「楽しいお正月を過ごすために」お薦めの本
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まずは、2018年4月から毎月末にアップされているスパイ小説の中からベスト3を——。
といっても甲乙つけがたく、気分に応じて読むとしたら。
●胸が熱くなる感動を味わいたいのなら
1,『鷲は舞い降りた』ジャック・ヒギンズ著
大戦末期、劣勢を挽回するためヒトラーは、宰相チャーチルの誘拐を軍情報部に命じる。
指揮官に選ばれたシュタイナ中佐は落下傘部隊の英雄だったが、強制収容所送り寸前のユダヤ少女を助けたために、ゲシュタポに逮捕され、いまは彼の部下30名とともに懲罰の特攻作戦で死を待つのみ。
ナチを嫌悪する中佐だったが、部下の言葉で落下傘降下を決断する。
「行けば、死ぬかもしれない、ここにいれば確実に死ぬ。中佐殿が行くなら——われわれも行きます」
彼らは固い絆で結ばれている。不条理と知りながら、自ら犠牲になるのも厭わず、任務を遂行するため恬淡として死を受け入れる。
彼らはイギリスの東海岸に降下した。次々と仲間が死んでいく。作戦の行方は? 彼らを待ち受ける運命に、涙なくしてはページをめくれない。
関連記事>【書評】名誉とは、何であるのか―(前編):ジャック・ヒギンズ著『鷲は舞い降りた[完全版]』
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●静かに真実の愛をかみしめたいのなら
2,『ヒューマン・ファクター』グレアム・グリーン著
英国情報部に30年勤務するカッスルは、取り立てて活躍することもない凡庸なスパイだった。彼には、赴任地の南アフリカで結婚した黒人女性がおり、アパルトヘイト(人種隔離制度)の禁を犯して祖国に連れ帰ったという過去がある。
定年間際になって、情報部内でソ連への情報漏洩疑惑が浮上する。真っ先に疑われたのはカッスルの同僚だった。
スキャンダルを恐れた上層部は、その同僚を抹殺したが、冤罪だった。
ここから二重スパイをあぶりだす迫真の追跡劇が展開される。
祖国を裏切っていたのはカッスルだった。
南アからの脱出を助けてくれた弁護士が、実はソ連の工作員だったのだ。
彼への恩義は重たかった。
カッスルが真相を妻に伝える場面。妻の言葉が泣かせる。
「わたしたちにはわたしたちだけの国がある。あなたはその国は裏切ってないわ」
カッスルはソ連に亡命し、妻子とは生き別れに。国家と家族、どちらに忠誠を尽くすのか。一語一語、かみしめながら読むことになるだろう。
ラストシーンに胸打たれること必至!
関連記事>【書評】人はなぜ、祖国を裏切るのか:グレアム・グリーン著『ヒューマン・ファクター』
●かつて第一線で活躍していたあなたが、過去をふりかえるなら
3,『スパイたちの遺産』ジョン・ル・カレ著
本作は、ル・カレが86歳のときに書かれたもので、再び、東西冷戦期がテーマになっている。
英国情報部を引退し、フランスの田舎で隠遁生活を送っていたピーター・ギラムが、情報部の法務部に呼び出される。
冷戦期の「ウインドフォール」と呼ばれた作戦の失敗で、犠牲になったスパイの遺族が、いまになって訴えてきたという。
作戦内容は極秘扱いで、ギラムほか数名しか知りえない。
ギラムは隠そうとするが、法務部の若い弁護士は真相を明らかにすべく、ギラムを追い詰めていく。
弁護士のセリフ。
「昔の犯罪の責任のなすりあいが、いま大流行です。われわれの父親たちの罪を贖うのは誰か。たとえ当時は罪がなかったとしても」
これに対し、ギラムは内心思う。
「いまどきの若者には、あの時代が実際どうだったかなどわかるまい」
尋問がすすむにつれ、作戦の全貌が明らかになっていく。それが本作の読みどころだが、これれがなんと、ル・カレのファンにとっては嬉しいことに、著者が若かりし頃の名作『寒い国から帰ってきたスパイ』と『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』につながっているのである。
だから、むろん、アレック・リーマスや管理官(コントロール)、もちろんジョージ・スマイリーが登場する。敵役の東ドイツ情報部もお馴染みの面々だ。
なぜ、いま冷戦なのか。なりふりかまわず働いてきた世代の、昔の仕事の流儀が否定される。いつのまにか、善だと信じてきたものが悪とされる風潮になっている。われわれは、これも時流と思って諦めるべきなのか。
ル・カレは、その答えをラストシーンで用意している。
関連記事>【書評】スマイリーが遺した言葉:ジョン・ル・カレ著『スパイたちの遺産』
今度は、お薦めのノンフィクションを4作 。
4,『紛争地の看護師』白川優子著
本書の著者は、2010年から8年間、「国境なき医師団」からイラク、シリア、スーダン、パレスチナ・ガザ地区などの紛争地に17回派遣された看護師である。
国際的なNGOである「国境なき医師団」は1972年に設立された。以後、紛争地で独立、中立、公平な立場で医療活動を行い、99年にはノーベル平和賞を受賞している。
とはいえ、われわれは医師団の存在は耳にしていても、実際に現地でどのような活動をしているのか、知る機会はなかなかないだろう。
本書は、医師団を知るうえで、かっこうの手引きとなる。
しかし、それ以上の収穫を得ることができるのが本書だ。
一般には、紛争地の悲惨な報道を目にすることはあっても、かの地は日本からはるかに遠く、平穏な日常生活とはかなりの隔たりがある。
著者はどうして「国境なき医師団」の看護師になったのか。
きっかけは、7歳のときにテレビで同医師団のドキュメンタリーを見たことだという。スタートは憧れからだった。
長じて、それが実現すべき夢となる。日本で看護師としての経験を積み、英語力をつけるため豪州留学。現地の医療機関で外科や手術室を中心に勤務して7年後に帰国。ようやく医師団に登録することができた。
なるほど、生半可な気持ちでは医師団には入れないのであろうし、なにより覚悟がいる。死の恐怖に直面したこともあっただろう。
著者は、ジャーナリストすら入れない危険地帯に飛び込んでいく。そこで彼女が目にしたものはなんだったのか。彼女はそこで、何を感じたのか。
彼女の体験は胸を突く。われわれは、想像を超えた苛烈な現地の実情を知り、このまま傍観者でいてよいのか自問することになるだろう。
関連記事>【新刊紹介】「国境なき医師団」から見えた世界:白川優子著『紛争地の看護師』(小学館)
5,『原民喜 死と愛と孤独の肖像』梯久美子著
原民喜といっても、いまの若い世代にはあまり知られていないのではないか。
作家にして詩人。1905年(明治38年)生まれで、1951年3月に中央線の西荻窪駅付近で電車に魅かれて自死した。
彼の名前を一躍有名にした作品が、原爆文学の傑作と評される『夏の花』である。古い世代は教科書に載っていたことを記憶しているかもしれない。
この作品は、終戦間際に原が疎開していた広島の実家で被爆。そのときの体験を後世に伝えるために綴ったものである。
今なお、新潮文庫の『夏の花・心願の国』に収録され、ロングセラ
原爆ドームのある平和記念公園には、原の詩碑がある。
では、いまなぜ原民喜なのか。
著者の梯久美子氏は、『散るぞ悲しき』で硫黄島玉砕の栗林忠道中将を、『狂う人』で島尾ミホを描いたノンフィクション作家であるが、彼女は、
「原民喜の作品を、原を知らない若い人たちに出会ってほしいと思って書いた」
と語っている(刊行トークイベントでの三浦しをん氏との対談)。
梯氏によるこの評伝は、原の自殺から説き起こす。46歳で生涯を終えた原の自室には、17通の遺書が残されていた。
原の実家は、広島の裕福な繊維商。ボンボン育ちで、左翼運動に傾倒するも挫折、慶応義塾文学部で学ぶが、終生、定職につかず、いくつもの作品を残した。
著者は、『夏の花』以外にも原が残した作品についてふれているが、その表現には最愛の妻の死と、その後の原爆による悲惨な体験が色濃く投影されている。
著者はこう語っている。
「ありがたいことに、作品を通じて今でも原民喜とコミュニケーションすることができる。この本が広い意味で戦争とは何かを考えるきっかけになればいいなと思っています」(同)
関連記事>【書評】死とともに生きた作家:梯久美子 著『原民喜 死と愛と孤独の肖像』
6,『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』野嶋剛著
著者の野嶋氏は、1968年生まれ。朝日新聞に入社し、シンガポール支局長、国際編集部次長などを歴任するが、台北支局長時代の見聞が、本書の下敷きになっていると思われる。
2016年よりフリージャーナリストとして活躍している。
本書では、政治家の蓮舫、作家の東山影良、エコノミストのリチャード・クー、歌手のジュディ・オング、女優の余貴美子らが登場する。
彼ら彼女らは、両親とも台湾出身者でありながら台湾に居場所を失い、日本で暮らす人。国籍が何度も変転した人。日台の両親の間に生まれた日台ハーフなど様々であるが、日本で暮らす彼らに共通するキーワードが「タイワニーズ」。
著者によれば、台湾の人々は国を失い、故郷を失っても、生き抜いていくたくましさがある。これは日本人にはないものであるという。
「タイワニーズ」には、人々の流動性や無国籍性ゆえの「強さ」がある。ある種の明るさ、楽天性がある。そこに台湾の人々の凄さがある。
本書では一般に馴染みのある著名人を取り上げているので、読者は本を手に取りやすいだろう。それぞれに意外なヒューマンヒストリーがあり、彼ら彼女らが語る自分史に興味は尽きない。
著者は語る。
「われわれが台湾抜きに日本の近代化を語ることは可能かといえば、そうではありません」
「台湾は長く日中国交正常化による『日中友好』の影に隠れてきました。そんな日本と台湾の不正常な関係を、縁の下の力持ちのように支えてきたのが、タイワニーズの彼ら、彼女らなのです」
本作では、人間のストーリーを丁寧に描き出し、その生々しいリアリティの中から日台の関係を問い直そうとするものであるという。
「タイワニーズ」を、われとわが身に置き換えて読んでみるのも一興だろう。必ず得られるものがあるはずだ。
関連記事>【著者インタビュー】新刊『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』で問い直す戦後日本と台湾-ジャーナリスト・野嶋剛
中国問題を考える上で是非押さえておきたい一冊を。
7,『中国「強国復権」の条件 「一帯一路」の大望とリスク』柯隆著
米中の対立が激化し、「新冷戦」ともいわれるようになった現下の国際情勢において、中国の対外政策の基本となる「一帯一路」構想について理解を深めておくことは重要だ。
詳しくは、日本経済新聞社で中国総局長、アジア部長、論説副委員
中国「強国復権」の条件
「一帯一路」の大望とリスク
著者:柯 隆(か りゅう)
発行:慶應義塾大学出版会
四六版 408ページ
定価:2000円+税
発行日:2018年4月25日
ISBN:9784766425093
関連記事>【書評】母国への建議書:柯隆著『中国「強国復権」の条件 「一帯一路」の大望とリスク』
ここまでお薦めの本を7作、紹介した。本サイトで過去に掲載された書評をあわせ読めば、なお詳しい内容がわかる。
そのうえで、お気に入りの一冊を是非、手に取っていただきたい。