マンガ文化を守る「横手市増田まんが美術館」で原画の魅力を体感

秋田県の「横手市増田まんが美術館」は、マンガの原画23万枚以上を収蔵し、その展示と保存を目的とするユニークな施設だ。作者が魂を吹き込んだ原画に触れることで、マンガのすばらしさを再発見できると人気となっている。

「蔵の町」増田に誕生した「マンガの蔵」

秋田県東南部の横手盆地にある増田町は、2つの川の合流地点に位置する。江戸時代以前から物資が集まる水運の拠点で、明治、大正時代になっても秋田県有数の商業地としてにぎわった。現在は横手市に合併されたが、当時の繁栄を今に伝える大規模な木造建築が残り、国の重要伝統的建造物群保存地区となっている。

増田の伝統的家屋の特徴は、「内蔵(うちぐら)」と呼ばれる立派な土蔵を建物内に持つこと。土蔵は屋外に設けるのが通常だが、主屋の裏側の屋根を延長し、屋内に蔵を設けている。商業が盛んな雪深い地域のため、冬でも頻繁に行き来ができるように工夫したのだ。かつての中心街で、蔵を持つ家が立ち並ぶ中町の七日町商店街通り(中七日通り)は、「くらしっくロード」の愛称で観光客に親しまれている。

増田の伝統的建築の内部に残る内蔵 写真提供:あきたファン・ドッと・コム
増田の伝統的建築の内部に残る内蔵 写真提供:あきたファン・ドッと・コム

「蔵の町」に隣接する「横手市増田まんが美術館」は、2019年5月にリニューアルオープンして話題を呼んでいる。マンガ家179人が描いた、世界にたった一枚しかない原画を23万点以上も収蔵するという、まさに「マンガ原画の蔵」である。

横手市増田まんが美術館は、横手駅から車で約30分。中七日通りからは、徒歩10分弱 写真提供:横手市増田まんが美術館
横手市増田まんが美術館は、横手駅から車で約30分。中七日通りからは、徒歩10分弱 写真提供:横手市増田まんが美術館

原画を守ることは、日本のマンガ文化を守ること

横手市増田町は、マンガ家・矢口高雄さんの出身地。代表作『釣りキチ三平』は、1973年に連載が始まると日本中に釣りブームを巻き起こした。80年代に制作されたTVアニメは、イタリアやフランス、アジア圏でも放送される。2009年には実写映画化するなど、今でも世界中に多くのファンを持つ。

矢口さんを名誉館長に迎え、マンガの魅力を国内外に発信しようと1995年に開館したのが横手市増田まんが美術館だ。当初は公民館や図書館などと建物を共有する複合施設だったが、有名マンガ家の原画の常設展や特別企画展示などを開催して好評を博した。2017年から秋田県と横手市の協働プロジェクトとして、「マンガ原画の保存と展示に特化」するという新しいコンセプトを掲げ、大規模な施設改修を開始。美術館単体の施設として生まれ変わった。

マンガの文化や製作工程を解説する「マンガ文化展示室」 写真提供:横手市増田まんが美術館
マンガの文化や製作工程を解説する「マンガ文化展示室」 写真提供:横手市増田まんが美術館

現在は作業のデジタル化が進んでいるが、かつてはマンガ家が手書きした原画に、出版社がせりふやト書きの写植を貼りつけて版下とし、印刷・製本したものが読者の元へ届けられた。

本が完成すると原画は作家に返却され、その後は個人で管理せねばならない。大量の原画は場所を必要とする上に、保存状況が悪ければ変色するなど劣化してしまう。個人で適正な管理をするには莫大な労力とコストがかかり、作家が亡くなった場合は遺族への負担となる。

その一方で、人気マンガの手書きの原画は、希少品として高値で取引されることもある。保管や処分に困った本人や遺族が売りに出して、かつての浮世絵の版木のように海外にまで散逸してしまう可能性もあるのだ。

写植が貼られた原画 写真提供:横手市増田まんが美術館
写植が貼られたマンガ原画 写真提供:横手市増田まんが美術館

そうした状況を憂慮していた矢口さんは、「本物の迫力と美しさ、そこに込められた作家の熱量を伝えたい」という思いとともに、4万2000点以上ある自作の原画を全て寄贈。横手市増田まんが美術館では、その原画の保存作業やアーカイブ作業などに取り組んだ。すると、その活動に共感した『海月姫(くらげひめ)』の東村アキコ氏らマンガ家たちが原画を預け始め、23万枚以上と日本最多の収蔵数となった。

美術館スタッフの佐々木悠花さんは、「日本が世界に誇るマンガ文化を支えた原画は、立派な文化資源といえます。これらを次代に継承することを活動の中心にしたのです」と語る。保管態勢を強化し、原画の展示、収蔵に特化した美術館へとシフトすることとなった。

無数の引き出しが並ぶガラス張りの原画収蔵庫「マンガの蔵」。24時間温湿度管理され、原画の劣化を防いでいる 写真提供:横手市増田まんが美術館
無数の引き出しが並ぶガラス張りの原画収蔵庫「マンガの蔵」。24時間温度・湿度が管理され、原画の劣化を防いでいる 写真提供:横手市増田まんが美術館

原画だけが持つマンガの魅力に触れる

館内に入るとまず目に飛び込んでくるのが、高さ10メートル、幅7メートルの「マンガウォール」だ。“巨匠”と呼ばれる作家が描いた名シーンで埋め尽くされた壁に、否応にも期待は高まる。

人気マンガの原画を引き伸ばして展示するマンガウォール 写真提供:横手市増田まんが美術館
人気マンガの原画を引き伸ばして展示するマンガウォール 写真提供:横手市増田まんが美術館

1階にある「マンガの蔵」は、「魅せる収蔵」をコンセプトとする美術館の中核施設。

ガラス張りの巨大な原画収蔵庫は、保管に最適な温度と湿度に24時間保つことで、紙の劣化を防いでいる。この環境を見た上で「ここなら信頼して原画を預けられる」と、漫画関係者からも信頼を得ている。

展示は、ただ原画を並べるのではなく、印刷物では決して分からない“原画だけが持つ情報”をいかに伝え、楽しんでもらうかに力を注いだという。「ヒキダシステム」と名付けられた専用キャビネットには、常時2作品を収納。上から順番に引き出しをスライドさせると、約1話分のストーリーを原画で読める仕組みだ。

ヒキダシステムに展示される作品は不定期で入れ替わる 写真提供:横手市増田まんが美術館
ヒキダシステムに展示される作品は不定期で入れ替わる 写真提供:横手市増田まんが美術館

収蔵庫に併設するアーカイブルームでは、原画のデジタルデータ化、紙の酸化を防ぐ保存処理などの作業風景を見学できる。保存された原画データは、タッチパネルで閲覧可能。拡大すれば、憧れの作家のペンのタッチや細かな修正の跡、時にはアシスタントへの指示まで目にすることができるのだ。

1階から2階へと続くスロープの壁沿いと2階の一室が常設展示室となり、74人分の原画が定期的に入れ替えられている。

高解像度の原画データを閲覧できるタッチパネル。専門スタッフが原画1枚を約10分かけてスキャンする 写真提供:横手市増田まんが美術館
高解像度の原画データを閲覧できるタッチパネル。専門スタッフが原画1枚を約10分かけてスキャンする 写真提供:横手市増田まんが美術館

常に変化する常設展示は、スロープを上がりながら鑑賞する 写真提供:横手市増田まんが美術館
常に変化する常設展示は、スロープを上がりながら鑑賞する 写真提供:横手市増田まんが美術館

マンガの登場人物になった気分を味わう

増田まんが美術館では通路や壁面など、さまざまなスペースを使い、マンガの世界に入り込んだような気分になれる展示や仕掛けを施している。「マンガの蔵」「常設展示室」以外は写真撮影が可能なので、フォトスポット目当てで来館する人も多いそうだ。

「名台詞ロード」は、誰もが目にしたことがある名場面、一度は聞いたことがある主人公の言葉を「吹き出し」にして展示している。大好きな作品の登場人物になった気分でポーズを取ってみては? 叫び声のような文字型ソファもインスタ映えするポイントとして人気だ。

名台詞ロードでは、お気に入りのセリフを探すのも楽しい 写真提供:横手市増田まんが美術館
名台詞ロードでは、お気に入りのせりふを探すのも楽しい 写真提供:横手市増田まんが美術館

マンガ風のフォントをかたどったソファ 写真提供:横手市増田まんが美術館
マンガ風のフォントをかたどったソファ 写真提供:横手市増田まんが美術館

休憩は、ぜひ1階の「マンガカフェ」で。テーブルがマンガの一コマになっていたり、壁に吹き出しが付いていたりとフォトジェニックな空間だ。軽食やスイーツ、ドリンクにも人気マンガをモチーフとした盛り付けや飾りがあるので、ユニークなグルメ写真が撮影できる。

ユニークな工夫が満載のマンガカフェ 写真提供:横手市増田まんが美術館
ユニークな工夫が満載のマンガカフェ 写真提供:横手市増田まんが美術館

横手市増田まんが美術館

  • 住所:秋田県横手市増田町増田字新町285
  • アクセス:横手駅から車で30分
  • TEL:0182-45-5569
  • 営業時間:午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)
  • 定休日:第3火曜(祝日の場合は翌平日休)
  • 料金:無料(特別展は別途)
  • 多言語対応:パンフレット=英語/韓国語/中国語(簡体・繁体)/フランス語

取材・文=シュープレス
(バナー写真=ヒキダシステムに納まる『釣りキチ三平』の原画 写真:横手市増田まんが美術館

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