長崎 五島列島:奇祭と自然の宝庫

・起源や語源が不明という福江島の奇祭「ヘトマト」
・夏の名物は、エキゾチックな念仏踊り
・美しい景観と地域ごとに特色のある祭りが魅力

奇祭の中の奇祭「ヘトマト」

島には奇祭が多い。島を巡る撮影を始めて数年たった頃、その考えは確信に変わっていた。海に囲まれた島では独自の文化が育つためか、どの祭りも個性が豊かだ。男たちが激しくぶつかり合う過激なものから、数人しかいない島民が催すシュールなものまで、奇祭と呼べる数々の祭りに出会ってきた。

夕日が海と空を鮮やかに染める光景を、中道島矢堅目(やがため)の対岸から望む

島の祭りの中でも、個人的に強く興味を引かれた祭りがあった。それが長崎県の五島列島の一つ、福江島の下崎山地区に古来より伝わる「ヘトマト」だ。このヘトマトの何がすごいかというと、起源や語源について、全く不明の小正月行事だということ。五島市の公式サイトなどにも「不明」という2文字が記されていて、後付けで由来などを足そうとせずに祭りを存続させていることにおとこ気を感じ、ずっと気になっていた。そんな奇祭を見るため、開催日となる1月第3日曜日に合わせて福江島へと向かった。

ヘトマトを撮影中、顔にすすを塗られてしまった写真家・黒岩

目まぐるしく進む“ヘトマトワールド”

ヘトマトは白浜神社で行われる「宮相撲」で始まる。それに続いて、晴れ着姿の女性2名が酒だるの上で行う「羽根つき」、体にすすを塗った若者たちが縄を巻いて作った藁玉(わらだま)を激しく奪い合う「玉蹴り」へと祭りは進んでいく。濁流のように押し寄せる奇祭のオンパレードに、撮影する側も必死だ。

酒樽の上で晴れ着姿の女性が羽根突きを始めるという奇妙な光景

ふんどし姿の男たちが藁球を奪い合う

「玉蹴り」では、見物人たちも「ヘグラ」と呼ばれるすすを塗りつけられていくのだが、女性は逃げまどい、子どもは泣きじゃくる。撮影している私も多くのすすを塗られたが、おかげで1年間の無病息災が約束された。

無病息災の効果があるというヘグラを、遠慮なく顔中に塗られる女性

そして重さ350キログラムの大草履が登場すると、祭りの盛り上がりは最高潮を迎える。島の屈強な若者たちに担がれた大草履が集落内を練り歩くと、見物人の女性たちが一目散に逃げ惑う。それもそのはず、未婚の女性を捕まえては、その大草履に乗せて、激しく胴上げしていくのだ。

次々と大草履に女性を乗せて、ふんどし姿の男たちが担ぎ上げる

女性を乗せた大草履が集落内を練り歩く

私の目の前でも、女性が捕まった。その逃げ惑う際の必死の形相と、捕まった時の無念の表情から察するに、独身女性にとってはうれしくない行事らしい。次から次へと女性を乗せながら、集落内を大草履が練り歩く様は、なんとも異様で、まさに島の祭り特有の見応えある光景。それでも、ずっと昔から続いてきたと思うと、とても由緒ある風習に見えてくるから不思議なものだ。勇壮にして、情味豊かで、笑顔があふれる。元々は別の日に執り行っていた祭事を1日で行うようになったために、ヘトマトは奇祭のオンパレード状態になったらしい。

すすをつけられて大泣きの子どもと、それをほほ笑ましく見つめる父親

特に景色が美しい新春の五島列島

ヘトマトが行われる新春の五島列島には、この時期にしか出会えない光景が他にもたくさんある。1年の中でも特に空気が澄んでいるため、朝焼けや夕焼けは絶景だ。中でも、上五島の中通島にある有川湾は、小さな島々が点在する湾内を船舶が行き交う様子が眺められ、あまりの美しさに時がたつのを忘れてしまう。

幻想的な色に包まれた日没前の有川湾

同じ中通島の青方神社では、年末年始の帰省に合わせて、年明けに成人式が行われる。晴れ着に身を包んで、決意新たに大人の仲間入りをする、島の新成人たち。同じ1月に、都会にはない厳かな雰囲気の成人式と激しく盛り上がる奇祭に出会えるのも、五島列島ならではの魅力といえる。

厳かな空気に、少し緊張が見える島の新成人たち

大陸と大和の文化が交わった盆行事

五島列島の四季にはそれぞれに違った魅力があるが、夏もまた格別だ。遠浅で澄み切った福江島の高浜海水浴場をはじめ、美しいビーチが点在する。きれいな砂浜の白、連なる山々の緑、美しいグラデーションを描く海の青。それらが一体となった五島列島の海水浴場では、雄大な自然の魅力が肌で感じられる。海以外にも、ドンドン渕滝など、森林浴を楽しめるスポットも豊富にある。

緑に囲まれ、澄みきった海が美しい高浜海水浴場は「日本の渚百選」に選出されている

夏には地元の子どもたちにとって格好の遊び場となる、福江島のドンドン渕滝

そして、五島の夏祭りといえば、お盆に各地区で行われる念仏踊りだ。「チャンココ(福江島)」「オーモンデー(嵯峨島)」「オネオンデ(富江町)」「カケ踊り(玉之浦)」と、地区ごとに名称は違うが、どれも鉦(しょう)と太鼓を使用するのは同じ。それぞれ個性豊かな衣装をまとい、打楽器のリズムと歌声に合わせて舞い踊る姿は、エキゾチックで気分を高揚させる。さすがは大陸からの玄関口として栄えた島の盆踊りだ。

初盆の家の前で御霊を鎮めるために踊るチャンココ

極彩色の衣装をまとい、高らかに太鼓を鳴らすオーモンデー

季節と自然、祭りによって、豊かな表情を見せる五島列島。訪れる度にその奥深さを再確認し、帰りのフェリーでは「次は、いつ来ようか」と再訪を決意している。異国情緒感じる奇祭と、息を飲むほどの美しい自然の宝庫は、多くの歴史とロマンを秘めた場所だ。

亡くなった人たちへの思いを込めて踊りをささげるオネオンデ

写真・文=黒岩 正和(96BOX)

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