被災地からイノベーションを創出する「福島ロボットテストフィールド」

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東日本大震災の津波によって大きな被害を受けた地域が、日本のロボット産業の成長を支えている。南相馬市にある「福島ロボットテストフィールド」で、実践的な実証試験ができる巨大な施設や、開発を後押しする最新設備を取材した。

福島県南相馬市の中心部・原町区では、沿岸部に築かれた防波堤から、土色の地肌が西方向へ1キロ以上続いている。その中にこつ然と現れるのが、タンクや配管などがむき出しのプラントや巨大な土管のようなトンネル、長い滑走路。国と県が進める「福島イノベーション・コースト構想」の中核施設、福島ロボットテストフィールド(略称:RTF)である。

南相馬市復興工業団地内にあるロボテス。外壁のない建物は、工場内などで作業するロボットの実証実験を行う「試験用プラント」
南相馬市復興工業団地内にあるRTF。外壁のない建物は、化学工場内を点検するロボットの実証実験を行う「試験用プラント」

「この地域は、東日本大震災による津波で大きな被害を受けました。土地をかさ上げし、高い防波堤もできましたが、今でも人が住んだり、宿泊施設を建てたりすることはできません。ですから、その土地を活用し、ドローンなどの実証実験ができる福島ロボットテストフィールドの存在が、地域発展につながってほしいと強く思っています」

石川課長自身も福島県出身
石川課長自身も福島県の出身

福島イノベーション・コースト構想推進機構事業部事業企画課の石川仁課長は語る。県東部の沿岸地域・浜通りは、津波に加えて福島第1原子力発電所事故の影響もあり、多くの産業が失われた。福島第1から福島ロボットテストフィールドまでは北へ約23キロ。避難指示区域20キロのすぐ外にあるため、周辺住民の中には、放射能による被害を恐れて避難生活を送った人も少なくない。

石川課長の「日本のロボット産業の基準や規格を、福島ロボットテストフィールド、この浜通りで創り出したい」という言葉が心に響く。

福島ロボットテストフィールドは2018年7月から、工事が完了した施設を順次開所しており、20年春に全面開所を迎える。すでにロボットの実証実験は長期にわたるものを含めて160事例以上が行われ、来訪者数は2万人を超えている。

ロボテスの全体図(変更部分あり)。東西1000×南北500メートルで、面積は約50ヘクタール 提供:福島ロボットテストフィールド
RTFの全体図(変更部分あり)。東西1000×南北500メートルで、面積は約50ヘクタール 提供:福島ロボットテストフィールド

ロボテスの本館機能を持つ研究棟。企業や団体が入居し、部品加工や分析・測定関連の機材が整備され、カンファレンスホールや会議室もある
本館機能を持つ研究棟。企業や団体が入居し、部品加工や分析・測定関連の機器が整備され、カンファレンスホールや会議室もある

ロボテス西側のヘリポートや滑走路の向こうに林が見える。海から約1.4キロ離れたこの林の辺りまで、津波が押し寄せたという
西側のヘリポートや滑走路の向こうに林が見える。海から約1.4キロ離れたこの林の辺りまで、津波が押し寄せたという

“空飛ぶクルマ”の誕生に欠かせない存在

成長が期待される日本のロボット関連産業において、大きな足かせとなってきたのがテスト環境だ。

例えば、現在最も注目度が高いエアモビリティ。経済産業省と国土交通省が立ち上げた「空の移動革命に向けた官民協議会」では、2023年に上空での「物の移動」を開始し、20年代半ばに「地方での人の移動」、30年までには「都市での人の移動」を事業化する目標を掲げている。多くの企業や団体が、空飛ぶクルマや物資運搬用の無人ドローンなどの開発に乗り出しているが、テスト環境の確保には苦労してきた。広大な試験場がないと十分に能力を試せないが、山岳地帯の多い島国・日本では整備が難しく、ドローン開発先進国の中国やカナダ、急成長中の米国とは大きな環境の差が生まれていた。

福島ロボットテストフィールドの「無人航空機エリア」には長さ500メートルの「南相馬滑走路」があり、13キロ離れた浪江町の沿岸部にも400メートルの「浪江滑走路」を持つ。陸上・海上に飛行コースが設定され、長距離かつ広域でのテストが可能になっている。

南相馬滑走路は長さ500×幅20メートルで、簡易整備室がある格納庫を併設する
南相馬滑走路は長さ500×幅20メートルで、簡易整備室がある格納庫を併設する

滑走路やヘリポートでの実験は、研究棟にある総合管制室で運行管理ができる
滑走路やヘリポートでの実験は、研究棟にある総合管制室で運行管理ができる

さらにヘリポートや連続稼働耐久試験棟、風洞棟、緩衝ネット付飛行場もある。車やバイクのテストと違い、空を飛ぶ場合、私有地の上空であろうと航空法が適用される。緩衝ネット付飛行場は広さ150×80メートル、高さ15メートルで、全面をネットで覆っているため、屋内同様と見なされて航空法の適用を受けない。通常は事前申請が必要な夜間飛行や物資投下などがいつでもテスト可能な上に、建物内とは違って風雨や日照の変化に影響を受ける実践的な環境だ。

航空法が適用されない緩衝ネット付飛行場。強風の日に倒壊しないように、上部ネットの高さを下げることができる
航空法が適用されない緩衝ネット付飛行場では、事前申請なしに夜間飛行や物資投下などがテストできる

東京都立墨東病院のチームが中心となって行ったUAV(ドローン)による輸血用血液の輸送実験(左、2019年6月)と、緩衝ネット付飛行場での血液パックの投下実験(2019年11月) 写真提供:福島ロボットテストフィールド
東京都立墨東病院のチームが中心となって行ったUAV(ドローン)による輸血用血液の輸送実験(左、2019年6月)と、緩衝ネット付飛行場での血液パックの投下実験(2019年11月) 写真提供:福島ロボットテストフィールド

構内中央の「開発基盤エリア」に研究棟や屋内試験場、試験準備場があることも大きい。テスト前後の整備はもちろん、部品を加工するための最新の工作機械、分析や計測を行う精密測定器までそろっている。研究室は当初13室を準備していたが、すぐに埋まってしまったので増設し、現在は16の企業・団体が入居。さらに利用希望があるため、今も増設工事を進めているという。

「ある企業では、以前は愛知から北海道までテスト機を運んで実証試験をしていました。行った先には機体の調整や修理をする設備がなく、トラブルが発生すると試験を中断して、愛知に戻っていたそうです。福島ロボットテストフィールドではテスト、改良、再テストを繰り返せることが喜ばれています」(石川課長)

室内試験場でも広さ32×30メートル、高さ11メートルあるため、各種テストに対応できる
屋内試験場でも広さ32×30メートル、高さ11メートルあるため、各種テストに対応できる

高価な最先端の工作機械もそろう。設備投資の資本がない大学の研究室や小規模な企業にとっては頼れる存在
高価な最先端の工作機械もそろう。設備投資資金が十分ではない大学の研究室や小規模な企業にとっては頼れる存在

「電波暗室」は外部からの電波を遮断するとともに、内部の電波も漏れず、乱反射も抑える。他にも防塵試験室やX線CT装置、3Dモーションキャプチャーなど、ロボット開発を補助する装置や設備が充実している
「電波暗室」は外部からの電波を遮断するとともに、内部の電波が漏れず、乱反射も抑える。他にも防塵試験室やX線CT装置、3Dモーションキャプチャーなど、ロボット開発を補助する装置や設備が充実している

研究室が並ぶエリア。企業・団体間の技術交流も盛んに行われているという
研究室が並ぶエリア。企業・団体間の技術交流も盛んに行われているという

災害時、廃炉作業の切り札・ロボットを育む

災害大国・日本は、歴史的に繰り返し大地震に襲われ、近年は台風や大雨の被害も増加している。高度成長期に整備したインフラの老朽化も社会問題化しており、危険な現場でのロボットの活躍に期待が掛かる。そして、福島第1の廃炉作業は、ロボットの進化なしには完了することはできない。

大型構造物や建物内での作業を実証実験できるのが「インフラ点検・災害対応エリア」と「水中・水上ロボットエリア」だ。各設備には学者や専門家などのアドバイスを取り入れ、随所に工夫が施されている。

化学工場を模擬した「試験用プラント」は、さまざまな形状のバルブや計器が付いたタンク、パイプを所狭しと設置している。らせん階段や垂直はしごのほか、直径が違う3種類の煙突もある。災害時を再現するために、煙や気体を充満させたり、熱源やがれきを配置したりすることも可能だ。

「試験用トンネル」は、シャッターを開けるとトンネル入り口付近、両側のシャッターを閉じると暗い中央部でのテストができる。内部の照明はLED灯とナトリウム灯が並び、壁にはコンクリートの浮きやひび割れが再現してある。

障害物の多い工場内を再現した試験用プラント内部
障害物の多い工場内を再現した試験用プラント内部

バルブの開閉作業を試みる会津大学の「スパイダー」(左、2019年3月)。煙突内で映像を撮影しながら飛行するLiberawareの設備点検用小型ドローン「IBIS」(右、2019年4月) 写真提供:福島ロボットテストフィールド
バルブの開閉作業を試みる会津大学の「スパイダー」(左、2019年3月)と、煙突内で映像を撮影しながら飛行するLiberawareの設備点検用小型ドローン「IBIS」(19年4月) 写真提供:福島ロボットテストフィールド

前後にシャッターを設置した試験用トンネルは、長さ50メートルで道路幅6メートル
前後にシャッターを設置した試験用トンネルは、長さ50メートルで道路幅6メートル

福島県主催の消防訓練でもロボテスが活用された(左、20年2月)。右は国際情報工科自動車大学校が行ったドローンによる設備点検の実証授業(19年12月) 写真提供:福島ロボットテストフィールド
福島県主催の消防訓練でもRTFが活用された(左、20年2月)。右は国際情報工科自動車大学校が行ったドローンによる設備点検の実証授業(19年12月) 写真提供:福島ロボットテストフィールド

住宅やビルでの被災者の捜索や救助、損壊家屋の点検などが試験できる「市街地フィールド」は、信号や電柱、道路標識などが設置してあり、道路部は自動運転実験にも活用が可能。冠水した住宅を再現した「水没市街地フィールド」は、水上・水中ロボットやドローンのテストだけでなく、有人ボートでの救助訓練などにも利用できる。取材時には「試験用橋梁」「屋内水槽試験棟」「風洞棟」が工事中だったが、20年春に完成予定で、試験環境はさらに充実する。

市街地フィールドの建物は、3つが実証実験用で、残りは倉庫として利用している
市街地フィールドの建物は、3つが実証実験用で、残りは倉庫(ガレージ)として利用している

屋外水槽は50×19メートル、全体の水深は70センチ。一部分は水深5メートルまで掘り下げられている
屋外水槽は50×19メートル、全体の水深は70センチ。一部分は水深5メートルまで掘り下げられている

捜索・救助に加え、復旧作業なども行える「瓦礫・土砂フィールド」。災害救助犬の訓練にも役立っているという
捜索・救助に加え、復旧作業なども行える「瓦礫・土砂崩落フィールド」。災害救助犬の訓練にも役立っているという

地域と連携して“ロボットの町”へ

研究室に入居するロボコム・アンド・エフエイコム(本社:東京都港区)が、南相馬市復興工業団地に工場と社宅の整備を進めているなど、地域活性化にも貢献し始めている。

石川課長は「企業や団体、見学者に福島に来てもらうだけでなく、地元の産業とつなげていくことが課題」と言う。ロボット関連技術を持つ福島の企業を掲載した冊子をコーディネイターが配布し、県内での資材や部品調達を促しているなど、地元企業の成長につながる活動にも力を入れているという。

冊子『R.B.T(RESEARCHER.BUSINESS.TECHNOLOGY)』を通して、地元企業をロボット業界に紹介している
地元企業をロボット業界に紹介するための冊子『R.B.T(RESEARCHER.BUSINESS.TECHNOLOGY)』

2020年1月には東北アクセス(南相馬市)の都市間交通バスが、福島ロボットテストフィールドまで路線を延長し、JR福島駅西口や原ノ町駅前へのアクセスが向上した。ワールドロボットサミット2020では、愛知の国際展示場「Aichi Sky Expo」と共に開催会場となる。8月20~22日には世界中のチームが集まり、ロボットの技術やアイデアを披露する。

「現在、ワールドロボットサミット2020の来場者に加えて、実証試験を行う企業や団体の技術者や施設見学者を地元で受け入れるために、宿泊や交通、食事を仲介する仕組みを構築しています。その結果、将来のロボット技術者を目指す子どもや学生に、合宿をしてもらえる環境が整えられたらうれしいです。いつの日か、この地域、そして福島が、“被災地”ではなく“ロボットのまち”として、世界中に知ってもらえるように努力していきます」(石川課長)

左側に建設中の試験用橋梁が見える。今後も、利用者のニーズに合わせて施設の改良を進める予定だ
左側に建設中の試験用橋梁が見える。今後も、利用者のニーズに合わせて施設の改良を進める予定だ

福島ロボットテストフィールド

  • 住所:福島県南相馬市原町区萱浜字新赤沼83番 南相馬市復興工業団地内
  • 見学可能日時:平日の午前9時30分~11時30分、午後1時30分~4時(所要時間30分程度) ※土日祝日、年末年始は見学不可
  • 見学人数:1グループ30人まで
  • 見学申し込み方法:公式ホームページから申込書をダウンロードして、メールで送付
  • アクセス:東北アクセス都市間交通バス「福島ロボットテストフィールド」下車、徒歩すぐ。JR常磐線「原ノ町」駅からタクシーで約10分

取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部
バナー写真:RTF研究棟から太平洋側を望む

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