モノクローム巡礼

国生みの母が鎮まる「花の窟」:大坂寛「神のあるところへ」 石の章(18)

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磐座(いわくら)や神奈備(かんなび)などと呼ばれ、神が宿るとあがめられてきた自然物を写真家・大坂寛がモノクロームカメラに収める。今回は、自然崇拝の遺風を伝える「花の窟(いわや)」(三重県熊野市)を訪ねる。

社殿はなく、神宿る岩壁にまみえる

日本最古の神社の一つとされる「花の窟」は、七里御浜(しちりみはま)海岸沿いに鎮座している。一般的な神社とは異なり、ここには社殿がない。鳥居をくぐり参道を進むと、高さ約45メートルの巨大な岩壁が現れる。この岩壁そのものが御神体であり、玉垣で囲まれた拝所から祈りをささげる。

花の窟が祀(まつ)るイザナミは夫のイザナギと共に国を創り、八百万(やおよろず)の神々を生んだ母神。『日本書紀』には、火の神・カグツチを産んだ際の火傷がもとで亡くなり、この地に葬られたと記してある。それゆえ、花の窟は「黄泉の国」との境界とも考えられてきた。

巨大な岩壁の前に立つと、圧倒的な迫力とともに静謐な霊気が漂う。拝所の向かい側にはカグツチを祀る「王子ノ窟(おうじのいわや)」があり、母子が寄り添うように鎮座している。

岩壁を見上げると、境内に向かって太い綱がのびる。毎年2月と10月には「お綱かけ神事」が執り行われ、御神体の頂上から境内の御神木へと、約170メートルもの綱を引き渡すのだ。綱には「三流の幡(みながれのはた)」と呼ばれる縄で編んだ3つの幡をつるし、それぞれの下に種々の花や扇を飾る。かつては朝廷から錦の御幡が献上されていたが、それが途絶えたため、土地の人々が代わりを用意するようになったという。祭りの後も残されており、浜風に吹かれて静かに揺れる姿は、優しく心に響く。

むき出しの岩壁と、境内に響く熊野灘の波音。花の窟には華美な装飾こそないが、古代から続く素朴で力強い祈りの風景は、日本人の信仰の原点を思い起こさせてくれる。

岩壁に面し、白石を敷き詰めた拝所は古代の祭祀場を思わせる 撮影=大坂寛

岩壁に面し、白石を敷き詰めた拝所は古代の祭祀場を思わせる 撮影=大坂寛

花の窟神社

  • 住所:三重県熊野市有馬町130
  • 祭神:伊弉冊尊(いざなみのみこと)、軻遇突智尊(かぐつちのみこと)

三重県南部の海岸沿いの街道に面した古社で、「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。同じ熊野の神倉神社と共に、巨岩の御神体にまみえる祈りの場であり、太古の自然崇拝を今に伝える。

祭神は日本の国土と神々を生み、死後には黄泉の国を統べた女神。御陵と伝わるこの地を、人々は花や幡旗を用いて祀ったという。

熊野は古来、巡礼者の魂が再生すると信奉されてきた。神秘的な自然物と神話に彩られた花の窟は、「よみがえりの聖地」を代表するパワースポットである。

境内は素朴で力強い風格が漂う 撮影=大坂寛
境内は素朴で力強い風格が漂う 撮影=大坂寛

丸石には神霊が宿ると信じられてきた。この丸石は南紀熊野地方で最も大きいとされる 撮影=大坂寛
丸石には神霊が宿ると信じられてきた。この丸石は南紀熊野地方で最も大きいとされる 撮影=大坂寛

御神体の頂上から境内の松の木にかけられた綱に、三流の幡がつるされている 撮影=北崎二郎
御神体の頂上から境内の松の木にかけられた綱に、三流の幡がつるされている 撮影=北崎二郎

取材・文・編集=北崎 二郎

バナー写真:岩壁を御神体とする花の窟  撮影=大坂寛

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