【書評】母国への建議書:柯隆著『中国「強国復権」の条件 「一帯一路」の大望とリスク』
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中国人エコノミストの自省と歴史観
「文化大革命のときに初等教育を受けた筆者は、きちんとした歴史教育を一度も受けたことはない。たとえば、中国の教科書では、中国を統一した秦の始皇帝が国を統一した功績だけが讃えられているが、後日日本で歴史書を紐解き、始皇帝が実際はたいへんな暴君だったことを知ったとき、大きなショックを受けた」
こう告白する著者は中国数千年の歴史を俯瞰しながら、近現代史をストーリー性に富んだ記述で解き明かす。新中国成立後の大躍進と大飢饉、文化大革命、「改革・開放」、そして広域経済圏構想「一帯一路」やIT(情報技術)革命などの背景や今後の課題をエピソードも交えながら、冷静かつ客観的な筆致でまとめている。毛沢東、鄧小平ら歴代の指導者像も含め、「等身大の中国」を丁寧に描いている。
本書が発刊された2018年は日本の明治維新150周年、中国の改革・開放40周年。アヘン戦争に触発されて明治維新が起きたとの諸説への言及や明治維新と改革・開放の対比など、時空を超えたわかりやすい解説は、日中双方の歴史や中国人と日本人双方の心のひだまで熟知している著者ならではの真骨頂だろう。
文革世代の多くは毛沢東独裁の理解者
習近平国家主席に対しても歯に衣着せない。「習主席は専制政治の統治理念については鄧小平以上に強権的である」と断じる。
「現在の中国共産党指導部をみると、ほぼ全員が文革の世代であり、毛沢東思想教育を受けてきた。この世代の人々に自由や民主主義などと唱えても、聞き入れてくれるはずがない。(中略)要するに、毛沢東にマインドコントロールされている彼らは洗脳からいまだに解かれていない」
60歳以上の文革世代の多くは、独裁的な毛沢東統治の被害者であると同時に理解者だという。「この複雑な心情は外国人には理解されにくい」と著者は説く。
強国には文明力が必要「もっと自由を」
明治維新は100年で日本を近代化し、150年で日本を世界の強国にした。中国の「改革・開放」はまだ40年しか経っていない――。しかし、ITの時代であることを考えると、「中国が真の近代国家になるのもそう遠くないかもしれない」と著者は期待を抱く。
「強い国には、強い文明力が必要である」が持論で、「自由のないところでは、文明と文化は生まれない」と訴える。
しかし、現実は「習近平体制になってからの過去5年間、ネット統制と言論統制および報道規制が異常なほど厳しく行われている」「中国で検索エンジンのGoogleは使えない」という状況が続く。人権派弁護士や政府の愚行を批判するジャーナリストや作家が拘束されるなど「まるで文化大革命が再来したような光景である」。
「なぜ共産党は自国民にもっと自由を与えないのだろうか」「最大の課題は、共産党自身の改革を早急に進めることであろう」との著者の疑問や直言は至極もっともである。
本書には「中国政府が自国民に対する統制を強化すればするほど、中国の優秀な頭脳はどんどんアメリカに流出する。これはアメリカが願ってもないことである」との件がある。だが、ハイテクをめぐる覇権争いを背景とした米中貿易戦争が激化する中で、米国は技術覇権を渡さないため、中国人留学生の締め出しに動いている。
中国人留学生が技術を本国に流していると疑っているからだ。しかし、米国の強さは世界中から優秀な人材を集めることで成り立ってきた。トランプ政権の拙速な対応は歴史の皮肉となるかもしれない。
中国の急速な台頭で、日本の書店には中国脅威論や崩壊論など極端な内容の書籍が並ぶ。本書を貫く視点は、落ち着いた語り口ながら、論理的で正確な日本語を操る著者の人柄をよく表してもいる。