真珠庵「襖絵プロジェクト」

山賀博之『かろうじて生きている』:大徳寺真珠庵「襖絵プロジェクト」絵師紹介(3)

文化 美術・アート

一休さんゆかりの寺「大徳寺真珠庵(しんじゅあん)」(京都市北区)で、400年ぶりとなる襖絵(ふすまえ)制作が行われている。その歴史的事業に挑む現代絵師6人の作品と制作風景を、真珠庵に住み込む映像作家が紹介していく。第3回はアニメ監督でガイナックス代表の山賀博之さん。

寺の襖絵に描かれた戦闘機

消波ブロックに激しく打ち付ける波の音に、耳をつんざくようなウミネコの叫びが重なる。その視線の先にあるのは、なぜか戦闘機だ。寒々しく荒れる海を背景に、2つの飛行物体が不思議な波の円を挟んで描かれている。遠い空のかなたに都市のシルエットが浮かび上がっていることから、人間が暮らす世界なのだと推測できる。作品のタイトルは「かろうじて生きている」。

千利休や豊臣秀吉らに重用された、桃山時代を代表する絵師・長谷川等伯が描いた襖がはめられていたのは本堂「檀那(だんな)の間」。等伯の不在を守るのは、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を制作したガイナックス代表の山賀博之さんだ。2017年秋から真珠庵に泊まり込んで襖絵に取り組み、20183月にようやく完成した。

部屋の北側4面は、等伯へのオマージュを思わせる松の木が描かれている。等伯の軽快なタッチとは幾分異なるが、墨の濃淡だけで全てを表現する水墨画の技法に全力で取り組んでいる。うねるように力強く伸びる松の枝は、その下にたたずむ薄衣の少女を守っているかのようにも見える。

本堂「檀那(だんな)の間」北側の襖絵

山賀さんとは、筆者が大学生だった5年ほど前からの付き合いである。当時、山賀さんは「自分はアニメ屋だけど、絵は描けないし、描く気もない」と言っていた。だからこそ「一生食いっぱぐれないために、有能なアニメーターを使って映画を作るんだ」と話していたのが印象に残る。

そんな山賀さんが襖絵を描くことになったと聞いた時には、思わず「大丈夫ですか?」と言ってしまった。「まあ、描けないこともない」と何だか頼りなげな答えが返ってきた。

戦闘機の前に座る山賀さん。奥にはかすかに都市が見える

禅を通した交信で、絵が描けない男に依頼

真珠庵の山田宗正住職が、山賀さんに襖絵制作を依頼した経緯が非常にユニークだ。

座禅会に参加していた山賀さんの深い呼吸を見て、並外れた「禅定力(ぜんじょうりょく)」を直観して依頼を決めたという。禅定力とは、精神の集中や宗教的な精神世界に入る力のこと。住職は山賀さんの絵はおろか、「エヴァ」ですら一度も見たことがないのに、である。随分といい加減な決断のようにも思えるが、「禅」を介した交信によって、2人の間には対話が成立していたのだろう。

住職の直感は正しかった。「絵は描かない」と30年近く開き直ってきた男をその気にさせたのだ。山賀さんが襖絵の制作を引き受けたことは、山賀さんのことをよく知る人ほど心配したが、本人たちはまるで気に留める様子もなかった。

過日、この記事を書くために取り寄せた山賀さんの初監督作品「王立宇宙軍オネミアスの翼」を住職にも見てもらったが、「へぇ、面白いね」と感心していた。

迫力のあるウミネコからは、叫び声が聞こえてきそうだ

“事件”から“伝説”へ

1987年公開の「オネミアスの翼」は、山賀さんが「食いっぱぐれない」ために、30年前に制作したSFアニメ映画だ。大阪芸術大学の同級生が集まって作った作品だが、後に「エヴァ」のアニメーターとなる庵野秀明さんはじめ、現在のアニメ界をけん引するそうそうたるメンバーが揃っていた。この映画はロングランを記録し、アマチュアの若者たちがSFアニメを映画として評価されるレベルで作り上げたと、アニメ界を揺るがす「事件」になったそうだ。

ガイナックスは「オネミアスの翼」の続編として、「蒼きウル」の制作構想を1992年に発表。しかし、その後の代表作となる「新世紀エヴァンゲリオン」のプロジェクトが動き出し、ロングヒットとなる中で、制作チャンスが訪れないまま四半世紀の時が経つ。今回、山賀さんが襖絵として描いたのは、長年、温め続けてきた「蒼きウル」の世界観を体現するワンカットなのだと言う。

真珠庵で食事をする山賀さん。一時は泊まり込んでいたので、書生たちにはなじみの光景

大学を中退して会社を設立し、体当たりで最初の監督作品に取り組んでいた頃のことを思い出していたのだろうか。合宿生活のように、真珠庵に泊まり込んで創作していた半年間、はた目から見るに、山賀さんはいつも楽しそうだった。既に50歳を過ぎ、ヒット作を共に生み出した仲間たちはそれぞれに独立して別々の道を歩いている。

しかし、この襖絵が、山賀さんを熱く突き動かすエンジンになるかもしれない。そんなターニングポイントに立ち会っているような気持ちになった。30年越しの代表作「蒼きウル」が世の中に送り出されたときには、アニメ界を揺るがす「事件」ではなく、「伝説」になると信じている。

不思議な波の円は、「蒼きウル」への期待を抱かせる

関連記事>真珠庵「襖絵プロジェクト」

写真=浅野 敏(襖絵)、角田 龍一

大徳寺真珠庵 特別公開

  • 住所:京都府京都市北区紫野大徳寺町52
  • 拝観期間:201891日~1216日 ※1019日~21日は休止日
  • 拝観時間:午前930分~午後4時(受付終了)
  • 拝観料:大人1200円、中高生600円、小学生以下無料(保護者同伴)未就学児は書院「通僊院」と茶室「庭玉軒」の見学は不可
  • アクセス:「京都駅」から地下鉄烏丸線に乗り、「北大路」で下車。「北大路バスターミナル」から市バス1101102204205206系統で「大徳寺前」下車し、徒歩約7分。(所要時間:約35分)
  • 「大徳寺真珠庵 特別公開」公式ホームページ
  • 京都真珠庵クラウドファンディング

観光 京都 関西 京都市 アニメ 真珠庵「襖絵プロジェクト」 襖絵 大徳寺 新世紀エヴァンゲリオン