【ああ、五稜郭公園】 ライカ北紀行 —函館— 第38回

夕飯に遅れると母ちゃんに怒られる。で、うす暗くなった公園のベンチの人影に声をかけた。

“おじさん、今、何時? ねえ、教えてよ、おじさん”

返事がない。そこで、おじさんの背後から正面にまわった。僕は見た。初めて見たのだ。

男と女が接吻していた。
今、考えても、かなりなディープキス。

小学生のころ、遊び場の一つが、五稜郭公園。夕暮れまで洟たれ小僧は、遊びにあそぶ。いまでも表門の橋をわたる時、そこからお堀に飛びこんだ夏を思いだす。あのころ、もっぱら犬かきか平泳ぎ、いまもクロールはにが手だ。泳ぎ方なんかどうでもいい、暑ければ近所の五稜郭のお堀にかよった。

散策(2019)
散策(2019)

そのころの冬は、寒さが厳しかったのか、氷が厚く張り、お堀はスケート場に早変わり。用具も防寒服も貧弱だった。寒さにふるえ、霜やけで手足が痛がゆくなりながらもスケートに熱中した。

スケート場以外は、氷が割れるおそれがあるので滑走禁止だった。餓鬼どもは、駄目といわれれば、やってみたくなる。薄い氷に冷や汗かきながらお堀を一周。一同、探検家気取りで意気軒昂だった。いま思えば、親や先生が子を思う気持ちも知らないで……。お堀での泳ぎも滑りもご法度となってから久しい。

昔の我を見るよう(1992)
昔の我を見るよう(1992)

森鷗外の作品に、発禁処分を受けた短編小説『ヰタ・セクスアリス』がある。題名は、ラテン語で“性生活”を意味し、鷗外の6歳から25歳までの性的な自伝的作品だ。

キスシーンを描いた映画館の看板に心ときめかしていた小学生には、思いがけず出会った公園の接吻は、まさに驚天動地であった。眠れぬまま過ごしたその夜のことを、いまでも覚えている。

五稜郭公園は、遊びの思い出とともに、僕の“ヰタ・セクスアリス”の1ページを飾ったのだ。

桜満開 五稜郭公園(2014)
桜満開 五稜郭公園(2014)

道案内
五稜郭公園
 市電「五稜郭公園前」下車、徒歩10分(地図へ

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