天空の古刹「山寺」:松尾芭蕉の名句で知られる山形・宝珠山立石寺

歴史

東北地方は、『ナショナル ジオグラフィック』誌が毎年発表する「Best Trips」の2020年版と、世界的な旅行ガイドブック『Lonely Planet(ロンリープラネット)』の「Best in travel 2020」の地域部門の両方にランクイン。復興五輪との相乗効果で、世界中から観光客が押し寄せると思われたが、その期待は新型コロナウイルスの流行によって吹き消された。感染拡大終息後に再び脚光を浴びるよう、『ナショナル ジオグラフィック』フランス版の表紙に採用された山形「山寺」を写真で紹介したい。

芭蕉もわざわざ引き返した風光明媚な名刹

山形県東部に位置する「宝珠山立石寺(ほうじゅさん・りっしゃくじ)」(山形市)は、険しい岩山に大小30余りの塔堂が立つことから「山寺」の通称で親しまれている。岩手・平泉の中尊寺や宮城・松島の瑞巌寺(ずいがんじ)、青森・下北の恐山と同じく、第3世天台座主の慈覚大師・円仁(えんにん、794-864)が860(貞観2)年に創建した。

この寺は、諸国を行脚し、数々の名句を残した江戸時代の俳聖・松尾芭蕉(1644-1694)が1689(元禄2)年に訪れたことでも知られる。東北や北陸を巡った俳諧紀行『おくのほそ道』の中で、「“慈覚大師が開いた立石寺という山寺は、清らかでとても静かな土地。一度は見ておいた方がよい”と人々に勧められ、尾花沢(山形県北東部)から引き返した」とつづっている。300年以上も昔から、世間の口の端に上っていた「山寺」の美しさ。山頂へと続く1015段の石段を登れば、今なおその清閑な空気は変わらず、山頂の「五大堂」には疲れを吹き飛ばすような絶景が待っている。

芭蕉と、おくのほそ道の旅に同行した門人・河合曾良(そら、1649-1710)の像 写真提供:山形県観光物産協会
芭蕉と、おくのほそ道の旅に同行した門人・河合曾良(そら、1649-1710)の像 写真提供:山形県観光物産協会

うっそうとした山を縫うように石段の参道が続く 写真提供:山形県観光物産協会
うっそうとした山を縫うように石段の参道が続く 写真提供:山形県観光物産協会

山寺の境内マップ。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、2020年4月11日から山門-奥の院への入山は禁止となっている。状況は公式ホームページなどでご確認ください 
山寺の境内マップ。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、2020年4月11日から山門-奥の院への入山禁止措置を取っていたが、5月11日に解除となった 

不滅の法灯が燃え続ける根本中堂

JR仙山線の「山寺」駅から徒歩10分ほどの参道入り口には、「登山口」という看板がある。目の前の山を見上げれば、断崖の岩肌と木立の間にお堂が点在している。入り口正面の大きな建物が、山寺の本堂にあたる「根本中堂(こんぽんちゅうどう)」だ。1356(延文元年)年に初代山形城主・斯波兼頼(しば・かねより)が再建し、ブナ材を使った建築物としては日本最古のものといわれる。入り口に置かれた布袋さまの木像は、なでるとご利益があるといい、参拝者は登頂の無事を願う。

堂内では、1000年以上前に天台宗総本山・比叡山延暦寺(えんりゃくじ、滋賀県)から分火された「不滅の法灯」が、煌々(こうこう)と燃え続けている。天台宗の開祖・最澄が灯して以来、絶やすことなく守られてきたという延暦寺の不滅の法灯は、1571(元亀2)年の織田信長の焼き打ちによって一度消えてしまった。現在、延暦寺に灯るのは、山寺から再分火したものである。

円仁作と伝わる「薬師如来坐像」を安置する、国指定重要文化財の根本中堂 写真提供:山形県観光物産協会
円仁作と伝わる「薬師如来坐像」を安置する、国指定重要文化財の根本中堂 写真提供:山形県観光物産協会

参拝者になでられ、てかてかに光る腹を抱えた布袋さま
参拝者になでられ、てかてかに光る腹を抱えた布袋さま

うっそうとした山中に見どころが点在

根本中堂を参拝したら山門をくぐり、いよいよ山頂を目指して登り始める。最上部の「奥の院」までの石段は、一段上るごとに煩悩が一つ消滅するという修業の道だ。石段は「四寸道」とも呼ばれ、最も狭いところでは14センチほどしかない。全1015段もある行程では息が切れ、往復1時間半はかかる。

芭蕉はここ山寺で名句「閑(しずけ)さや岩にしみ入る蝉(セミ)の声」を詠んだ。蝉の鳴き声が響く中でも、心が落ち着く参道の清閑さを見事に表現している。山寺を訪れた芭蕉の弟子らが「この辺りで句の着想を得たのではないか」と推測した場所は、山門と仁王門の中間点。1751(寛延4)年に句をしたためた短冊が埋められ、石の記念碑「せみ塚」が立つ。

芭蕉の足跡が垣間見えるせみ塚 写真提供:山形県観光物産協会
芭蕉の足跡が垣間見えるせみ塚 写真提供:山形県観光物産協会

せみ塚から少し登ると「弥陀洞(みだほら)」が現れる。直立した巨岩の表面に、全長1丈6尺(4.8メートル)の阿弥陀如来の姿が彫ってあるので「丈六(じょうろく)の阿弥陀」とも呼ばれる。この場所から優美な「仁王門」を見上げるのが、山寺を代表する景観の一つ。仁王門は山寺の中腹にあり、左右を守る仁王尊像が「邪心を抱く者は、ここから先には登ることなかれ」と言わんばかり、にらみを利かせている。

弥陀洞越しに仁王門が見える 写真提供:山形県観光物産協会
弥陀洞越しに仁王門が見える 写真提供:山形県観光物産協会

参拝のハイライトは五大堂からの絶景

仁王門を抜けると立ち並ぶのが、「性相(しょうそう)院」「金乗(こんじょう)院」「中性院」「華蔵(けぞう)院」の山内支院だ。江戸時代まで、宝珠山内に12の塔頭(たっちゅう)があったが、現在はこの4院だけが残る。

その右手にある断崖には、小さなお堂が建っている。修行者がはしごを渡り、岩の下をくぐって入る「胎内堂」だ。奇岩がつらなる崖では、1000年以上にわたって仏僧たちが厳しい修行を重ねてきた。そして今なお、山寺は“修業の山”なのである。

参道の終点には、「奥の院」と呼ばれる如法堂が鎮座する。慈覚大師が中国で修行中に持ち歩いたという、釈迦如来と多宝如来が本尊として安置される。

断崖に建つ「胎内堂」。一般参拝者は立ち入り禁止 写真提供:山形県観光物産協会
断崖に建つ「胎内堂」。一般参拝者は立ち入り禁止 写真提供:山形県観光物産協会

奥の院の建物は明治5年に再建。左奥の大仏殿には、高さ5メートルの金色の阿弥陀如来像がある 写真提供:山形県観光物産協会
奥の院の建物は明治5年に再建。左奥の大仏殿には、高さ5メートルの金色の阿弥陀如来像がある 写真提供:山形県観光物産協会

奥の院から仁王門の手前まで引き返し、参道の左側(西)に向かうと、崖に沿って「開山堂」と「納経堂」があり、さらに奥には「五大堂」が建つ。五大明王を祀(まつ)り、天下泰平を祈る道場として、崖から空中に浮かぶように造られている。そこから周りの山々や下界の田畑を見晴らすと、ここまで登ってきた苦労が全て払拭(ふっしょく)される。この地を訪れた人が感じる爽やかさは、芭蕉の時代から変わらないであろう。

崖からせり出すような「五大堂」 写真提供:山寺観光協会
崖からせり出すような「五大堂」 写真提供:山寺観光協会

巨岩の上の赤い納経堂が映える
巨岩の上の赤い納経堂が映える

【DATA】

  • 住所:山形県山形市山寺4456-1
  • アクセス:JR仙山線「山寺」駅から徒歩10分
  • TEL:023-695-2843
  • 営業時間:午前8時~午後5時
  • 定休日:無休
  • 入山料:大人300円
  • 多言語化対応:施設内の案内表示=英語/中国語(簡体・繁体)/韓国語

※新型コロナウイルスの流行により、山寺は2020年4月11日から山門-奥の院への入山禁止、堂塔の閉堂などの措置を取っていたが、5月11日に制限を解除した

取材・文・写真=シュープレス
(バナー写真:慈覚大師の木造の尊像が安置されている「開山堂」と赤い「納経堂」 写真提供:山寺観光協会)

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