『隅田川水神の森真崎』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第35回

歌川広重「名所江戸百景」では第35景となる『隅田川水神の森真崎(すみだがわすいじんのもりまっさき)』。桜越しの隅田川を、広重お得意の構図で描いた人気の一枚である。

見えるはずのない筑波山を橋のアーチで表現

近景の八重桜の花と幹を枠にして、遠景の隅田川と筑波山を描いた、広重らしい構図の絵だ。右下にある森に囲まれた神社は、隅田川の水神を祀(まつ)っている。向島から北西を向いて描いているので、隅田川対岸の入り江のような場所が橋場の渡船場で、広重が好んで題材にした景勝地・真崎(先)稲荷があった辺りである。

筑波山は江戸の北東に位置するため、本来、この方角に望むことはできない。江戸でも筑波山に近い向島近辺からの眺めが素晴らしかったので、広重は絵の中に描き入れたくなったのだろう。

水神の森は、隅田川神社として今も残り、地元では「水神さま」と呼ばれて親しまれている。現在は神社と隅田川の間に首都高速があるため、残念ながら同じフレームに入れて写すことはできない。隅田川神社の境内にヤエザクラが咲き始めた頃に出向き、隣接する東白鬚(ひがししらひげ)公園のソメイヨシノと共に撮影。隅田川に架かる水神大橋のアーチを筑波山に見立て、桜を手前に合成して作品とした。

 

関連情報

東白髭公園・汐入公園・向島百花園

江戸時代初期の花見といえば、品川御殿山と上野寛永寺が有名であった。それが、徳川8代将軍吉宗によってたくさんの桜が植栽されたことで、隅田川沿いも桜の名所に加わったという。吉宗時代の桜の木は枯死し、埋め立てや護岸工事などで川岸の位置も変わってしまったが、今でも隅田川近くには花見スポットが多くある。

墨田区堤通(つつみどおり)の隅田川神社の周りに、南北に広がる東白鬚公園がある。多くのソメイヨシノが植えられていて、春には大勢の花見客が訪れる。水神大橋でつながる対岸の荒川区南千住には汐入公園があり、こちらも隅田川沿いに数多くの桜が花を咲かせ、同様のにぎわいをみせる。

堤通の南側の墨田区東向島には、江戸時代の文人墨客が築いたという向島百花園もある。桜の木は30本程度と規模は小さいが、風情ある庭園で桜が観賞できると人気の花見スポットとなっている。

東白鬚公園のソメイヨシノ越しに見た隅田川神社の本殿。背後の首都高速道路・向島線の後ろに隅田川が流れている
東白鬚公園のソメイヨシノ越しに見た隅田川神社の本殿。背後の首都高速道路・向島線の後ろに隅田川が流れている

浮世写真家 喜千也「名所江戸百景」——広重目線で眺めた東京の今
「名所江戸百景」は、ゴッホやモネなどに影響を与たことで知られる浮世絵師・歌川広重(うたがわ・ひろしげ)の傑作シリーズ。 安政3年(1856年)から5年にかけて、最晩年の広重が四季折々の江戸の風景を描いた。大胆な構図、高所からの見下ろしたような鳥瞰(ちょうかん)、鮮やかな色彩などを用いて生み出された独創的な絵は、世界的に高い評価を得ている。その名所の数々を、浮世絵と同じ場所、同じ季節、同じアングルで、現代の東京として切り取ろうと試みているのが、浮世写真家を名乗る喜千也氏。この連載では、彼のアート作品と古地図の知識、江戸雑学によって、東京と江戸の名所を巡って行く。

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