしげ)の傑作シリーズ。 安政3年(1856年)から5年にかけて、最晩年の広重が四季折々の江戸の風景を描いた。大胆な構図、高所からの見下ろしたような鳥瞰(ちょうかん)、鮮やかな色彩などを用いて生み出された独創的な絵は、世界的に高い評価を得ている。その名所の数々を、浮世絵と同じ場所、同じ季節、同じアングルで、現代の東京として切り取ろうと試みているのが、浮世写真家を名乗る喜千也氏。この連載では、彼のアート作品と古地図の知識、江戸雑学によって、東京と江戸の名所を巡って行く。

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