10年に1度の松江の船神事「ホーランエンヤ」:魅力発信する伝承館

島根県松江市で370年の歴史を持つ船神事「ホーランエンヤ」が、2019年5月18日から26日まで開催された。大橋川などに約100隻が繰り出し、船上で踊り子が舞った。その魅力を発信する「松江ホーランエンヤ伝承館」も紹介。

日本三大船神事に数えられる水上の舞

「ホーオオエンヤ、ホーランエーエ、ヨヤサノサ、エーララノランラ」

島根県松江市の宍道湖と中海を結ぶ大橋川沿いに、「櫂伝馬船(かいでんません)」を操る乗組員たちの歌声が響き渡る。それに合わせ、船首では歌舞伎役者のような衣装をまとった「剣櫂(けんがい)」が櫂を刀のように振るって見えを切り、船尾では女形の「采(ざい)振り」が優雅に舞う。橋の上や川岸にひしめく見物客は、約100隻の船団に拍手喝采を浴びせた。

華やかに彩られた櫂伝馬船。船首では剣櫂が勇壮に舞う
華やかに彩られた櫂伝馬船。船首では剣櫂が勇壮に舞う

大阪の天神祭、広島・宮島の管絃祭(かんげんさい)と並び、日本三大船神事の一つとされる「ホーランエンヤ」の一幕だ。

ホーランエンヤは松江城山稲荷神社式年神幸祭の通称。1648年に天候不良が続き、大凶作を心配した藩主の松平直政が、自らが信奉する城山稲荷神社の御神霊を、約10キロ離れた阿太加夜神社(あだかやじんじゃ、島根県東出雲町)へ神輿(みこし)船で運び、五穀豊穣の祈祷をしてもらったのが始まりとされる。その年、見事に豊作となったことから、2つの神社を船で往復する神幸祭が10年に一度の式年行事として定着した。

船尾であでやかに踊る女形の采振り
船尾であでやかに踊る女形の采振り

祭りの見どころは、神輿船の供をする櫂伝馬船上で繰り広げられる「櫂伝馬踊り」だ。元々は網打ち用の船を改造したものだったという櫂伝馬船は、最大で長さ15メートル、幅3メートル。50人以上が乗り込めるという船体は、色彩豊かなのぼりや連続旗で飾り付けられている。

船を進める一糸乱れぬ櫂さばきは、音頭取りと櫂かき(こぎ手)が太鼓に合わせて歌うことで可能になる。その朗々と響く歌に乗って、剣櫂が勇壮なポーズを決め、采振りが色鮮やかな布を付けた竹棒を手にしなやかに舞うのだ。

大橋川に浮かぶたくさんの船の中を、見事な櫂さばきで進む櫂伝馬船
大橋川に浮かぶたくさんの船の中を、見事な櫂さばきで進む櫂伝馬船

見物客を盛り上げる矢田の剣櫂と采振り
見物客を盛り上げる矢田の剣櫂と采振り

2019年は、10年に1度のホーランエンヤ開催年にあたった。5月18日に城山稲荷神社から阿太加夜神社まで御神霊を船団で運ぶ「渡御祭(とぎょさい)」、大祈祷の中日の22日にも櫂伝馬踊りを奉納する「中日祭」があり、26日に再び船団で城山稲荷神社へと御神霊を送る「還御祭(かんぎょさい)」が執り行われ、3日合計で38万人もの見物客が集まった。

くにびき大橋近くの川岸に並ぶ見物客。その目の前を櫂伝馬船が進む
くにびき大橋近くの川岸に並ぶ見物客。その目の前を櫂伝馬船が進む

黒い船体をした福富の櫂伝馬船で剣櫂がりりしく見えを切る
黒い船体をした福富の櫂伝馬船で剣櫂がりりしく見えを切る

御神霊を助けた漁師らが始めた歌と踊り

現在のような豪華絢爛(けんらん)な祭りとなったのは、1808年の嵐がきっかけであった。沈没寸前となった神輿船を、大橋川河口付近の馬潟(まかた)村の漁師が助け、曳航(えいこう)して送り届けた。そこから馬潟の船が曳船役として参加するのが慣例になると、神幸祭のたびに馬潟付近にある矢田、大井、福富、大海崎(おおみさき)という地域の漁師たちが船団に加わった。5つの地域は「五大地」と呼ばれるようになり、その五大地が初めてそろった1848年から、櫂伝馬船の上で歌って舞う櫂伝馬踊りが始まったという。

剣櫂の衣装もさまざま。大海崎は黒を基調とした渋めのいでたち
剣櫂の衣装もさまざま。大海崎は黒を基調とした渋めのいでたち

現在の通称「ホーランエンヤ」の由来は、櫂かきが歌った掛け合いの言葉とされる。正確な意味は不明だが、漢字では「豊来栄弥」や「宝来遠弥」と書かれることがある。「エンヤ」は漁師が網を引く時などの掛け声で、「曳(ひ)く」の音読みに調子を付けた「エイヤー」が語源といわれることから、五穀豊穣や地域の繁栄を引き寄せたいという願いを込めた言葉と考えられる。

音頭取りの掛け声に導かれ、櫂かきがのびやかな合いの手を歌う
音頭取りの掛け声に導かれ、櫂かきがのびやかな合いの手を歌う

歌の言葉や調子、節回しなどは五大地それぞれに特徴があり、剣櫂や采振りの踊りや衣装も少しずつ違うので、聞き比べ、見比べると面白い。櫂伝馬船は参加した順で一番船から五番船とも呼ばれ、一番船の馬潟の船にだけは地名の前に「い一」と書かれている。嵐の中で、御神霊の危機を「いの一番に駆けつけて救った」という、名誉ある歴史を表しているそうだ。

派手な衣装を着た大井の剣櫂は、踊りの豪快さでも見物客を魅了する
派手な衣装を着た大井の剣櫂は、踊りの豪快さでも見物客を魅了する

「い一」の文字の上で、誇らしげに天を仰ぐ
「い一」の文字の上で、誇らしげに天を仰ぐ

魅力伝えるホーランエンヤ伝承館

神幸祭は江戸の末期から12年ごとの開催に変更されたが、前回の2009年の祭りの後に、当初の10年に1度に戻すことが決まった。次回は2029年の予定だ。

めったに見物できないホーランエンヤだが、その魅力や歴史を常時発信している「松江ホーランエンヤ伝承館」がある。松江城や松江歴史館のすぐ近くにあるので、観光の際にはぜひ立ち寄ってほしい。

堀川沿いに立つホーランエンヤ伝承館。五大地ののぼりが出迎える
堀川沿いに立つホーランエンヤ伝承館。五大地ののぼりが出迎える

館内に足を踏み入れるとシアタールームがあり、臨場感あふれる大画面でホーランエンヤの記録映像を観賞できる。展示室には、五大地それぞれの衣装を身に着け、ポーズを決めた等身大の人形が並ぶ。その背後には櫂伝馬船の大写真が飾られ、上部にあるモニターでは剣櫂や采振りの踊りの映像が流れる。同じ空間に五大地が一堂に会することで、それぞれの個性が引き立つ展示となっている。

五大地の剣櫂と采振りの等身大人形が並ぶ展示室
五大地の剣櫂と采振りの等身大人形が並ぶ展示室

華やかな衣装や決めポーズをじっくりと鑑賞できる
華やかな衣装や決めポーズをじっくりと鑑賞できる

展示室内には櫂伝馬船の模型や貴重な資料、年表などのパネルも飾られ、ホールや多目的スペースでは歴史を振り返る写真展示や衣装の着付け体験なども行われる。見逃せないのが、中庭に置かれた櫂伝馬船だ。大きさは実物の半分程度だが、船の上に立つことができるので剣櫂や采振りになった気分が味わえる。

伝承館の中庭に置かれた櫂伝馬船。実際に船の上に立つことができる
伝承館の中庭に置かれた櫂伝馬船。実際に船の上に立つことができる

10年に1度の祭りが生み出す地域の活力

還御祭の午後、船団が大橋川に架かるくにびき大橋をくぐると、祭りはクライマックスを迎える。ここから宍道湖につながる大橋川河口まで、松江新大橋、松江大橋、宍道湖大橋と長い橋が並ぶ。橋の間をぐるりと2周ずつ回ってから進むため、川岸や橋の近くを船が通過し、多くの見物客が櫂伝馬踊りを間近に眺められる。

午後3時前、馬潟の櫂伝馬船に引かれた神輿船が松江大橋の北詰桟橋に接岸する。そこからは、神輿を中心とする陸行列となって城山稲荷神社を目指す。

祭りを終えた街中では、「10年後まで健康に過ごして、また見に来よう」という会話が交わされていた。10年に1度だけのホーランエンヤは、次の10年を生きる活力となる祭りなのだ。

神輿船を曳航する「い一 まかた」の船
神輿船を曳航する「い一 まかた」の船

松江大橋の北詰桟橋で船から陸に遷(うつ)される御神霊
松江大橋の北詰桟橋で船から陸に遷(うつ)される御神霊

松江の城下町を進む御神霊を乗せた神輿
松江の城下町を陸行列で進む神輿

陸行列に加わる五大地の面々には疲労の色も。城山稲荷神社では力を振り絞り、櫂伝馬踊りを奉納した
陸行列に加わる五大地の面々には疲労の色も。城山稲荷神社では力を振り絞り、最後の櫂伝馬踊りを奉納した

松江ホーランエンヤ伝承館

  • 住所:島根県松江市殿町250番地
  • 開館時間:4~9月=午前8時30分から午後6時30分 10~3月=午前8時30分から午後5時
  • 休館日:毎月第3木曜日休館(祝日の場合は翌日)
  • 入館料:大人200円、小中学生100円
  • アクセス:JR松江駅から一畑バス・県民会館方面行きで「県民会館前」バス停から徒歩5分

取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部
(バナー写真:見物客から拍手喝采を浴びた矢田の剣櫂の勇壮な舞)

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