神戸市街地から片道30分、有馬温泉で600万年前の海水に癒やされる

豊臣秀吉が愛した有馬温泉(兵庫県神戸市)は、古くから西日本一の名湯として知られる。神戸の中心地から近く、泉質はもちろんのこと、歴史ある温泉街には魅力が盛りだくさん。日帰りで楽しむ方法を中心に紹介する。

天皇や太閤に愛された日本屈指の歴史を持つ名湯

江戸時代後期の温泉番付で、西の最高位・大関に君臨した有馬温泉。631年に舒明(じょめい)天皇が約3カ月滞在したことなどが、日本書紀(720年成立)に記される。枕草子(1000年頃成立)の清少納言、江戸前期の儒者・林羅山も名湯と讃えた。

公衆浴場「金の湯」に飾られている温泉番付「諸国温泉功能鑑」。東の大関・草津温泉(群馬県)と肩を並べる
公衆浴場「金の湯」に飾られている温泉番付「諸国温泉功能鑑」。東の大関・草津温泉(群馬県)と肩を並べる

温泉街は奈良時代の名僧・行基が基礎を築き、12世紀末に仁西という僧が温泉寺を再興し、12の宿坊を建てたことでにぎわいをみせるようになった。

本格的に開発したのは、有馬に再三訪れては疲れを癒やしていたという太閤・豊臣秀吉だ。1596年に発生した慶長伏見地震で多くの建物が損壊し、湯の温度が急上昇した。有馬を愛した秀吉は大規模な再建工事に取り掛かかり、泉源の改修作業まで行っている。それ以来350年間も泉源を整備する必要がなかったため、長年の繁栄を築いた恩人の名を冠した施設や土産物が有馬温泉には数多くある。

有馬川に架かる太閤橋のたもとにある秀吉像
有馬川に架かる太閤橋のたもとにある秀吉像

太閤橋から有馬川親水公園を見下ろす。秀吉のシンボルの一つ、ひょうたんの形をした池が特徴だ
太閤橋から有馬川親水公園を見下ろす。秀吉のシンボルの一つ、ひょうたんの形をした池が特徴だ

有馬の湯の正体は太古の海水だった

そんな歴史ある温泉地に、長らく謎だったことがある。それは、なぜ湯が湧き出すのか——。日本各地で温泉が湧くのは、日本が火山列島だからである。ところが、有馬周辺には一切ないのだ。

「火山なき温泉」の秘密を解く学説が発表されたのは2003年のこと。日本列島は4枚のプレートの境界に位置している。フィリピン海プレートが、陸側のユーラシアプレートの下に沈み込むと、地下60キロ辺りで岩盤に含まれる水分がマントルで熱せられ、地表に向かって吹き出す。これが有馬温泉なのだ。

プレートの動きは非常に遅く、海水が有馬の温泉として噴き出すまでに実に600万年もの時間がかかるという。日本屈指の名湯とうたわれるのは、気の遠くなるほどの長い時間の中で、岩盤内の豊かな成分を取り込んでいるからだ。

有馬温泉には6つの泉源があり、湯けむりを上げている
有馬温泉には6つの泉源があり、湯けむりを上げている

公衆浴場「金の湯」の湯船。赤褐色をした有馬の湯は、「金泉」と呼ばれている (C)一般財団法人神戸観光局
公衆浴場「金の湯」の湯船。赤褐色をした有馬の湯は、「金泉」と呼ばれている (C)一般財団法人神戸観光局

神戸中心街から気軽に半日観光できる温泉地

有馬温泉は、アクセスの良さも魅力。神戸中心街の三宮や新幹線の新神戸駅などから、神戸市営地下鉄と神戸電鉄を乗り継げば、有馬温泉駅に片道30分程度で到着する。

乗り換えが面倒な人にはバスが便利。渋滞しなければ三宮から45分ほど座っているだけで、趣ある温泉街へと連れて行ってくれる。大阪からも1時間程度。半日だけ都会を抜け出し、日頃のストレスや旅の疲れをリセットするのに最適な場所だ。

神戸電鉄の「有馬温泉」駅。レトロな雰囲気の温泉街・湯本坂までは、徒歩3分程度
神戸電鉄の「有馬温泉」駅。レトロな雰囲気の温泉街・湯本坂までは、徒歩3分程度

有馬温泉のお湯は大きく分けて2種類。鉄分を多く含む含鉄強塩泉は、空気に触れると酸化して独特の赤茶色に変化するため「金泉」と呼ばれ、一方空気に触れても色が変化しない二酸化炭素泉は「銀泉」と呼ばれている。

有馬温泉には数十件の温泉宿があるが、日帰りでリーズナブルに本格的な温泉を楽しむなら公共の外湯「金の湯」と「銀の湯」が便利。850円の2館共通券で2つの泉質の違いを体感する人も多い。

金泉は、古くから愛され続けている有馬の名物湯。金の湯の外にある「太閤の泉」と「太閤の足湯」では、無料で泉質を確かめられる。浴室は2階にあり、44度の「あつ湯」と42度の「ぬる湯」の2種類の湯船で金泉が楽しめる。

湯本坂にある金の湯。看板下にあるのが太閤の泉で、ひょうたんの下から温泉が流れ出ている
湯本坂にある金の湯。看板下にあるのが太閤の泉で、ひょうたんの下から温泉が流れ出ている

人気の足湯は、タオル持参で楽しもう。15分ほどつかれば全身が温まる
人気の足湯は、タオル持参で楽しもう。15分ほどつかれば全身が温まる

銀泉は炭酸泉とラジウム泉をブレンドしている。銀の湯では、天井が高くて居心地の良い浴室に加え、蒸気式サウナや打たせ湯でも銀泉が堪能できる。

炭酸泉は古くは「鳥類、虫、けだものがこの水をのめばたちどころに死すなり」として恐れられていた。明治に入り、内務省の検査で炭酸ガスが小動物を窒息させる原因となっているものの、温泉や飲料水として優れていることが分かった。炭酸せんべいや有馬サイダーといった名産品も誕生させている。

屋根の下にある井戸に湧く炭酸泉は18.6度と低温。左の蛇口から飲むことができる
18.6度の炭酸水がこんこんと湧く、炭酸泉源の井戸。左の蛇口から飲むことができる

神社仏閣が集まる寺町にある銀の湯は和風のたたずまい
銀の湯は神社仏閣が集まる寺町にある

銀の湯の浴室。肌が美しくなると評判の銀泉にゆっくりとつかりたい (C)一般財団法人神戸観光局
銀の湯の浴室。美肌効果があると評判の銀泉にゆっくりとつかりたい (C)一般財団法人神戸観光局

金の湯

  • 住所:神戸市北区有馬町833
  • 営業時間:午前8時~午後10時(入館は30分前まで)
  • 定休日:第2・第4火曜日(祝日は営業、翌日休)、1月1日
  • 料金:中学生以上=650円、小学生=340円

銀の湯

  • 住所:神戸市北区有馬町1039-1
  • 営業時間:午前9時~午後9時(入館は30分前まで)
  • 定休日:第1・第3火曜日(祝日は営業、翌日休)、1月1日
  • 料金:中学生以上=550円、小学生=290円

※2館券=850円
※両施設ともボディーソープ、リンスインシャンプー、ドライヤーは備え付け。タオルやカミソリ、歯ブラシのなどの販売あり。

風流な遊びを今に伝える芸妓cafe

有馬は兵庫県内で唯一、「芸妓(げいこ)さんがいる場所」としても知られる。旅館の宴席などに呼ばれ、日本舞踊や長唄などの伝統芸を披露し、お座敷遊びで盛り上げてくれる華やかな存在だ。

とはいえ、「芸妓さんを宴席に呼ぶ」のにどれほどの金額がかかるのか、どんな作法が必要なのかも分からず、個人の旅行ではなかなかハードルが高い。「昼間、芸妓さんに会いにいける」と話題を呼んでいるのが、「芸妓cafe 一糸」だ。芸妓の世界に少しでも触れてもらいたいと、2015年にオープンした。

一糸の店先で、左が一まりさん、右が一晴さん
一糸の店先で、左が芸妓の一まりさん、右が一晴さん

「“一見さんお断り”のお茶屋さんも多い京都などとは違って、有馬温泉街では旅館やホテルに頼めば気軽に芸妓が呼べますよ。一糸には女性のお客さんも多くて、皆さん、着物や化粧についても興味があるようで、いろいろご質問されます」

芸妓の一まりさんは言う。メニューは抹茶や和菓子、コーヒーなどのほか軽食もあり、街なかの喫茶店と変わらない価格設定で、遠い世界と思っていた芸妓さんとおしゃべりを楽しめる。カフェの店内にしつらえた舞台で磨きあげた芸を披露する「踊り鑑賞」は不定期開催だが、芸妓との記念撮影もできるので観光客に好評だ。

あでやかな着物姿と美しい所作に、多くの客が見とれていた
「踊り観賞」では、あでやかな着物姿と美しい所作が見られる

芸妓café 一糸

  • 住所:神戸市北区有馬町821
  • 営業時間:午前11時~午後3時 ※夜のバーは予約のみ
  • 定休日:水曜日、木曜日 ※不定休
  • メニュー料金:コーヒー・紅茶=750円~、軽食=600円~
  • 「踊り観賞」:ワンオーダー制(1500円~)で記念撮影も可能

多様な魅力あふれる有馬温泉

有馬の奥深い魅力は、寺院からも発信されている。行基が建立して仁西が再興した温泉寺では、予約すれば座禅体験ができ、中国から伝わった精進料理「普茶料理」をコースで味わえる。聖徳太子の創建と伝わり、秀吉の湯山(ゆのやま)御殿跡が発見された極楽寺では、歴史好きの檀家による寺宝解説が好評だ。

ぜひ立ち寄ってほしいのが念仏寺。室町時代の創建で、現在本堂が立つ場所は秀吉の正室・北政所(きたのまんどころ、ねね)の別邸跡だと伝わる。2019年6月に、その本殿内に「茶房citta(チッタ)」がオープン。コーヒーやハーブティーを飲みながら、沙羅双樹の大樹、江戸時代前期に築かれた石垣がある庭園を眺めることができる。特に評判なのが、前住職夫人が作る1日10食限定のドライカレー(税別1000円)。水を一切使わず、野菜やリンゴの水分とワインで6時間煮込むというこだわりの逸品だ。

極楽寺の向かいに建つ、念仏寺の本堂。近くには行基像がたたずむ
極楽寺の向かいに建つ、念仏寺の本堂。近くには行基像がたたずむ

絶品のドライカレーに舌鼓を打ちながら、名庭園を眺める贅沢な時間。付け合わせのピクルスまで自家製
絶品のドライカレーに舌鼓を打ちながら、名庭園を眺める贅沢な時間。ピクルスも自家製だ

念仏寺 茶房citta

  • 住所:神戸市北区有馬町1641
  • 営業時間:午前9時~午後5時
  • 定休日:木曜日

旅路も楽しみたい人は、六甲ケーブルと六甲有馬ロープウェーを利用して有馬温泉へ向かい、六甲山観光を兼ねるのも良いだろう。山登りが好きな人は、自分の足で六甲山最高峰まで登り、600万年前の海水が生まれ変わった名湯で疲れを癒やして帰るという。

紅葉の中を進む六甲有馬ロープウェー (C)一般財団法人神戸観光局
紅葉の中を進む六甲有馬ロープウェー (C)一般財団法人神戸観光局

六甲ガーデンテラスから眺めた神戸の街と海 (C)一般財団法人神戸観光局
六甲ガーデンテラスから眺めた神戸の街と海 (C)一般財団法人神戸観光局

取材協力=神戸観光局
取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部

(バナー写真=有馬天神社内にある天神泉源)

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