濱地創宗『寒山拾得』:大徳寺真珠庵「襖絵プロジェクト」絵師紹介(2)

一休さんゆかりの寺「大徳寺真珠庵(しんじゅあん)」(京都市北区)で、400年ぶりとなる襖絵(ふすまえ)制作が行われている。その歴史的事業に挑む現代絵師6人の作品と制作風景を、真珠庵に住み込む映像作家が紹介していく。第2回は日本画家の濱地創宗(はまぢ・そうしゅう)さん。

修行時代を過ごした寺に絵師として挑む

日本画家で僧侶でもある濱地さんは、創作活動の傍ら児童福祉施設で支援活動にも携わっている。足の甲にくっきりと残るサンダル焼けが、いつも野外で子どもたちと遊んでいることの証だろう。

今回の襖絵プロジェクトでは、方丈(本堂)北東側にある「衣鉢(いはつ)の間」を担当した。4面の襖に描かれた作品は、「寒山拾得(かんざんじっとく)」。唐の時代の僧侶、寒山と拾得は多くの漢詩を残しているが、2人の出自や背景についての詳細はよく分かっていない。ただ、世俗離れした奇行や、ぼろ切れをまとっただけの奇妙な風体がよほど人々の印象に残ったのか、何百年にも渡って多くの画家が水墨画の画題としてきた。そのどれもが不気味なほどの笑いを浮かべている。濱地さんも寒山拾得を描くのは2度目だそうだ。

画面には大きく余白がとられ、ずしりとしたイチョウが4本並ぶ。幹の重量感とは対照的に、淡く描かれた葉は、ひらひらと舞い落ちている。左端のイチョウの木から顔をのぞかせるのが寒山、右端でほうきを持っているのが拾得。2人は目線を合わせ、何かをたくらんでいるような顔付きである。

真珠庵の方丈に収まった自分の襖絵を初めて見た時、濱地さんがしみじみとした表情を浮かべていたのが印象に残った。彼は京都精華大学芸術学部を卒業後、真珠庵で書生として2年半居候していた。その縁で、住職から襖絵を依頼されたのである。

左が寒山、右が拾得。2人は目線を合わせて、いたずらな笑みを浮かべている

絵は自分を映すもの

濱地さんに「出家するつもりで、真珠庵に居候していたのか」と尋ねると、全くそのつもりは無く、「寺の生活を体験できるなら、やってみよう」と思っただけだという。居候中は、必要最低限の生活費を稼ぐ以外は、一日中、真珠庵にいて庭掃除に明け暮れた。

「庭掃除をしていると何も考えなくなる。無心に、その瞬間に没頭する感覚は、創作に似ている」と、濱地さんは言う。

絵を描く時は必ず「繕おう」とする自分がいて、創作の邪魔をする。ところが、没頭して描き込んでいくと、繕おうにも繕えなくなる瞬間に出会う。その瞬間の集積が、作品の完成とともに形として現れる。繰り返し同じテーマで描く理由は、作品の中に新たな自分があることを発見できるからだそうだ。書生時代を過ごした真珠庵で、2度目の「寒山拾得」に挑んだのも、そうした狙いがあったのだろう。

襖絵の前で撮影した濱地さん

「子どもはそういうことが自然にできる」

濱地さんは児童福祉施設で、繕うことなく、自由奔放に振る舞う子どもたちからも、多くの刺激を受けるという。生活は全てが「絵を描くこと」につながっているように思える。出家した理由を「実際に体験してみないと分からないから」と話していたが、絵師としての自分への挑戦という意味も込められているのだろう。

余白を生かした濱地さんの襖絵は、一見すると、見る者を「一休み」にいざなっているようだ。しかし、寒山と拾得は「そう一筋縄ではいかないよ」とでも言いたげな、いたずらっ気のある笑みを浮かべている。

没頭か開放か。挑戦か逃げるのか。繕うのかありのままでいるのか。「決めるのはお前自身だ」と突きつけられるような感覚を、描き手と鑑賞者は共有するのかもしれない。

余白を生かした構図だが、突きつけられる感覚がある

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写真=浅野 敏(襖絵)、角田 龍一(濱地写真)

大徳寺真珠庵 特別公開

  • 住所:京都府京都市北区紫野大徳寺町52
  • 拝観期間:201891日~1216日 ※1019日~21日は休止日
  • 拝観時間:午前930分~午後4時(受付終了)
  • 拝観料:大人1200円、中高生600円、小学生以下無料(保護者同伴)未就学児は書院「通僊院」と茶室「庭玉軒」の見学は不可
  • アクセス:「京都駅」から地下鉄烏丸線に乗り、「北大路」で下車。「北大路バスターミナル」から市バス1101102204205206系統で「大徳寺前」下車し、徒歩約7分。(所要時間:約35分)
  • 「大徳寺真珠庵 特別公開」公式ホームページ
  • 京都真珠庵クラウドファンディング

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