【ダブリンのちゃぶ台】報道写真家岡村昭彦 ライカ北紀行 ―函館― 第89回

20年ほどまえ、パブの本場でギネスを一杯やろうとアイルランドはダブリンに遊んだ。

そのおり、ひょんなことから「ロバート・キャパの後を継ぐ」といわれた報道写真家・岡村昭彦の奥さま、加久子さんにお会いした。

ダブリンのパブ(1998)
ダブリンのパブ(1998)

加久子さんは僕の鞄(かばん)好きを知って、岡村がダブリンの骨董(こっとう)屋で探しあてた1920年代のトランクを譲ってくださった。ちゃぶ台代わりに一家が使っていたものだという。

この古びたトランクがわが家の片すみにある。横幅が70センチメートルほどと大型で、薄木に麻布をはり柿渋で塗りかため、鋲(びょう)と革と木で補強している。一目で使いこんだ年代物とわかり、見た目より軽い。

岡村はダブリンを拠点に2、3台のライカを引っ下げて、紛争、内戦、飢餓に見まわれる世界各地をかけめぐった。その一時のあいまに、傷だらけのトランクをちゃぶ台に一杯のコーヒーを奥さまと楽しみ、幼子にかこまれた写真家の安らぐ様子が目にうかぶ。

岡村昭彦一家がちゃぶ台代わりに愛用したかばん(2022)
岡村昭彦一家がちゃぶ台代わりに愛用したかばん(2022)

若いころ、岡村は熱心なキリスト教徒であった母の勧めで函館郊外のトラピスト修道院のゲストハウス客室係として1年ほど住みこんだ。彼はキリスト教の図書を読みあさり、そのとき後ろ盾となったのはトマ神父。岡村が修道院を去るにあたり、神父は自身の写真に「昭彦君 御健闘を祈る」と書きこんだ。

トラピスト修道院のトマ神父こと、高嶋源一郎(右)と手紙 写真:栄文堂書店佐藤純子氏提供
トラピスト修道院のトマ神父こと、高嶋源一郎(右)と手紙 写真:栄文堂書店佐藤純子氏提供

このころ、函館・十字街の栄文堂書店の娘、齋藤和子と最初の結婚をして二女をもうけている。

その3年間の函館生活のあと、部落解放運動などさまざまな社会運動にかかわり、やがてフォトジャーナリストとなる。1964(昭和39)年には、『ライフ』誌上に9ページの報道写真特集「醜いベトナム戦争」が掲載され世界的な反響を呼んだ。翌年には『南ヴェトナム戦争従軍記』(岩波新書)がベストセラーとなり、その活躍はめざましかった。

だが、85(昭和60)年、敗血症のため世を去った。56歳。

函館で、長女の佐藤純子さんが栄文堂書店をひきつぎ、いまも営んでいる。ことし、岡村昭彦没後37年。

岡村昭彦 写真:栄文堂書店佐藤純子氏提供
岡村昭彦 写真:栄文堂書店佐藤純子氏提供

●道案内
栄文堂書店 市電「十字街」下車 徒歩1分(地図へ

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